友達と吸血鬼
第4話 「寂しいんだ、千草は」
「いっせーのっ、おっかえり~さあ出かけよ~♪」
登校すると、教室の前の方で女子の集団が何人かでお歌を合唱していた。
まあ合唱というほど本格的ではないけど、スマホから音楽を流しながら、楽しく歌っているところだった。
いくら教室の中が騒がしい時でも私にはできないなぁと思いながら席に座り、改めてその集団を見てみる。
「あ」
歌ってんの羽月じゃん。
「おはよー」
「おはよう」
朝の合唱コンクール練習が終わったのか、歌ってる最中に目が合ったからか、それから少しして羽月が私の方に近づいてきた。
ちなみに私は何も歌わない。歌いたくない。
「歌はいいの」
「千草が見てくるからさ」
「見てはいないけど」
ただ、チラ見くらいの感じだけど。
別に早くこっち来い、みたいな視線を向けてたつもりはない。
しかし、羽月はなんだか、私を見て困った顔をしているようだった。
「千草、今日なんか機嫌悪い?」
「それ、機嫌悪い人に言ったらもっと機嫌悪くなりそう」
「あ、ごめんね」
「私はいいけど」
私は機嫌悪くないから。
……今のやり取り凄い面倒くさいな、私。
でも別に機嫌悪いとか、怒ってるとかいうことがないのは本当で。そう言われるのは私としては意外だった。
「で、さっきの友達はいいの」
「ずっと歌ってるわけじゃないし」
「そ」
「気になる? あの二人」
羽月が指差す方を見ると、さっき羽月と一緒に歌っていた二人はまださっきの席に座っていた。
小柄なのと大きいの。私達が入ったらどっちも中くらいになりそう。
「まあ、気にならないと言ったら嘘になる」
「よし。なら紹介しよう」
「そういうのじゃないけど」
「そういうのって?」
「あの子達も吸血鬼なのかなって。それだけ」
私にとってはこのクラスの皆は全員、別の生き物なわけで。
いや、別の生き物というには近すぎるか。確実にチンパンジーよりも近いし。
でも、私達にない特徴を持ってるのは確かだから、基本的には気にならないけど、羽月が絡んでいると、この人達も牙鋭いのかな、と思ったりはする。
それだけ。本当にそれだけ。
「つまり吸血鬼差別だ」
「うん。牙が鋭そうって偏見持っててごめん」
「それは私が許そう」
「ありがとう」
実際のところ、この吸血鬼達は昼でも動くし、血吸っても眷属にはしないし、人間社会に馴染んでるし、違いと言ったら歯と吸血くらいしか思いつかない。
偏見を持たれるとしたら血を飲むところくらいだろうか。一般社会に出たら普通にモテて人気出そうだけどな、吸血鬼。
「で、なんでこっち見てたの?」
「その話はもういいよ」
せっかく吸血鬼の話で次の話題に行く雰囲気になったのに。
まるで私が何か隠してるような追求の仕方になってる。
「気になるんだもん。ずっとこっち見てたから」
「ずっとは見てないって。チラ見」
「ずっとチラ見してたらずっと見てることになるんじゃない?」
「なるけど」
そう言われたら納得しちゃうけども。
「別にそんな深く聞いても何もないよ? ただ羽月が歌ってるから見てただけで」
「私が歌ってたらずっと見るの?」
「歌ってたら誰でも見る」
「それは嘘だ」
「これは嘘だけど」
羽月以外が歌ってたら興味は示さないだろうし。
そもそも、私にとってはクラスメートがクラスメートじゃなかったりする。
こう言うと意味がわからないけど、普段は同じ教室にいても私の認識からは外れていて、羽月が近づくと、そのクラスメートが私に認識される。そういうシステム。
どうしてこうなったかはわからないけど、羽月としか話さない高校生活を送ってるうちに、自然とこういうことになっていた。
「とにかく、羽月のこと見てただけ」
「わー、それ告白みたい」
「ハァ?」
「そんな怒らなくても」
「怒ってないけど」
さっきからこの会話は私の「けど」で一旦区切りを迎えてる気がする。
終始私が押され気味だけど、私がずっと誤魔化してるみたいな。
そもそも隠すことも探られることもないのになんで友達とこんな探り合いをしているんだろう、私は。
「でも、二人のことも見てたでしょ」
