私と吸血鬼

第9話 「してない。うるさい」

 最近は高校で非日常的なことばかり経験している。


 私の人生はどうせモブの過ごす平坦な一本道だと思っていたのに、高校一年生の部分にだいぶ傾斜やカーブが集中していたようだ。


 そのどこかで道が別れていたかどうかは今は私にもわからないけど。


 高校生になる前の私に、「お前のクラス全員吸血鬼だぜ」と言っても少しも信じることはなかっただろうし。ダレン・シャンの読み過ぎだ、と思っただろうし。


 血液パックから血をすするクラスメート、実際に血を吸いたいと言ってきた友人、そして血を吸わせてあげた私……吸血鬼のおかげで短編小説くらいなら書けそうな人生にはなったな。


 ただ、勘違いしてはいけないのは、私の日常が変わったのは高校だけじゃない、というところで。


「お姉ちゃーん、ご飯できたってー!」

「はいよ」

「あれ? 何してたの? 窓見ながら立って。考え事」

「吸血鬼について少々」

「なんだ。聞いてくれたら私が答えてあげるのに」


 この、元々憎たらしく思っていた私の妹、あとは私を育ててくれた母親まで吸血鬼なのだから、今や私の日常は全て非日常だと言っても過言じゃない。


「ねぇ千草、高校はどうなのよ~最近楽しそうじゃない」

「食事中に話さないで」

「どこつけても同じニュースばっかりやってて暇よね~この時間は。別の内容放送した方が視聴率上がるんじゃないかしら。思わない?」

「知らん」


 休日に昼食として母上から提供されたシチューを口に運びながら、ずっと口を閉じない自分の生みの親の鬱陶しい会話を耳から耳へ流していく。


 私は性格的には父親似だと前々から思ってる。母親はどちらかというと明るい人間だから、寡黙な父の方が少しは似てるだろうという判断。


 別に吸血鬼のことを私が知ったから母親が話しやすくなったとかいうわけでもなく、うちの母親はずっとこの調子で、最近になって変わったところも少しもない。

 きっとこれからも永遠にこのままなんだろう。


「吸血鬼には関係ないのよね、大体」

「いや、関係あるんじゃないの」

「あ、やっとこっち向いたわね」

「向いてない」


 昔「千草ちゃんのお母さん明るいね」と授業参観というトラップのせいで、何人かに認知されてしまったけど、その時は本当に恥ずかしかったのをよく覚えている。

 今思えば別にそこまでのことではないけど。子供の頃はもっと繊細だったのだ。


「千草は吸血鬼のことは聞きたいんじゃないの?」

「お母さんから聞く必要はない」

「誰か聞ける人がいるんだ」

「……そうは言ってないけど」

 まあ、と言っても今も母親がうざったいことには変わりないけど。


 ただ、吸血鬼のことに関しては、正直母親の言う通りで。気になる。

 その話の途中で、私の交友関係なんかを探られそうで二の足を踏んでいるけど。


「でも友達になるのはいいけど、男子に『血吸わせろー』とか言われても簡単に許しちゃダメよ?」

「……えっ、なんで」

「男女間の吸血は婚姻の証みたいな感じだから。まあ昔の慣習だし、無理やりしてくる子はいないと思うけど」

「へ、へー」

「あ、もしかしてもうしちゃった?」

「してないしてない」


 男女間では、してない。

 羽月の話では、親子でするみたいなことだったけど、そういう意味もあるのか。


 何にしろ、血がほしいから飲んじゃうぞ、みたいな軽い行動ではないと。


「ちなみに、他にどういう意味あるの、吸血って」

「意味~? 別に大した意味はないんじゃない?」

「いや今婚姻って……」

「あえて言うなら、親愛なる君の血を……みたいなイメージ? 私は親とパパの血しか飲んだことないから」

「ああ……」


 そこは、羽月の言う通りなんだ。ちなみに、この場合のパパは私の父親を指す。


 わりと長年生きてる吸血鬼の私の母親でも夫と親以外で飲んだことないってことは、やっぱりそれなりに貴重な行為ってことか。


「友人とかでは、やらないんだ」

「やたら興味津々ね」

「は、はぁ……? そっちが話したそうだから聞いてるだけじゃん」

「まあ友人でも大好きだったらしちゃうんじゃない? それ、同性の話でしょ?」

「まあ、そうじゃないの」

「もしかして友達とはもうしちゃった?」

「してない。うるさいさっきから疑って」

