帰りはこわい

 退屈な授業はアッという間に過ぎ去り、下校時刻となった。


 帰宅する為に学校の校門でましろを待つ羽目はめに。

 正直、帰宅まで一緒となると鬱陶うっとうしさを覚えるが、置き去りにして帰ると、後からブチブチと嫌味を言われて厄介やっかい

 然し、随分と待っているがましろは一向に姿を見せない。


 まだ、待ちぼうけを喰わらされそうだ。


 俺は部活をしていない。それは両親の方針だからだ。

『部活に無駄な時間を費やす位なら、勉学にいそしめ。お前は有名大学に合格しなければならない』と言い聞かされている。


 帰宅すれば直ぐに机に向かう姿勢を見せておかないと、両親に叱責しっせきを受ける。両親の期待を背負い重責をになうが、ましろへ向けられる方が苦痛だと言い聞かせて耐え忍んでいる。


 ただ、ましろは立場が違う。俺に気をつかっているのか分からないが、自由自適に生きて部活や恋愛など何でもできるはず。かごの中の俺には決して、手に入らないものを持っている。うらやましい……。


 あれこれと考えていると、ニヤニヤするましろが近寄って来た。


「お兄ちゃん、お、ま、た、せ、うふふ」

 恋人と待ち合わせているが如くすこぶるご機嫌だが、俺の方は嫌な事で思いふける時間を与えられた。それだけにひど立腹りっぷくしている。

 ましろの好意を無下むげにして、黙々と帰路きろに付く。


「あ、お兄ちゃん、待ってよ。怒らせたのなら謝るからぁ」

 あわてて後を追い掛けて来るましろは、本当はにくめない。ただ、散々に待たされたのだ。素っ気無い態度を貫き、背中を追わせてやる。振り返る事もせずに。


     ◆


 夕焼けが俺達に降り注ぐようだ。茜色の光が優しく包み込む中、ましろを引き連れて十字交差点に差し掛かった。

 目端にが映り込むのが見えて、咄嗟とっさに立ち止まっていた。

 十字交差点の隅の方にが手向けられている。


「なぁ、ましろ……今朝ここを通った時は気が付かなかったんだが、に花束なんてあったか?」

「え!? あは、あはは……冗談じょうだんが過ぎるよ、お兄ちゃん……」


 背中越しに聞こえたましろの声音は、驚きからトーンが確実に下がった。赤の他人ならいざ知らず、兄妹の俺にならはっきりと分かる。見られたら不味い。見てはいけないものを見た。そう言う事だと……。


 


 頭に過ぎった瞬間、身体中に悪寒が走った――。

 鳥肌が総立ちして恐怖でひざが妙にガクガク震えてくると、重苦しいプレッシャーをヒシヒシと背後から感じていた。まるで体温を抜き取られる錯覚。生命力を吸い取られるような妙な感覚もする。


 


 頭の中で警鐘けいしょうが激しく鳴り響く。

 駄目だと分かっているが、どうしても振り返りたい。そこにましろがいる事を確認して、心底に安堵したい。


 


 何時もみたいに屈託くったくの無い笑みをきっと投げ掛けてくれるはず。

 そう信じて、ゆっくりと肩越しに振り返ろうとした時――。


「お兄ちゃん! ダメ! !!」


 ましろが強い口調で制する。

 身体が瞬時に硬直して、くびを動かす事を止めさせられていた。


「な、なぁ、ま、ましろ。な、何で、だ、駄目なんだ……」

「振り返らずに聞いて! ましろは、お兄ちゃんの事が好きなの! お兄ちゃんが、いなきゃいけないの!!」


「き、急に、な、何を言って、いるんだ、ま、ましろは……」

「恥ずかしいから……お兄ちゃんは絶対に、ましろへ振り返っちゃダメ!」


 頭がひどく混乱している。ましろからの突然の愛の告白。

 取っている行動は不可解過ぎるが、“好き、生きていけない”その言葉が鼓膜こまくを優しく振動させた。

 それは心地よくて、胸が熱くなり生命力がみなぎる。

 妹とは言え、想われるのは悪い気はしない。


 それよりも今度は、みょうに声を震わせて静かに語り掛けてくる。何故なんだ?


「……知ってるんだ。お兄ちゃんが勉強を頑張って、ずっとパパとママからかばってきた事を……ずっと一人で頑張きたんだね。すごつらかったんだよね……おバカなましろでゴメンね……」