「見てたよ、吸血鬼だから。……話が戻った気がする」
「吸血鬼差別だ」
「血吸いそうって偏見持っててごめん」
「私が許そう」
「ありがとう」
羽月ならどんな偏見を持ってても許してくれそうだ。
「それはそうと」
「ん」
「千草って二人と話したことないよね」
「ないね」
「嫌い?」
「逆じゃない? 多分。嫌われてる」
私の気持ちの話をするなら、あの二人の印象は若干のマイナス。
理由は歌を歌っていたから。
ただ、一回話せばひっくり返りそうな印象しかないわけだから、実際はマイナスよりゼロに近い。
一回話した後に避けられてるとかでもなく、一度も話したことない人間に何かしらの感情を抱けるほど感情豊かじゃない。
「人間だから?」
「人間だから。というか、そういうのは羽月の方が詳しいよね、多分」
「皆が千草のこと避けてるかって?」
「うん」
「避けてないんじゃない?」
「おぅふ」
それはそれで逆にキツいものがあるんだけど。
つまり私はただただ人間として魅力がなかったのを、種族のせいにしていたということか。なんてこった。
「まあ話しかけにくいだろうけど」
「なんだ。避けてるじゃん」
「ふとした時に吸血鬼のことバレるかもしれないじゃん? そのバレるきっかけにはなりたくないみたいなさ」
「ふーん」
まあ、吸血鬼には吸血鬼達の共通の話題とかもあるだろうし。
そういう話題もできないし、会話に気を遣わなきゃいけない私は、単純に近づきにくいか。
「でも、だとしたら、吸血鬼のこと知った後も誰もこないのはおかしいよね?」
「おかしいね」
そこは羽月から見ても普通におかしいらしい。
と言っても、そこは私としては納得しているんだけど。
吸血鬼バレしたからと言って、既に人間関係はできてるだろうし、わざわざその人間関係の外に出てまで私と話したいという人はいないだろうから。
「私はぼっちになる運命ってことか」
「私がいるのに」
「いるけど」
友達一人っていうのは実質ぼっちみたいなもん、って言ったら、本当にぼっちの人達は怒るんだろうか、共感してくれるんだろうか。
その一人とずっと一緒にいるんだったらぼっちではないんだろうけど、そうじゃないなら、一人でいる時間はわりと長い気がする。
「あー、わかった」
「何が?」
「寂しいんだ、千草は」
「寂しい?」
「そうでしょ」
「そう言われても」
ここでそうです寂しいですと言える人はどれだけいるんだろう。
それに、寂しいのかと言われると、心はそんなにはっきりと頷かない感じがする。
「大丈夫。今度私が何とかしてあげるよ」
「うわー頼もしー」
「でしょー」
「具体的にはどんな風に」
「千草の友達を増やしてあげよう」
「……増やす方向か」
「私も友達は多くないけど」と呟く羽月の行動を予想するに、恐らくさっき歌っていたあの子達と私は友達になる感じなんだろうけど。
それに嬉しいという感想を言えるかと言うと微妙で、むしろ落ち込んでいる自分がいる気もした。
元々、吸血鬼だと判明するまで、友達が少ないことには悩んでいたし、その頃の私にとっては願ってもない話な気がするけど、今の私にとってはそうでもないらしい。
あの頃と今。何が変わったんだろう。
そう考えてみても、わりと変わっているせいで原因が絞りきれない。
大きな出来事と言えば、吸血鬼を知ったことと、羽月が血を吸ったことと。それくらいか。
吸血鬼と知ったから、友達になりたくないと思っているとか? でも、血まで吸われた羽月と距離を置きたいとは思わない。むしろ。
「…………」
……むしろなんだ。言ってみろ。
「どうかした?」
「なんでもない、と言い飽きた」
「そっか」
「まあ、友達の件は……期待せずに待っとく」
「うん、期待しててよ」
ただ残念ながらその先は、私の頭にロックが掛かったように考えられなかった。
だけど要は、ぼっちは嫌だけど、友達が増えてほしいわけじゃないんだろうなぁと、私は少しだけ自分のことを理解した。
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