橋の下

 結局、僕一人だ。

 新田は「ごめんなさい」といって帰った。

 止めてもついてきた二葉は、コンビニでトイレを借りるといったきり、十五分たっても出てこなかった。

 おかげで、約束の正午におくれないよう、炎天下の土手を走るはめになった。

 河川敷の鉄道橋の下、真昼の太陽が影を作る場所に、四人の男が待ちかまえていた。フードをかぶって腰に鎖を巻きつけた加賀美、金属バットを持った大柄な二人の男、それとリュックを背負ってスマホを構えた男だ。

「よお、久葉。もっとこっちこいよ。なにオマエだけ明るいところにいるんだよ」

 僕は素直に足を進めて、暗い影の中に入った。竹刀はおろしたままだ。

「加賀美くん、君は僕にも罪があるといいたいんだろう」

「ああ、そうだとも」

「じゃあ、好きにすればいいじゃないか」

「おいおい、無抵抗の相手をいたぶったら、オマエは可愛そうな被害者ってことになっちまう。決闘にしないと駄目なんだ。

 いいか、オレは、オマエが、オレと同じように、人生の王道から転落するのを見たいんだよ。

 分かったらさっさと構えろ」

 僕は剣道の試合と同じように中段に構えた。

「よし、それじゃ、ライブ配信の始まりだ。テレビにも出たチャンピオン様だからな、ちゃんと顔を映してやれ」

 加賀美がリュックの男に合図をすると、革グローブをした金属バットの男が二人、近づいてきた。

「ほら、手袋も用意したんだぜ。オマエみたいな剣道バカがためらわずに打てるようにな」

 加賀美の挑発は無視した。まずは左の敵からだ。斜めに振りおろしてくるのを後ろに避けたあと、左前に跳びながら右下に打ちこんだ。

「小手!」

 ガラン。相手はバットを落とし、指を押さえてうずくまっている。浅いと思ったが、ただの革グローブ相手なら十分のようだった。

「おいおい、これは道場での試合じゃねえってことを分からせてやれ」

 加賀美が指図すると、もうひとりの男が砂利を蹴り上げながら胴、いや肋を狙ってきた。

 目をかばいつつ、うんと身をかがめて避ける。

「胴!小手!」

 左に振りぬき、返す刀で武器を落とさせた。息が全部抜けたみたいで、しばらくは動きそうにない。

 倒れた男を飛びこえて右前方の撮影係を目指す。相手は慌てた様子で折りたたみナイフみたいなものを取りだそうとしている。

「小手!」

 ナイフを落とさせて、ひるんだ隙にスマホを左手でもぎ取った。

「おうおう、ついでに突きでも入れたらどうだ?」

「防具をつけてない。それに、彼は剣道にもケンカにも慣れてないみたいだ」

「そのスマホを見ろよ」

 取り上げたスマホを見ると、この決闘が配信されていた。それなりの人数が見ているらしく、コメントまでついていた。

「おまえの剣道人生、もう終わってるぜ」

 僕がスマホに気を取られた隙に、加賀美が左手を振った。飛んできた鎖が僕の左手に絡みつく。どうやら力比べでは相手に分があるみたいだ。

「ほら、これでも剣道やってられるか?」

 相手はエアガンを抜くと、僕の顔に向けた。

 バチッ、バチッ。

 BB弾とは思えない。重い音だ。

 バッ。

 三発目が僕の頬骨に当たり、猛烈な痛みが走った。

「へへっ、改造した甲斐があったぜ」

 鉄臭いにおいがして、河原の石に血が滴った。

「ほら、四発目、いくか?」

 弾丸が、僕の迷いを吹き飛ばしてくれた。

「加賀美くん、僕は絶対に、剣道で勝ってやる!!」

「剣道、剣道ってうるせえんだよ」

 バチッ。弾が頬をかすめた。

「挫折してないやつに何がわかる!?」

「わからないよ。でも、だからといって人を傷つけるな!!」

 力比べをやめて、前に跳んだ。一気に間合いが詰まる。加賀美は後ろによろけるが、まだフードをかぶっている。

「面!」

 右手だけでも十分だった。

 あとはランサムウェアをなんとかするだけだ。


「せんぱーい。せ、ん、ぱーい!」

 来ないかとおもっていた二葉が、離れたところの茂みから飛び出してきた。

「先輩、やったんですね。これで僕のスマホも…」

 まだランサムウェアは消えていなかった。

「う、うわあぁぁ」

 あまりにも気が動転したのか、二葉は僕を殴りつけてきた。

「やっぱり、綺麗事じゃだめなんだ。もうあの子とはおしまいなんだ」

 叫びながら落ちていたナイフまで拾いあげたので、僕は慌てて竹刀を捨てて、手からナイフをもぎ取った。

「落ち着いて。加賀美くんに聞こう」

「…。はい」

 二葉に気を配りながら、僕は倒れている加賀美を起こした。

「もう十分だろう。とにかく決闘という身代金は払ったんだから、人質を解放してくれ」

「そうだそうだ。写真とか、無事なんだろうな」

 二葉が改造ガンを向けて脅しつけるので、僕は銃口を降ろさせた。

「ああ、わかってるよ。データには手を付けてない」

 加賀美がスマホを何回かタップすると、ランサムウェアは消えた。

「でもな、オマエがケンカをする姿はネットに流れた。きっと推薦もパーだし、卒業だって怪しいぜ。勝ったのは俺さ」

「うん。君には負けた。でも、もう一人の自分には勝った」

 剣道とは自分との戦い。だから、これでいいんだ。

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橋の下のチャンピオン 糸賀 太(いとが ふとし) @F_Itoga

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