第12話

「あぁら、ありがとう。私は痛くも痒くもないけどね」


 エリが事も無げに言った。


「そう仰るなら今までの行動全てに詫びでも入れて死んでくださいます?」


 ミツエが汚物でも見るような目で見下げながら私に言う。


 おや、と思った。

 二人の様子がおかしい。


 何故死なないのかと言うこともだが、態度がおかしい。


 ミツエは今私に死ねと言ったか?

 予想していなかった二人の言動に混乱しているとエリが言った。


「ちょっとヤダ。まだピンときてない訳?可笑しいんだから、笑っちゃうわ」


「人様にしようとした行動ですのよ?自分にもそれが降りかかる恐れがあると想像はできませんこと?」

 ミツエが上品に着物の袖で口元を隠して言う。


「ま、まさか……」


 そんなことはあってはならない。

 だが、二人のものの言い様はそれが起こっていることを示している。


「お前ら私を……私に毒を盛ったというのかっ……?!」


 キャハハハと甲高い声で二人が笑う。


「当たりよ、オッサン」綺麗な顔を歪めてエリが言う。


「そんな……私は死ぬのか?!トリカブトか?!」


「そうよ、ただしフグ毒と混ぜてるから即効性は相殺されてるわ。正確には分からないけれど、あと数時間の命なのは確実よ」


 エリはフンと鼻を鳴らして続けた、「せいぜいその時間、溜まりに溜まった奥様の愚痴でも聞いてあげるのね?そのためのフグ毒なんだから」


 そのエリの言葉を合図にするように、ミツエが勢いよく捲し立てた。


「ねぇ貴方、今まで私がどれほど我慢してきたか、考えたことございますの?毎晩毎晩偉そうに帰ってきては飯だ、風呂だ、いらんだの言うだけ。ただいまの一言くらいまともに言ってみてはどうですの?ああって何よ、ああって。挨拶はキチンとしましょうねと子供の頃に習いませんでした?一般市民の方はそんなことも教えられずに生きてらっしゃるのかしら?さぞや高い地位にお就きになって誇らしいのでしょうけど、それは全て私と結婚したおかげということをお忘れではございませんの?私から与えられたに過ぎない権力やお金で大いにお遊び遊ばされてたくさんの女性をお囲みになってらっしゃるようですけど、別れた後の始末くらいは責任持って綺麗につけてくださいませんこと?金目当てのうるさい女共に私がいくら払ったとお思い?遊びたいだけ玩具を散らかしてお片付けはちゃんと出来ないんでちゅかーボクちゃんおバカちゃんでちゅねーあばばばばー」


 こんなに喋るミツエは初めて見た。


 最後に至っては赤ちゃん言葉で、かつ煽るように顔を左右に振っていた。


 だがそれ以外は頭が混乱していて何を言われたのかよく分からなかった。


 とにかくまずエリに騙されていたことに腹が立っていた。


「くっ……エリ!!貴様、更に私を謀るとは……マサシから聞いているぞ!クーデターなんぞくだらんことを考えおって!金なら充分与えているだろう、強欲ものめ!」


「はぁ?!何それなん……」


「そうよお前ぇっ」


 エリが何か言いかけたがミツエの絶叫に遮られた。


「私のマサシに何をした!!言えー!!小汚い雌豚が!!私の子供に!!」


「え、ちょっと何なの?!あんたんとこの息子が私にすり寄ってきただけの話よ!それ以上でもそれ以下でもないわ!」


「この女ァ!!まだ言うか!!さっさと死ねぇ!!」

 ミツエはもはや半狂乱で叫んでいる。

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