第5話 「二人の方が楽しいし」
「じゃじゃーん、こいつらは小苗と大栗、合わせて大栗小苗」
「合わせるなよ」
「よろしくーっ」
漫画とかドラマを見る時、自己紹介がない方がキャラのことを覚えられるのは私だけだろうか。
別に一人なら問題はないんだけど、一気に現れて「俺は◯◯! よろしくな!」「こっちは◯◯だ! よろしく!」とやられるより、エピソードの中でキャラの人となりを見せてくれる方が頭に入りやすい気がする。
私の場合覚えられないキャラを忘れてしまっても、調べるなんて手間のかかることはしないから、大体そのキャラが最初どんな感じだったかは記憶から欠落したまま物語が進むんだよなー。
「どうも……」
と、そんなことを考えながら、私は初めて話すクラスメートを眺めていた。
我ながらちょっとおかしいんじゃないかと思う。さすがに失礼。
ただ、今の思考は別に二人のこともすぐ忘れますよ、という意味じゃない。創作と現実は違う。
ちゃんと覚える努力はする。
えー、こっちの大きい子が小苗で、こっちの小さい子が大栗で。よし覚えた。なるべく名前は呼ばないようにしよう。
「えーと……羽月さん?」
「あ、そう」
「よろしく」
「こちらこそ」
大きな方、名前で言うと小苗さんは丁寧な人らしい。
丁寧というか、常識人というか、友達に友達を紹介された時に取るべき行動を取っている感じがある。
もう一人の小さい方、名前で言うと大栗さんはニコニコして私の方を見ている。
この人は多分、羽月となるべくして仲良くなったんだろう。
「どう? 千草。頼もしいチームでしょ」
「いつもよりは頼もしいけど」
「でしょ? 襲われても安心だ」
恐らく襲われたら一般的な女子しかいない私達はあっという間に蹴散らされてしまう気もするけど。吸血鬼パワーで何とかなるんだろうか。もしくは、大きな小苗さんが実は格闘家だったり。
ただ、いつもの一人の帰り道とは違って、いつも一人ぼっちだった私が群れを成せていることは確かだった。
人数にして四人。サバンナなら心許ないけど、日本なら安全と言えそう。
まあ、帰り道と言っても、高校から徒歩数分で帰れてしまう私に集団下校する必要は全くなく、今歩いているところも全く帰り道ではなかったりするんだけど。
だから今日は、羽月に「一緒に帰ろう」と騙された私は寄り道をするために歩いていることになる。羽月の友達を紹介されるために。
「で……どこ行くのさ」
「ちぐっちゃんは家どっちー?」
「うぉおぅ」
なに? 敵襲?
後ろを見ると、小さな大栗さんが当然のように私に話しかけてきたところだった。
いつもは羽月と一対一で話すことしかなかったから、完全に意識の外だった。
「ああ……私は、すぐそこだけど」
「へー、じゃあ家行ってもいい?」
「え、いや……それはさすがに……ごめん」
「当たり前でしょ。なに言ってんの急に」
「仲良くなろうと思って」
「ははは……」
久しぶりに愛想笑いを活用してる。
この笑い方をしてると、自分がコミュニケーション界において弱者だったことを思い出させられる。
羽月とばかり話して調子に乗っていたけど、一歩外に出てみればコミュニケーション界にはこんな世界が広がっていたわけだ。それなら私は隅っこを歩いてるのが一番だ。
「じゃ、一番遠い家から帰る?」
「ああ、帰るんだ」
「あれ? 帰らない? ちぐっちゃんの家行ってもいい感じ?」
「いやそうじゃなく……」
ただ、てっきりどこかでこのメンバーで遊ばされる流れかと思っていたから、羽月の「一緒に帰ろう」に嘘がなかったことに少し驚いてる。
この二人と羽月の関係がよくわからないけど、別に一緒に遊ぶほどの仲じゃないんだろうか。いや、一緒に遊ぶ仲と一緒に帰る仲にそこまでの差はないか。何を気にしてるんだか。
「じゃあオグリの家行って私の家行こうよ。長く話せるし」
「私が一番最初に離脱か」
「文句あるなら一番最後にする?」
「一人で歩くことになるからヤダ」
大栗&小苗でそんなやり取りをして、帰り道のコースが勝手に決まる。
それにしても、この中に家が遠かったりする人はいないのか。この辺りが吸血鬼地区だったりするんだろうか。
そういう風に考えると、クラスメートは大体小中高同じなのかもしれないし、私が入る隙間がないのも当然に思えてくる。
大栗さんと小苗さんも凄い仲良さそうだし。それこそ、幼い頃からの付き合いみたいな。
ただ、それで言うと、羽月は二人ほど仲が良いわけではなさそうに見えた。
いや、これは私の勝手な予想でしかないんだけど。間違ってたらごめんとしか言えないけど。
羽月は私と違ってコミュニケーション強者だし。話すことに困ったりはしない。
だけど、そんな羽月でも、二人の間には入れていないように見えた。
友達なんだけど、そこには明確な差があるような。
わかりやすく言ってしまうと、私と羽月の方が仲が良いような、そんな気がした。
まあ、最後のは願望も入ってるかもしれないけど。
「は~、昨日のらりっちの配信マジ尊かった。見たぁ?」
「途中からなら見たけど」
「いや~損してるわ~」