「ごめんごめん。でも別に悪いことじゃないんだから」


 だとしても、もうしちゃったと言ったら「マセてるぅ~」みたいな雰囲気になることは目に見えてるから母親には言わない。


 大体そんなあまりやらない行為なら、言ったら羽月の方にも迷惑がかかるかもしれないし。


「もししてたらさすが私の子よね」

「うるさい」


 一緒にするな。

 多分、私に似て行動力があるとかそういう意味なんだろうけど。


 自分でも、吸血鬼について何も知らない状態でよく吸っていいと言ったなとは思ってるけど、だからと言って何にでもリスクに飛び込むわけじゃない。

 あれは……まあ、羽月が相手だったからだ。


「それで? もっと吸血について聞きたい?」

「もういい。別に……変な効果とかはないんでしょ」

「効果?」

「婚姻だから、吸われたら好きになるとか、下僕にしちゃうとか」

「あるわけないじゃない~そんな力。吸血鬼なんてでっかい蚊みたいなもんなんだから」


 でっかい蚊と言われると、他人事ながら他の吸血鬼から何か思われないんだろうかと思ってしまうけど、血を吸うだけという意味の表現だろうから触れないでおく。


「ならいいけど」

「うんうん。他には?」

「他は……もういい。食事の邪魔」

「いいの~? 吸血鬼について詳しく知る機会なのに~」

「はぁ……」


 どれだけ喋りたいんだか。この母親。

 そんなに教えたいことがあるなら自分から教えといてほしいけど、多分こっちから聞かないとこの母親は重要なことも言ってくれない。


「じゃあ一つだけ聞くけど」

「うんうん」

「クラスで私だけ人間なのって、お母さん関わってる?」

「オーケーはしたわね~」

「は……」


 キレそう。


 いや、別にあのクラスが嫌なわけじゃないし、羽月とも出会えたから悪いとは思っていないけど、その軽い態度にはキレたい。


「最近吸血鬼も少子化でね~来年からは一クラス分吸血鬼の子も集まらないだろうって話らしいのよね」

「ああ……」

「でも吸血鬼の中に普通の子入れて問題ないかって言われるとまだ怪しいところがあるらしくて」

「うん」

「一年先に実験的に一人だけ入れてみて様子を見たいって言われたのよね」

「いや、それ……」


 よく許可したな、娘を実験台にされて。


 そんなの普通の母親だったら絶対許可しない……とは思うけど、うちの母親の場合は別か。普通の母親のことなんて考えても意味がない。


 きっと面白そうだから、なんて理由で私は吸血鬼の中に入れられたんだろう。


「でもクラスで友達もできたんでしょ?」

「まあ、少し」

「なら良かったじゃない」

「別にいいけど……」


 私が母親の感性を疑っただけだから。


「多分この来年からも半分だけ吸血鬼の血が入った子達が千草みたいに混じることになるだろうから、先輩面できるわよ」

「下級生とか関わらないし」

「そんなことないかもよ? 吸血鬼の親を持つ生徒同士慕ってくれる子がいるかもしれないじゃない」


 うちの母親は娘のコミュニケーション能力をどこまで買ってるのかわからないけど、同学年ですら少ししか友達がいないと言ってるのに別の学年と仲良くなれると思う理由がわからない。


 その子達だって、何も知らないまま人間として生きてる方が幸せだろうし。……いや、私は普通に人間として生きてるか?

 吸血鬼の血は混じってるとさっき言われたけど。


 何にしろ、入った経緯や下級生のことなんて関係なく、私は吸血鬼の中で過ごすしかないんだけどさ。


 ごねてクラスが変わったって友達に囲まれる生活なんてあり得ない。


 むしろ私自信が望んでない。

 私が自身が望んでいることがあるとすれば、それは今のクラスの方が――


「……ごちそうさま」

「ん~? 急いでどうかした~?」

「不味かったの」

「いつも食べてるでしょ」


 今のクラスで何を望んでいるのか、自分に聞いてやろうかと思ったけど、私はそれを拒否して思考にモヤを掛けてくる。


 今までこんなことはなかったのに。そう思うと、私の何かが変わってしまったようで怖くなる。

 ……強いて言うなら。


 自分の気持ちと向き合うことは、昔より確実に下手になっている。気がした。

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