第11話 「もっかい吸ってよ」
「3巻抜けてるんだけどないのかなーここ」
「……誰か借りてるんじゃないの。そういうもんでしょ、図書館って」
「あ、そっか」
納得いかない顔をしながらも、別に抜けていても読めるのか、漫画の4巻を私の隣で開く羽月。
私の方は一応当初の目的通りヴァンパイアとか吸血鬼の本を開いてるけど、大抵が空想の生き物に関する本だから収穫はほとんどない。
あと、吸血に関する収穫とは別に、私は隣の吸血鬼に関することを本を読んでいる間に思い出していた。
「そういえばさ」
「む?」
「羽月の誕生日って五月って言ってたよね」
「あ、思い出した?」
「それ、過ぎてる?」
「ううん、明日」
「ああ……そっか」
それならまだセーフ……なのかな。別に誕生日が過ぎてもアウトとは思わないけど。
私自身は誕生日にいい思い出がなく、他人の誕生日を祝わなきゃいけない分、誕生日は面倒な存在でしかないんだけど。
私みたいな人ばかりじゃないこの世界では、誕生日を祝わないと変に思われることも知ってる。
いつか聞いた羽月の誕生日を、このタイミングで思い出したのは何か奇跡のようなものを感じるけど……別に誕生日プレゼントも何も持ってないな、私。
「羽月は誕生日祝われるタイプ?」
「え、祝われないタイプっているの?」
「どこかにはいるんじゃない?」
「そっか。私は祝われないタイプだから、明日多分家でケーキを食べてる」
「なるほど」
明日は休日だし。家族団欒の中引きずりだすわけにもいかないから、誕生日を祝うなら今日か、誕生日を過ぎてからか。
どちらがいいんだろう。おめでとうと言うだけならいつでも言えるけど、プレゼントがないとなると嬉しくないんじゃなかろうか。
「ああ、別にプレゼントとかはいいからね」
「羽月にしては謙虚だね」
「そういうところで謙虚な方が長続きしそうじゃない?」
「……何が?」
「友達として」
「ああ……」
そういうことか。びっくりした。……びっくりした? いや、してないしてない。
でも、羽月の言ってることはよくわかる。正直家族の誕生日もよく忘れるし、プレゼントを買いに行くなんて面倒なのに。友達も加わったらもっと大変だ。
友達100人いる人は毎月のように誕生日プレゼントを用意してたりするのかな。
私には想像できない。
「でも、まあ、なんかあったら渡すよ」
「おー、優しい」
「一ヶ月後くらいまでには」
「それ誕生日プレゼントって言う?」
多分、どこかで羽月に物を買いたい気分になることはあるだろうから。
その時「遅れたけど誕生日プレゼント」だよと言って渡すことにしよう。
そのくらいルーズな方が私には合ってる。
「とりあえず、おめでとうは先に言っておこうか」
「ありがとう」
「ハッピーバースデー」
「歌わないんだ」
「図書館だから」
◇◆◇◆◇
図書館で一時間くらい時間を潰した後、私と満足げな羽月は図書館を後にした。
読書時間一時間。小中学生の頃はよく読書もしてたけど、高校生になってからはもっぱらスマホに時間を潰されている私にとってはそこそこ長い読書時間だった。
「んー……また来ちゃうかも」
「好きにしたら?」
「千草も行こうよ」
「私は……まあ、暇な時だったら」
実際のところ、調べ物に来ただけだから来る必要はないんだけど。
羽月と一緒に漫画を読みに来るのも、まあ悪くないかな。
「そういえば、吸血鬼のことはなんかわかった?」
「それ、吸血鬼に聞かれると変な感じ」
「確かに」
実際、吸血鬼相手に実験とかした方が早いんだろうし。
ただ、この場合の実験というのは、私も実験対象となるような。
「私が調べとこうか? 知りたいこと」
「……うーん……羽月か……」
「あ、私じゃ信用ないんだ」
「うーん……」
信用がないわけじゃないけど、自分でも半分信じていないような私の研究テーマを羽月に教えるのが少し恥ずかしい。
それを教えてしまったら、私の考えていることまで漏れることになるし。
何とか誤魔化すことができるならいいんだけど。
「羽月は知り合いに気軽に吸血できる人とか……」
「うんうん」
「いややっぱ何でもない」
「そんなに信用ない!?」
たとえそんな人がいたとしても、羽月に吸血してもらうのはどうなんだ。
だって婚姻の証でしょ、親とするようなものでしょ、さすがに羽月に悪い。
……でも、それを先にしようと言ってきたのは羽月なんだよ。
「羽月は、なんか習わなかったの? 吸血の仕方とか、意味とか」
「習わないよ。むしろ気軽にするなって言われるんだから」
「ああ……気軽にしたくせに」
「あれはっ……ほら、友達だから」
「友達なら誰でもしていいんだ」
「誰でもじゃ、ないけど」
なら、どういう人ならいいんだ、と聞きたくなったけど、無意識に、歩く羽月の後ろからずんずん近づいていた自分に気づいて立ち止まる。
いや、私が吸血鬼みたいになってどうする。
「?」
「いや、何でもないけど」
「そっか」
そう言って、私はまた羽月の隣を歩き出す。
ただ、友達だから隣を歩くというのはあまり好きじゃない。
別に後ろでも前でもいいじゃないか。邪魔だと思われる時もあるし。隣から顔を見られたくない時もある。
それに、こういう狭い道だと不意にお互いの手が当たりそうになって、私は自然と相手の後ろに入ってしまう。
ほら今も……私は何も考えていないはずなのに、羽月の後ろにつけようとしてる。
「血吸ったこと、怒ってる?」
「……え、なんで」
「なんか、いつの間にか離れてるし」
「離れてないよ」
立ち止まって振り向いた羽月に、一歩近づいて離れてないことを証明する。
一歩近づけるということは、離れていた証明になるんだけど。
「なんか、私が血吸ったことで疑ってることがあって、調べてたのかなって、今、ちょっと思ったんだけど」
「なにさ、疑ってることって」
「わからないけど、吸血のこと調べるって、私のやつじゃん、絶対」
私の悩んでいることより、ずっと重たいことでも想像しているのか、羽月は悲しそうな表情でそんなことを言う。
そんな羽月に対して、私はきっと、向かい合った羽月にドギマギしているような、状況に不釣り合いな表情をしてるに違いない。
羽月の言ってることは正しい。私が経験した吸血は羽月しか相手がいないのだから、羽月との吸血について調べてる。そうに決まってる。
でも、そんな深刻なことじゃなくて。私は、私が羽月を好きになってしまったんじゃないかなんてふざけたことを調べているだけで。
誕生日の前日に羽月が悲しむようなことは何一つ思っていないんだ。
それを上手く伝えたいのに、私が恥ずかしい思いをせずに言葉で羽月の誤解を解く方法が、私には思いつかない。
「はっきり言ってくれた方が楽だしさ」
「いや……」
はっきり言ったら、多分困惑するんだ、羽月は。だから言えないんだ。
その言い訳部分だけを言ってしまおうかと思ったけど、それはそれで重大なことを誤魔化しているようで紛らわしい。
何も大きな問題を抱えてない、吸血で嫌な思いをしたわけじゃないと、全く勘違いをされずに伝えたいのに。
日本語と演技の下手さが私にのしかかる。
違うんだ。吸血がダメだったわけじゃないんだ。だから、
「じゃあもっかい吸ってよ、血」
「へっ?」
「何もダメじゃないから……変なこともないから、吸ってよ。私の血」
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