でも実際、歩いてるうちに自然と隊列が出来上がっていた。
大小の二人が前。私と羽月が後ろ。
「どう? 友達が増えた気持ちは」
「この状況で聞かれても」
隣にいないからあんまり友達って感じがしないんだけども。
話せる人が増えたことには変わりないけど、この二人の間に入ったら、きっと二人ほど仲良くなれない現実に挫けてしまうだろうな、と既に考え始めている私がいる。
「でも楽しいでしょ、二人から四人に増えて」
「んーまあ」
確かに、人数が増えた方がそりゃ楽しい。……楽しいのかな? 本当に。
基本的に自分に好意的な人間と集まっていたら楽しいと思う。そりゃ、嫌いな奴が混じってたら楽しくないだろうけど。二人の場合はそういうのも感じないし。
親友と大量の友達、どっちの方が楽しいか? みたいな実験があったらいい勝負をしそうだけど、今日の場合は羽月もこの場にいるわけだし、楽しくて当たり前という状況な気はする。
だけど、何故だろう、そこまで納得していないのは。
「別に悪い気はしないんだけどな」
「何の話?」
「こっちの話」
私に話しかけてくれる人が増えて、いずれは友達になるかもしれなくて。
その友達は羽月が紹介してくれて。
普通に幸せな気がするんだけど、何故だか普通に羽月といる時の方が楽しく思える。
あんなにぼっちは云々言っていたのに、結局私は人数が少ない方が合ってるということだろうか。
いや、それとも。
「…………」
「?」
「あれっ、どしたの二人とも見つめ合って。恋人?」
「こら変なこと言うな」
「いや……羽月にゴミついてて」
「え? そうなの?」
「へー、そのシチュエーション本当にあるんだー」
自分の吐いたテキトーな嘘に辻褄を合わせるために、二人から見えない方の羽月の髪を少しだけ触って何かを取ったフリをする。
一瞬触れた羽月の髪は、悪い言い方をすると乾いた砂場の砂のようにサラサラで、それでいて放っておくとそのまま浮かんでいきそうなほどふわふわしていて、触りすぎると綿あめのように溶けてしまいそうで勝手にドキドキした。
別にゴミも付いていないのに。
私がただ羽月を髪を触りたかっただけみたいじゃないか、と私しかわからないことで自分を責め立てる。
ただ、ゴミなんてどこにもないことを知ってか知らずか、私が手を退かした後も羽月がじっと私の方を見ていた。
別にそこまで悪いことはしていないのに、その視線がやけに気になって自分でも「それはないだろう」と思ってしまうほどあからさまに目を逸らしてしまう。きっと目玉が3回転くらいしていた。
「……やっぱり恋人?」
「こら」
◇◆◇◆◇
大栗さんと小苗さんの家を回った後、二人で帰ることになった私達は特に面白い会話もなく来た道をゆっくり歩いていた。
毎回思うけど、面白さで言えば漫才の動画でも見てる方が面白いはずなのに、体感で言えば友達と他愛もない話をしてる時の方が楽しいのは何故だろう。
自分が参加しているから?
なら自分が参加してる漫才はもっと面白いんだろうか。
だけど自分が参加していてもつまらない会話はつまらないからその説はあんまり有力じゃない。
それに漫才のように面白くなくたって、気に入った人の話はなんだかんだでダラダラと動画サイトで聞いていたりする。
つまりは、面白いかどうかは相手次第ということなのかもしれない。
「二人はどうだった?」
「見てて面白かったよ」
「傍観者か」
「後ろから透明人間になってついてってる気分だった」
たまに会話に入ることもあったけど、二人には二人の世界があって、そこに気を使って私達が混ぜてもらっているという感じだった。
それなら傍観者でいる方が面白いなと、途中からは二人の会話をただ聞いていたりもした。
きっと他人から見たら私がハブられているように見えるんだろうけど、私としてはその方が楽しかった。会話をする楽しさより、観察する楽しさが勝ったというか。
「千草は選り好みするタイプか」
「そうかもね」
友達に関しては、それが悪いのか良いのかはさておき、誰とも友達になれる人間にはなれないな、と思う。
それに今は、
「羽月と二人の方が楽しいし」
……おっと?
おっとっと?
なんか痛いことを言った気がするぞ。私。
まるで青春漫画の見開きで爽やかな表情と一緒に大きな吹き出しの中に入っている台詞のような。
そんな台詞を口からこぼした気がする。
独り言で済んでいればいいけど、残念ながら私の口から出た音を耳が聞いてしまった。
……まあ、羽月はこういうのにもツッコんでくれるタイプだから心配はいらないけど――
「……反応くらいしてよ」
「あ、ごめん。急に言われたから」
「……別に告白したわけじゃないんだから」
普通でしょ。
一緒にいて楽しい、くらいなら。誰でも言う。
きっと、さっきの二人も日常的に言ってる。毎朝会う度に言ってる。そうに決まってる。
だから、私に恥ずかしい思い出を増やさないでくれ、頼むから。
「私も楽しいよ」
「聞きたくない」
「ごめんって」
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