第6話
三人で別荘に入り一息ついたのち、円卓を囲んでの話し合いが始まった。
じっくり話し合いたいというミツエの意向で午前から集まったため日はまだ高く、耳をそばだてても聞こえてくるのは鳥の声と草木を風がなでる音だけだ。
木造のロッジ風の建築なので木の香りが鼻をくすぐり、外からの森の香りも相まってリラックスした気持ちになるのが分かった。
こんな集まりでさえなければ心身ともにリフレッシュ出来たはずだった。
エリは私との結婚だけを望み、財産などに関して貰い受ける気持ちは一切ないと言い、こう続けた。
「ただ奥様。私は私との関係という点でトオルさんが責任を追求され、屈辱を受けるのは間違いだと思っています。なぜなら彼の能力は男女関係に影響されるようなものではなく、ビジネスの観点で見れば彼の力が会社に必要なことは誰が見ても自明なことなのですから」
要するに、私とエリが結婚しても私をクビにしたり降格したりするのは会社にとっても損失だからやめておけ、と言うのだ。
「確かに、イツビシとしても私個人の感情を優先して貴重な人財を手放すことが得策ではないことを承知しています。しかしイツビシだからこその誇りもありますので、エリさんが望まれる条件を飲めば、私どもの体裁の悪さがどうしたって目立ってしまいます」
婿養子にしてやった亭主に直系の娘が捨てられ実子といくらも歳の変わらない小娘と再婚した上に社長として会社に居座られ続けるのは、どう考えても世間体が悪いだろう。
「それについては提案がございます。お二人のご子息であるマサシさんにイツビシを継いで頂くのです。これについてはもうマサシさんと話がついているとトオルさんから伺っています」
エリの話を受けて、ミツエがチラリと私に視線を送ってきた。
「ああ、実は既にマサシと二人で話し合っておいたんだ。心配なら直接連絡して確認するといい」
事実だった。エリとの結婚のためにマサシを説得した訳ではないが、結果的に有力な材料ができていた。
いきなりのトップ交代となれば、それこそどこの血筋か分からないような人間をイツビシの頂点に招きいれる事態になりかねない。
天下のイツビシの社長の座だ。人生をかけてでもその椅子に座りたいと望む者はごまんといる。
そういう人間がこんな好機を逃す訳がない。
会社は根幹から揺らぐほど混乱に陥り、イツビシの家名には多かれ少なかれ傷がつく。
それは名誉を重んじるイツビシの一族にとって何より避けたいことなのだから。
効果のあるポイントを突けたと確信したのか、エリがまくし立てる。
「ですがマサシさんがまだ年齢的に若すぎるという懸念があります。経験も足りないでしょう。ですからマサシさんをイツビシの後継者として育てるためにトオルさんに社長としての手本を傍で示して頂いて、のちのちは席を譲るという方法を取るのが良いと考えています」
ミツエはしばし考え込んだのちに、そういうことなら、と私との離婚を了承してくれた。
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