第9話
ミツエとエリが手際よく準備を進めて、ダイニングテーブルはあっという間に華やかに盛り付けられた料理と技巧を凝らした食器群で彩られた。
「さぁ、晩餐の用意ができましたわよ」ミツエが上機嫌に言う。
妻は今日一日、今までに見たことがないくらい機嫌が良い。
これが最後の晩餐になるとも知らずに、可哀想な女である。
計画も大詰めだ。
ここからが本番なのだ、気を引き締めよう
ミツエのワイングラスにはエリの手によってトリカブトの毒が仕込んである。
歩行も呼吸も困難になり、二時間もあれば確実に死に至る猛毒。
携帯電話が圏外だからと滅多に使わなくなった別荘だったのだが、まさかこんな形で役に立つとは思ってもみなかった。
筋書きはこうだ。
愛人エリの暴走で主人の不貞を暴かれた妻は、手紙で告げられた通り話し合いに応じて主人と共に別荘へやってくる。
正妻として、夫の過ちを正そうと説得を試みたが生涯の伴侶であるはずのトオルが突きつけてきた現実は自分との離婚を望むものだった。
それまで献身的に支えてきた夫からの酷い裏切り。
絶望したミツエはせめての当てつけに、離婚を了承したフリをして万一を思い用意していたトリカブトで服毒自殺をする。
遺書代わりに、特技披露大会でミツエが書いた短冊をそばに置いて完成だ。
――瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ
様々な解釈のできる和歌だが、現世で添い遂げられないならば来世で巡り会い共に生きたい、という意味でも良く知られているのだ。
虚偽と真実が織り交ぜられたよく出来た筋書きだ。
私の不貞自体は、知る人ぞ知る事実であるので押しも押されもせぬ名家の一人娘であり、妻の鑑のようなミツエの評判と合わせて自殺の動機に深い真実味を与えることだろう。
「よし、それじゃあ、乾杯といこうじゃないか」
私はワインの注がれたグラスを持って言った。
ミツエとエリもそれに倣い、グラスを掲げた。
さぁいよいよだ、いよいよだぞ。
さようなら、ミツエ。
そして、さようなら、エリ。
「エリさんは危険だ。早く別れた方がいいよ」
マサシが私にこう進言してきたのは、会社を継ぐ継がないの話し合いの末、ようやっと会社を継ぐ決心をつけてくれたすぐ後のことだった。
マサシが言うには、自宅で偶然にエリと会ってからというもの、しつこく言い寄られることになり、あまつさえ薬を使って体の自由を奪った上でレイプされた。
その時に映像も写真も撮られていて、それらを公開すると脅されてやむなくそれからも関係を持っていたらしい。
あまりのことに嘘だと思ったが、エリから送りつけられたという画像をスマホで見せられた。
両手首を拘束され、猿轡を噛まされ、朦朧としているらしい全裸のマサシに跨った一糸纏わぬエリの姿だった。
頭が沸騰し、身体の芯は冷え切っていくような、とにかく嫌悪感を抱いた。
更にマサシが続けた。
「エリさんは会社の反対勢力を使って父さんを貶める計画をしているんだ。もう一度言うよ、父さん。彼女は危険だ。早くなんとかした方がいい」
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