最後の微笑み

かえるさん

第1話

「いつになったら奥さんと別れてくれるの?」


 ベッドの上で煙草をくゆらせながら、乱れた長い髪をかきあげてエリが言ってきた。


 またか、と内心思った。

 ここ最近、これを聞いてくる頻度が増えてきているからだ。


 私の秘書の一人であるエリと肉体関係をもって、もう1年ほどになる。


 眉目秀麗は勿論、まだ二十代そこそこにしてウイットな会話もできる優秀な女だ。

 学歴も能力も高く、プライドもかなりのもののようで社内では鉄の女などと呼ばれているらしい。

 妻とは離婚を考えている――。エリと関係をもつ前やコトに及ぶ前などについ口に出していた言葉だった。


「あぁ、まぁ、そろそろと思ってるよ」我ながら上手くない受け答えだと思った。

「またそれ?ねぇ、もう何回目だと思ってるの?」

 不服そうに言いながらエリが背後から私の首元に両腕をまわし耳を舐めてきた。


 エリは細身で華奢だがバストは豊満で肢体も柔らかければ色素も薄く、名器思わせる具合の良さをも兼ね備えていた。

 最初の内は、まるで筆下ろしの若僧のように挿れてすぐ果てることも少なくなかった。

 一度でも彼女と寝れば、男は誰であろうと執着してしまうだろうとすら思えるほどだ。

 実際、私がそうだ。


 エリとしてからはエリ以外との行為では物足りなさを感じ、何人かいた他の愛人とは一切関係を断った。

 集中して彼女の躰を堪能したい気持ちもあった。

 この歳になっても二回三回と出来るのはエリの良さがあってのことだと理解している。


 背中にあてられる雲のようにふんわりした胸と少し汗ばんでしっとりとした気持ちの良い肌が、つい先ほどまでの恍惚とした快感を呼び起こさせる。


 自分がせめてあと十年若ければ、私のモノが反応してまた元気になり、もう一回と言わずに幾度と出来ただろうが今はもう叶わぬ夢だ。

 エリもそれは知っているはずだが、彼女の手は私の身体の至る所をまさぐりはじめていた。

「知ってるだろ、色々あるんだ。また折を見て話をするから」

 下腹のあたりを撫でていた彼女の手をとって、少し強く言った。

「ふふ、いつまでも大人しく待ってるような女だと思わないでネ?」

 含み笑いをしてそう言うと、エリは私の首を横一文字に爪で軽く引っ掻いてバスルームへ消えていった。


「……分かっているさ……」

 引っ掻かれた首をさすりながら独り言のように呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る