第7話
「まぁ、エリさんはフランスに留学されたご経験がおありなの?」
「えぇ、経営学に興味があったんですけど日本の大学では物足りなくて、向こうの大学院で学びました」
「羨ましいわぁ、私、フランスへは行ったことがなくって……ロワール地方へは行かれたんですの?」
「ええ、シャンボール城にもシュノンソー城も見ましたわ。写真ご覧になります?」
「きゃあ素敵~」
離婚の件にカタがついてからというもの、エリとミツエはずっとこの調子だ。
よほど気があったのか、それとも女というものは集まると話し続ける習性でもあるのか。
話し合いにしても、あまりにもあっさりと円満に和解が出来たので拍子抜けだった。
まぁ揉めすぎるようなことになれば、ミツエが家に帰るなどと言い出す可能性もあったのだから万々歳と言ったところか。
女同士のお喋りは絶えることなく続いた。
とりとめもなく、話題も目まぐるしく変わるので時折相槌を打つくらいしか出来ない。
エリもミツエもここまでお喋りな女だとは知らなかった。
柱時計が四つ鐘を打つ。
「あらもう夕方ね、ねぇディナーご一緒できるでしょ?」
ミツエがトーンの上がった声でエリに言った。
もうすっかりエリのことが気に入ったようだ。
「えぇ、もちろん。お料理の用意、お手伝いしますわ」にこやかにエリが答えて、ミツエと共にキッチンへと向かう。
ふとエリがこちらへ振り返り、目配せをしてきた。
私は右手をほんの少しだけ挙げて返答の代わりにした。
計画は順調だ。
残念だが、ミツエには今夜ここで死んでもらう。
話し合いの結末など、どうでも良かった。
あの日のエリからの手紙も写真も全て予定調和の上のものだ。
ミツエが自分からイツビシの名折れ云々言い出したのでスムーズに事が運んだ。
言い出さなければ私から、ミツエが何より大事にしている名誉の危機をチラつかせてここへ連れてくる手筈を取っていた。
ミツエがこの別荘に来るように仕向けられれば、この計画は半分以上成功したも同然だ。
歴史も伝統も関係ない、私がこの手で今のイツビシを作り上げた。
これからもイツビシは私だけのものだ。
それだけは譲れない。
「さぁ、あとは煮込むだけよ」
ミツエとエリがキッチンから戻ってきた。
「やぁ、いい匂いがしてるじゃないか」
「今日は牛肉の赤ワイン煮込みですわ。お好きでしょう?」
ミツエの手料理の中でも特に好物のメニューだ。
労いか、それとも謝意か、ミツエはいじらしいところもある女だった。
「あとどのくらい煮込むのですか?」エリがミツエに尋ねた。
「3時間ほどね」
「結構かかるんだなぁ」そんなに時間のかかる料理だとは知らなかった。
「のんびり過ごしていれば意外とすぐですわよ」愚図る子供でもあやす様にミツエはコロコロ笑って言う。
「せっかくこうして集まっているのですもの、何か皆で楽しめることをしたいわ」
エリがポンと手を合わせて言ってきた。
「そうだなぁ。おいミツエ、確かここにも硯と筆を置いてたろう」
「ええ、確か……地下倉庫にあると思いますわ」
「お前の特技の和歌でも披露したらどうだい。私も久々に君の筆を取る姿を見たいしね」
ミツエは書道師範の資格も持っていて、たまに歌会などを開いては歌と筆の腕前を披露していた。
「わぁ私もぜひ拝見したいです!」目を輝かせてエリも賛成する。
「あら、まぁ、そぉう?仕方ないわねぇ」
言葉に反して、ミツエはとても嬉しそうだった。
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