第7話 「不審者なんだけど」
「わりと不審者なんだけど」
「気にしない気にしない」
高校から帰ったあと、童心に戻って、具体的には小学校低学年くらいに戻った私達は、現役の小学生に混じって通学路を歩いていた。
私は何も気にならないけど、隣を歩く千草は周りからどんな目で見られてるか気になるのかしきりに周囲を見てる。
一方の私は全く気にならないから堂々と歩いてる。
小学校の近くを高校生が歩いて何が悪い。
大体、私達も四年前には小学生だったわけだから、実質小学生みたいなもんだし。
身体が細い千草ならまだランドセルを背負ってもギリいけそうだし。
「やっぱり違うよね、羽月は」
「何が?」
「こういう時の自信がさ」
「自信とな」
別に自信満々で歩いてるつもりはないんだけど。
私は小学生だと自信満々で歩いていたら小学生に馴染めたりするんだろうか。
「周りの目とか気にしてなさそう」
「気にする時と気にしない時があるよ」
「気にする時ないでしょ」
「失礼な」
それじゃ私にまるで羞恥心がないみたいじゃないか。
私だって自分が裸だったら周りの目は気にする。
今のは極端な例だとして、私も一人で焼肉屋とかは多分入れない。
でもカラオケなら一人でも入れる。
そういうのって多分、能力の差というより、経験の差な気がする。
「千草も恥ずかしい経験をしたら気にしなくなるよ」
「なに? 恥ずかしい経験って」
「千草が恥ずかしいと思ってる経験」
「スケベ」
「なんでじゃい」
今の流れで言うとスケベなことを想像した千草の方がスケベにならない?
それを指摘したら千草は拗ねそうだけど。
「というか
「今日日、今日日の方が聞かないと思うけど」
「おお、今日日が通じる千草は文学少女だ」
「いや、誰でも知ってるでしょ」
「ちなみに私はアニメで知った」
「へー。というかこれ通学路でする話じゃないと思うんだけど」
確かに言われてみれば。
千草といるといつも話が尽きないから、つい普通に話をしてしまった。
せっかく小学生の気分を思い出してるんだから、小学生っぽいこと話すべきか。
「今日の給食美味しかったね」
「私給食そんな好きじゃなかった」
「えー嘘だあ、私はわかめご飯食べたい、わかめご飯」
「食べればいいじゃん」
「給食で食べるから美味しかったんだよ」
「じゃあもう一生味わえないね」
「それは悔しいから小学校の先生でも目指そうかな」
「生徒に『どうして先生になったの?』って聞かれた時困るよ」
「確かに」
「わかめご飯を食べに来ました」と正直に言ったら皆笑ってくれたりしないだろうか。
何人かはしてくれそう。でも半分くらいの子は笑ってくれないだろうな。
そこは感性の違いというやつだから仕方がない。
そう考えると学校の先生は大変だ。合わない生徒とも必ず仲良くしなきゃいけない。
こんなに数がいたら人間同士の相性にも差があって当然なのに。まあ、私は吸血鬼だけど。
気の合う相手とずっと話していたいな、と思ったりする私はわかめご飯のためだけに先生にはなれなさそうだ。
「しかし」
「ん?」
「私達ってこんなに歩くの速かったんだ」
「私は遅いよ」
「私も遅い」
なら遅いと思う。
ただ、千草の視線を見ていれば言いたいことはわかった。
本物の小学生達を私達は何人も追い抜かしているのだ。
小学生の帰宅時間からは若干ズレてるから大量の小学生の中を通り抜けてるわけじゃないけど、道端で立ち止まったり、友達と喋りながら歩いてる小学生を私達は何も考えずに追い抜かしていた。
「速くなったんじゃない?」
「別になりたいと思ったわけじゃないんだけど」
「なっちゃうもんは仕方ないよ」
皆歳は取りたくないって言うけど、誕生日は必ず来るし。
中学と高校の三年間はあっという間、と聞いたことがあるけど、その通りなら私達はまだあっという間の中にいるということになる。
三年間があっという間に過ぎたら私達はもう高校生じゃない。
そうなったら多分、千草ともお別れだ。
「小学生の頃、仲良かった友達とかいた?」
「いた」
「今会ってる?」
「一番仲良かった子は転校してった。生きてるかは知らない」
「さすがに生きてるでしょ」
「生きてても会わなかったら変わらないし」
「死んでたら会う可能性ゼロだよ」
「生きててもあの子と会う可能性は0.1%くらいだと思う」
「0.1%あるならいいんじゃない?」
もしかしたら大人になった頃に会って話せるかも。と考えて、私は自分がポジティブな発言をしたことに気づく。
別に意識したわけじゃないんだけど、私の場合自然と出る軽口はこういう発言の方が多い。
こういうところが、千草に私のコミュ力云々の勘違いをされるところなのかもしれない。
でも、こういうポジティブさが合わない人もいるんだろうな、とたまに思うこともある。
あの「やればできる!」すら嫌いな人がいるんだから、私の中途半端なポジティブさじゃ別にできるとも思わないだろうし。
この場合、千草がほぼ会えないと思ってるところに「いや会えるんじゃない?」というのは結構ウザいな、と反省した。
「結局千草の気分を落とすだけになってしまった」
「えぇ? 別に落ちてはいないけど」
「上がってもいないでしょ?」
「まあね」
よくよく考えてみると、小学生の下校シーンを見るだけでテンションが上がってしまったら、それはまさに不審者な気もするし。
小学校の思い出を作りに行こう、とは言ったものの、私も別に通学路に大した思い出はなかったし、チョイスを間違った感がある。
通学路探索は結局話がメインになってて、いつもと違う楽しみや盛り上がりもなかったし。
大して私の作戦に期待してなさそうな千草はこのまま帰っても何も問題はないと言うだろうけど、それじゃ私のメンツが保たない。
あとは自信満々に連れ出した分、このままだと申し訳なさがわりとある。
「じゃ、このまま帰る? 小学生と一緒に」
「小学生と一緒に帰ったら思い出になる?」
「高校生なのに小学生に混じったっていう高校一年生の思い出にはなりそう」
「じゃあダメだ」
私達はあくまで小学生としての思い出を作りに来たわけだから、なんて面倒くさいことを口に出すつもりはないけど。
とにかく。
「千草、小学生の帰り道といえば?」
「不審者」
「もっと優しい世界で考えて」
「遊びに行くとか」
「それそれ」
私達が頷くと、千草は訝しげな目で私の方を見てる。
その目で見られるに値することを言おうとしてる自覚はあるけど、もう私は止まれないのです。
「私と一緒に遊びに行こう、千草」
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