 温かい言葉が深く胸に突き刺さる。

 ひたすら孤独に戦い、両親の魔の手から守って来た。それをようやくましろへ理解してもらった。


 使命感が報われた激情に包まる中、スッと肩の荷が下りた感じがした。不様ぶざまにも目から大粒の涙が零れ落ちていく。

 強い兄貴で在り続けなければならない。泣き虫な弱い兄貴の姿を見せられない。そう思うと、振り返る気にはなれなかった。


 ましろは話を続ける。

「……ましろは寂しいんだよ……だからね、“とおりゃんせ”を思い付いたんだ……」


 。その言葉に引っ掛かった瞬間、昔の記憶がよみがえってくる。


 俺は勉強の過程で民よう・民ぞく学に興味を持った。

 息抜きがてらに地元の民謡を調べていくと、三芳野みよしの神社からとおりゃんせにいきついた。それは誰でも知る童歌だが、裏の伝説が隠されている事を知った。


 それは禁忌きんき、間引きを悔いる者達へ与えられた救済、反魂はんこんの法だ。

 魂だけよみがえった者と自宅から生前思い出深い場所を死者と悟らせずに、一緒に往復すれば肉体が現世に蘇るのだとか。


 とおりゃんせになぞらえた至極簡単な方法でもあったが、魂を蘇らせる方法は全くの謎。

 死者の骨を食べる。

 死者の代替えとする生命力を必要とする。

 生きる希望を抱き続けねばならない。

 帰り道は反魂の法を実施した者が●●振り向いてはならない●●。途中の文字が塗潰された文言。

 と、難題も注記されていた。


 信憑しんぴょう性の欠片かけらもない。現実性を持たない与太話よたばなし。ただ、それを面白半分に雑談の合間にましろへ話した事があった。


 だが何故、ましろは急に、を持ち出した!?


 自問自答していると、脳がやけにチリチリと痛む。

 嗚咽おえつを伴うような激しい頭痛がしてくる刹那せつな、フラッシュバックする。


 


 両親へ服従してきた俺のあがらい、初めての我がまま。それが始まりだった。

 半年前のある時、両親と大学進学で面と向かって話し合った。

 両親から操り人形のように操られてきた事に嫌気が差して、両親が望む大学よりも民俗学が専攻できる別の大学へ進みたいと願った。


 至極当然の事、両親と言い争いになった。


 両親は俺の嘆願を一切受け入れず、『お前がかたくなに拒絶するなら、ましろを勉強漬けにして私達が望む大学へ行かせる』と、姑息こそくな手段を使ってきた。

 そう、ましろからも自由を奪うとおどしてきた訳だ。大切な妹を守るとは言え、自由をうばわれ続ける人生に希望なんてものはなかった。


 この先も両親の期待へ応え続けねばならない。両親が敷いたレールを永遠と自由を奪われ続けて歩かされる。

 絶望感で打ちひしがれ、鬱病うつびょうが悪化してノイローゼとなった。

 多量の薬を服用して意識混濁こんだくになっては、夜な夜な住宅街を徘徊するようになった。


 そんなある日、意識が朦朧もうろうとする中、あの十字交差点に差し掛かった。

 通りすがる車のヘッドライトが光輝こうきする様に目を奪われた。それはまるでキラキラと輝く星々の如く絶景だった。


 光に陶酔とうすいしていると、幼い頃の記憶が蘇ってくる。


 幼いましろと見上げた満天の夜空は、本当に綺麗なものだった。漆黒の大海の中でキラキラと光輝する星々の中に見つけた北極星は、希望の星。

 興奮で胸を膨らませて北極星を指先でスッと指し示し、ましろへらした言葉をずっと忘れていなかった。


『ましろ、あの北極星は希望の光なんだ。真っ暗な海原を航海する時は、あれを目指して進むんだ。あれを追い掛けていれば、いずれ新天地に辿り着ける。きっと僕達はを見る事ができるんだ』


 その言葉を思い出した時、車のヘッドライトに希望の光を見出して、光へ吸い込まれるように路上へ飛び出していた……。


 全てを思い出した瞬間、あの時覚えた絶望感が心を一気に塗潰す。

 ようやく、漸くつらい現実から解き放たれた筈なのに、あの生き地獄の苦しみを再び味会わなければいけない。

 ドロドロとした泥のような気持ち悪いものが身体中を巡り抜けると、生きる気力を瞬時に失っていた。


「なんで、どうして蘇らせた!! 苦しみから漸く解放された俺を!! 死なせてくれ!!」

 叫んだ刹那せつな、ましろへ振り返っていた。


 そこにいるのは、屈託くったくの無い微笑みを浮かべる可愛いましろ、ではなかった。

 身動きもしないでそこにそうしていて、目だけが生きている感じがしたが、それは苦悶くもんゆがむ鬼の顔。


 黄泉よみの国へ引きずり込む黄泉醜女よもつしこめが、そこにいた。


「理解してくれ……」

 と洩らした刹那、ゲホゲホと血反吐ちへどく。

 ゴボゴボと身体の中から湧き続ける紅い液体。最後に口からドロドロとした紅い粘液がい出た瞬間――。


 何も感じなくなった……。



 、同じところで失敗した。何がいけないの? 動物はダメ、パパでもダメ、ママもダメだった。

 そうだ!? 次はあの子をにする。


 今度は、に、させるから……心のポッカリを早く埋めてよねぇ……お兄ちゃん……。


 ましろとお兄ちゃんは、ずぅ~と一緒だよぉ……だからね、と強く想って欲しい……。

(了)


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まっしろな想い 美ぃ助実見子 @misukemimiko

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