第8話 「私が一番?」

 スマホで辺りをマップで見て、一番行きやすさと大きさが丁度良く見えた公園に行くと、そこには子供達がたくさん遊んでいて、


「誰もいないんだけど」

「うわぁ、本当だ、不人気公園だ」


 その子供達に混じって「お姉ちゃん」と呼ばれながら遊ぶ妄想をしていたんだけど、ついた公園には人っ子一人いなかった。


 ついでに言うと規模も思ってたより大きくない。遊具はあるけど、数は少ない。


「皆家でゲームしてるわけだ」

「あ~、そういうもん?」

「私達の時ですら廃れてなかった? 公園」

「ああ、そうなんだ」


 あの頃から既に公園の荒廃は始まっていたわけか。いや、荒れてはいないけど。


 ただ、危険だなんだ言われて撤去されたっぽい遊具の残骸のいくつかを見ると、荒れているように見えなくもない。

 子供に安全に公園に来てもらうために撤去したんだろうに。悲しい悲しい。


「まあ私は人がいたら遊ばないつもりだったから丁度いいけど」

「あ、そうなの?」

「一人で遊ぶ羽月を他人のふりして眺めるつもりだった」

「酷い奴だ」


 一人だけ大人になりやがって。

 しかし、誰も見ていないところでは子供になってくれるらしい千草は、何も言わずブランコに乗り始めた。


「うわぁ、小さっ。こんなんだっけ」

「では私も隣に失礼」


 最初は座っていたけど、物足りなくなったのかすぐに千草は立ち漕ぎを始める。


 私はその隣で座ったままの限界を試そうとする。

 しかしすぐに限界を知って下りる。今の私の身体だと足がすぐ地面に擦れるからダメだ。もっと足を短くしないと。


「今ならスカートの中見えそう」

「今童心に戻ってるからそういうこと言わないで」


 ってことは小学生の頃からこんな豪快な立ち漕ぎをしてたんだろうか、みたいなことを考えながら、ブランコに乗ってる千草の正面に立つ。


 別にスカートの中が見たかったわけじゃなく、もし見ようとした人がいたら邪魔するための位置。


「ヤバい。これ凄い童心」

「それが童心か」

「これが童心だ」


 チェーンをがちゃこんがちゃこん鳴らしながら限界まで勢いを上げていく千草搭乗のブランコ。

 このままじゃひっくり返って怪我しそうだったけど、さすがにそこまではいかないのか、大体最後まで行った時の千草の身体の角度が安定してきた。


 そこら辺が限界か、と見ていると、千草はクラウチングスタートでもするつもりなのかブランコの上で膝を折り曲げて。


「ほっ……危ない危ない!」

「ちょちょちょ!」


 そこから躊躇わず正面に飛んだ結果、ブランコの周りの低い柵すら飛び越えて私のところに飛び込んできた。


 何とか踏ん張って倒れはしなかったけど、お互い胸の辺りがゴリゴリ削れた気がする。それくらい一瞬密着してた。

 ちょっとだけ、千草に血を貰った時のことを思い出した。


「千草、案外馬鹿だね……」

「ち、違う違う……昔は全然飛べなかったから、その感覚で……」

「だとしても馬鹿じゃない?」

「……否定はできない」


 私に言われて悔しそうな千草だった。



 それから、ブランコの勢いを借りて、他の遊具でも童心を取り戻そうとした私達だけど。


「面白い遊具ないね」

「仕方ないでしょ、どうせ危ないんだろうし」


 サッカーでもできそうな土地はあるものの、その広さに見合うほど面白い遊具はなかった。

 千草の言う通り、面白い遊具は危なかった、ということなんだろうけど。


 きっとボールを持ってきてたら少しは遊べたんだろうな、と思う。

 衰退した公園に憐れみの目を向けながら千草が目を向けたのは、固定されて動かなくなったシーソー。


「動かないシーソーに価値はあるのか」

「乗れはするから感覚を思い出せるかも」

「確かに」


