童心と吸血鬼

第6話 「私と作りに行こう」

「羽月……」

「ん?」

「私のお母さんも吸血鬼だった……」

「あ、やっぱり」


 世間は五月病がなんたら、新社会人がなんたら、と言って不安を煽ってくる季節。


 テレビを見て人間は大変だなあと思いながら、その実この先の未来はそんなに人間と変わらない吸血鬼の私は、まだまだ先に思える就職に備えて今日も高校で元気に過ごしていた。


 最近はやっとこのちょっと変わったクラスにも慣れて、吸血鬼とか人間とか余計なことは忘れて高校生活を満喫している。


 そんな私の友達の中で唯一人間な千草は、私とは逆に、吸血鬼のことばかり考えて過ごしているようだけど。


「妹ちゃんは?」

「妹も吸血鬼だった……」

「やっぱり」


 まあ、今まで吸血鬼のことなんて知らなかっただろうから仕方ないけど。


 ちなみに、今話してるのは千草の家族の話で、この前「このクラスにいるってことは千草の家族も吸血鬼なんじゃない?」という話をちらっと私がしたことが発端。


 その時の千草は「いやいや、冗談でしょ」なんて余裕な反応だったけど、今はその反応は見る影もない。

 寂しくなっちゃったのかなぁ、自分だけが知らなかったってわかって。


 でも私としては別に不思議なことではなくて。この地域って普通に吸血鬼多いから。

 中学までは吸血鬼で固められたりはしないけど、この高校は吸血鬼のクラスがあるっていうのは有名な話だったし。

 入学の時にクラスには人間もいるよーという話をされて驚いたくらい。


 でもよくよく考えてみれば何も関係ない人間をこの中に入れるわけもないし、実験的に吸血鬼に理解のありそうな人間も混ぜてみよう、みたいな試みをしていたんじゃないかと思う。

 モルモット千草。


「はー……皆私を騙してたんだー、ダメだー、おばあちゃんもおじいちゃんも共犯だー、もう誰も信じられないー……」

「いやいやそんなこと言ったら可哀想だって」

「千草も敵だー……」

「なんでだー」


 なんか吸血鬼自体を恨む流れになってる。

 傍から見てるとサンタさんがいないと知っちゃった子供みたいで面白い。


「皆裏で私のこと馬鹿にしてたんだ……あいつは人間だって……」

「いやいやそんなことないって」

「羽月のバーカ」

「何だって!?」

「嘘だって」


 嘘にしてはやけに切れ味があった気がするんだけど。

 ただ、本気で怒ってる感じじゃなくてよかった。家族のことに関しては私が原因だし。


「でも、人間の子には教えない方がいいかなーって皆気を遣ってるだけで、きっと知ってほしいとは思ってたと思うよ? 『やっと言えた』って感じだったんじゃない?」

「まさに『やっと言えたわ〜』って昨日言われた」

「ほらハッピーだ」

「ならもっとさっさと言いやがれってんだ」

「まあまあ」


 言葉遣いがかつてないほど荒れてる。

 だけど、こういう時でも私にぶつける感情もセーブしている感じがするから、きっと千草は優しいんだろうな、と思う。


 何を隠そう、千草は私を正式に吸血鬼にしてくれた恩人でもあるし。

 まあ、今考えればあれは軽率だったと思わなくもないけど。


 ないとは思うけど、もし誰かにバレて千草の血をその人も吸いたい、と言い出したらどうしよう、とは今でも考えてる。

 その時は頑張って、千草には断ってもらって……いやでも、私だけ飲んでおいてそれはどうなんだろう。

 ただの独占欲の強い吸血鬼みたいだ。


「だから私って友達少なかったのかなー」

「友達?」

「小中の頃も周り皆吸血鬼だったのかなって」

「それは違うんじゃない?」

「それは私のせいか」


 私のせい、というほど千草が悪いとは思わないけど。

 でも千草はやたら友達に関して気にしてる節がある。


 クラスに友達がいない、もよく言ってるし。

 地域が同じなら、小中学校の頃同じクラスだった人も何人かいそうだけど。

 ただ、子供の頃だと吸血鬼と人間の違いがわからなかったりするから、特別支援学級に通ったり、家で教育を受ける吸血鬼も多いらしい。


 この高校にはこの地域の吸血鬼だけが集まるわけでもないから、そのせいで千草の知り合いがいなかったんだと思う。


 でもそんなこと、千草が気にすることでもないと思うんだけどなぁ。


「私は羽月と違ってコミュ力もないし」

「そんなことないと思うけど」

「羽月は小学校の頃も友達に囲まれて遊んでたんだろうし」

「そんなことないけど」

「はいダウト。嘘つき吸血鬼」

「えー……」


 荒れてるなぁ今日は。

 そんな気にすることないじゃーんと軽く考えてたけど、千草は皆人間だと思って今日まで生きてきたわけだから、千草にとっては子供の頃の記憶にまで影響を及ぼす大事件なのかもしれない。

 それこそ、小学校の頃に遊んでた記憶とか。


 でも、千草はずっと私がコミュ力が高いと勘違いしてるみたいなんだけど、私は別に友達が多かったことはない。

 今も、コミュ力があるなんて少しも思ったことはないから困る。

 ずっと少数の友達と遊んでいるタイプだったし、千草が会話に困るような時は私も普通に困る。


 この前は友達の大栗&小苗ちゃんコンビに登場してもらったけど、友達関連については、これ以上は私には何もできなかったりするし。


「はぁあ」

「落ち着いた?」

「落ち着かない。今なら血吸ってもいいよ」

「……ハマっちゃった?」

「ハマってない。今の嘘」


 ぷいっと机に座ったまま向こうを向く千草。

 吸血の時のことを言われると、私も少し照れるから気持ちはわかる。


 別に変なことをしたわけじゃないんだけど。

 なんか、いけないことをしてたような……いや、思い出すのはやめとこう。


「私の人生の思い出全部嘘になっちゃった」

「たとえば?」

「思いつかない」

「ならいいんじゃない?」

「いいかもしれないけど」


 でもまだ納得したくない、荒れていたい、という気分らしい。千草は。

 私にはわからない感覚だから、これ以上は私も上手く慰められる自信はないんだけど。


 一応できることなら千草が復活するまで付き合ってあげたい。

 そうして最後にお礼を言ってもらおう。


「あぁあぁあぁ~」

「ちなみに思い出って小学校とか?」

「主に、そう」

「そっか」


 なら、その時の友達は吸血鬼じゃない可能性の方が高いし、その思い出は嘘じゃないんじゃないかなぁ、とは思うけど。

 そう言っても駄々っ子千草は納得しなさそう。


 こういう時はとりあえず、解決になっていなくても気を逸らすことが大事なんじゃなかろうか。


「あ、そうだっ。じゃあさ千草」

「ん~?」

「私と作りに行こう、小学校の思い出」

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