 今日の千草はすぐ試したい気分なのか、そう言って動かないシーソーに乗りにくそうに跨る。

 前の方に乗ってるからまだ乗りやすそうだけど。


「どう? 思い出した?」

「わからない」

「なるほど」


 まあこういうのは一人で乗ってもあの頃と違うって感覚になるだけか。

 それなら私が。


「……何のつもり?」

「何人かで乗るんじゃない? シーソーって」

「二人なら向こう乗るでしょ」

「だって高くて乗れないんだもん」


 だから乗るとしたら千草の後ろしかない。もしくは前。

 スカートに土がつかないようにお尻で踏む形にして、なるべく地面から離れるように千草にくっつく。


 動かないシーソーの上で女子高生に抱きついてる女子高生の絵は中々レアなんじゃなかろうか。


「どう? 童心」

「……わからない」


 二人で乗ってみたけど答えは変わらない。

 ただ、千草の答えはさっきよりもふわふわしている気がした。


 ここからじゃ顔が見えないから、千草が何を考えてるのかはわからないけど。

 でも、千草の髪と首の辺りはここからならよく見える。


「あ、虫刺されが二つ」

「えっ、どこ」

「首のところ」

「……いやそれ羽月に刺されたやつ」

「あ、そうか」


 これ私か。


 前から刺したから、確か首の後ろの方で……そうだこの辺だ。

 知識としては知ってたけど、見るのは初めてだから新鮮。


「それで大丈夫か吸血鬼」

「だって滅多に吸血しないし。吸血鬼。すぐ治った?」

「その日のうちに治ってた。毎日見てるけど、徐々に目立たなくなってる」

「毎日見てるんだ」

「いや……気になるし」


 自分の体だし、案外見えるところだから、それはそうか。

 これなら見えにくいところにしてほしかった、とそのうち言われそうだけど、こればっかりは吸血鬼の教えだから仕方がない。


 私に関しては吸血する機会がなかったから独学だし。変なところやったら失敗しちゃう。


「触ったらどんな感じ?」

「ひゃっ」

「あ。ダメだった?」

「馬鹿。手冷たい。馬鹿」

「えへへ、ごめんて」


 笑って誤魔化してしまったけど、千草は普通に拗ねてる感じがする。

 千草が少しこっちを見たから、口を尖らせた千草の横顔がちょっと見える。こんなに可愛いのになんで吸血鬼男子諸君は食いつかないんだろう、不思議だ。


 ただ、ちょっと前までは私も千草のことを無愛想だと思っていた時期があるから、男子のことを馬鹿にはできないかもしれない。


 でも、最近は千草のいろんな表情を見てる気がする。具体的には、私が吸血した日、からくらいだろうか。


 あの日にまず千草の照れた表情を見て、それからいろんな喜怒哀楽を見せてくれるようになった。いや、今の言い方だと血を吸うまで友達ではなかったみたいだ。


 別に血を吸う前から千草は笑ったりしてくれていたし。ただ、私の中には妙に、あの日からだ、というイメージがある。


 それはもしかすると、私がよく見つけるようになっただけなのかもしれないけど。

 今までは意識していなかった、千草の表情を。


「……ってか、さすがに、降りてよ。もうそろそろ」

「…………」

「……ちょっと」

「ん?」

「降りてって」

「ああ、ゴ=メン。1199~1200年」

「そういうのいいから」


 ほら、今もだ。


 さすがにくっつきすぎて照れたような千草の横顔を、私は夢中になって眺めていた。

 今まではこんな顔してなかったなぁ、なんてことを考えながら。耳はシャットダウンして。


 そんな私を客観的に見ると間違いなく変態なんだけど、私の中には女の子同士だから問題ない、という謎の自信があった。


 友達の顔を見たいと思うことくらい普通なのだ。それは初めての感覚だけど、きっと、誰しも抱く感覚に違いない。私が初めてなだけで。


 もしかすると、これが親友になった証なのかもしれない。

 そうか。じゃあ千草は私の初めての親友か。


「……なに面白そうな目で見てんの」

「問題です。私と千草は親友でしょうか」

「はぁ? いや、なに言ってんの」

「3、2、1」

「罰も報酬も提示されてないのに答えると思う?」

「答えてよこのくらい」

「いや、そんなの急に言われても」


 結局答えてくれなかった千草は、戸惑いと恥ずかしさと嬉しさが混じったような面白い表情を見せてくれる。

 私は千草のこういう顔が見たくて唐突に変な質問をしたのかもしれない。後付け設定。


 何にしろ、どうせシーソーから降りたら目ぼしい遊具もないんだから、こういう会話で楽しみを作るしかない。だから私は間違ってない。


「じゃあ千草はどうなの」

「ん?」

「私が一番?」

「……ほおぅ」


 反撃か。でも私は質問されて戸惑うほど弱くはないぞよ。

 一番かと聞かれたら――


「……まだ?」

「ちょっと待って」

「……そんな真面目に考えないでよ」


 と言われても、質問バトルを仕掛けた側としては引き下がれない。


 真面目に考えるなと言われたから天の邪鬼な私は真面目に考えると、友達の中で一番は多分千草だ。友達に順位なんて付けたくないけど、一番は多分千草。


 だから即答しても良かったんだけど、即答しようとした時、私は少し変なことを考えてしまった。

 「私が一番?」って聞き方はもしや友達のことじゃないのでは? みたいなことを。


 童心に帰ろうとしてる時に何を考えているんだ、えっちだぞ、とは自分で自分に言いたいけど、正直に言うとえっちなことを考えた。

 ぽわわわわんと、私と千草がすっぽんぽんで吸血し合ってるところを考えた。


 ……いや、私はともかく千草が吸血するのか、というツッコミどころはさておき、これは親友と呼べるんだろうか。

 もしや吸血目当てで千草のことを見ているんじゃあるまいな、と自ら疑いの目を向けてしまいそうになる。


 だからと言って、この場でその考えに決着を付けて言葉にしたところで千草が喜ばないことにも薄々気づいてはいるんだけど。


「……親友ってなんなんだろうね」

「最初に聞いてきたの羽月なんだけど」

「童心に帰りすぎてわかんなくなっちゃった」

「あっそ……」


 小中学生の頃にも、こういうよくわかんない思考に時間を費やしていた気がするけど、あの頃の思考は私の糧になっているのかな。

 今考えたことを思い出す限り次の日には忘れていそうだ。


 今日考えたように、友達ってなんだろう、親友ってなんだろう、と昔にも考えたことがあった気がするし。

 その答えを覚えていないのだから、その頃の思考もきっとふわふわなまま終わっていたんだろうし。


 でも、ほんの少しだけ頭の中を漂っているあの頃の私の『親友』と、今日私が千草に対して抱いた『親友』は、明確に違いがあるような気がした。


 どこがと言われると、ふわふわ〜と答えるしかないけど。


「じゃ、帰ろうか……千草は童心に帰れた?」

「さあね。よく考えると童心についてよく知らないし」

「ノスタルジーみたいな」

「それは郷愁じゃない」

「教習?」

「もういいや」

「諦めないでよ」


 私だって頑張って生きてるんだから。

 ただ、わざわざここまで連れてきた私に気を遣ってくれたのか、出口に歩き出した千草は公園を後にする前にこっちを向いて。


「まあ」

「ん?」

「普通に、羽月との思い出にはなったんじゃない」

「ありがとう」


 お礼を言うと、千草はそっぽを向く。

 その瞬間の千草の嬉しそうな顔をまた記憶に留めながら、私も千草に続いて思い出の公園を後にした。

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