第14話

 ベチャリ。


 左腕の辺りを平手で叩かれたような痛みが走り、シャツを通して肌に何かが張り付く不快感を覚えた。


 反射的に目をやると、皿がズルリと身体にくっついたまま足元へ滑っていくところだった。


 牛肉の赤ワイン煮込みだ。


 それがエリの手で投げつけられたものだと理解するまでに、数十秒の時間を要した。


「ふざけんなよジジイ……馬鹿はお前だろうがよ……!この期に及んで人を見下して、王様気取りかよ……!」


「……ば、この、馬鹿者!!危ないだろう!これだから女は!すぐ感情で動く!」


 ゴッ。


 頭に強い衝撃が走った。

 銀製のスプーンが右側頭部に直撃したのだ。


「あなたのその言い様、本当に嫌いなんです……私……。ずっとずっと馬鹿にして……!女だって人間です!!」

 スプーンはミツエの仕業だった。


「馬鹿!落ち着け!今こんなことをしている場合か!」


「うるせぇインポ!!」

 エリから再び皿が飛んでくる。


 インポだと?全く意味不明だ。

「誰がインポか!キチンと悦ばせてやってたろうが!」


 ひらりと身を交しエリからの攻撃を避けてサッとテーブルの下に身を潜めた。

 私もまだまだ現役に負けるような歳ではないわ!!


「気持ちわりぃジジイだな大概よォ?!その自信どっから湧いてんだよクソが。その湧き具合をちょっとは頭髪に回せやハゲ!!」


 背後でガシャンと何かが割れる音をやり過ごしてすぐ立ち上がり、エリ目掛けてフォークを投げた。


「きゃあ!」

 命中だ!腕で防がれたが、当たりはしたぞ!


「このフニャチンジジイ!痛いだろうが!!ギャッ」

 間髪入れず投げた皿がエリの左肩にクリーンヒットした。

 投擲は若い頃から得意なのだ。


「五分でイクくせに女悦ばしてるとか思ってんじゃねぇよジジイ……!金がなけりゃ誰がお前みたいな臭いジジイ相手にするかよ!マサシの方がよっぽどテクニックもモノも持ってんだよ!!」


 左肩を庇いながら、私に向けて小皿を構えたので避けようと身を構えた。


 瞬間、エリの頭部が白で覆われた。

 皿だ。

 ミツエがエリに大皿を投げたのだ。


「マサシの話はやめて!!おぞましい!あんたみたいな売女になんであの子が……!!」


 直撃を食らってふらつきながらもエリの口は動き続けた。

「いや、だからさぁ、現実見なよオバサン……!!」


 言いながらミツエに持っていた小皿を投げ「あんたの息子も旦那も真性のクズだよ!!」と叫んだ。


「このボケダルマは生かす価値のないクズだけどねぇ!マサシは私の子よ!クズじゃないわ!!」

 ガシャン。

「おいボケダルマとは誰のことだ、貴様!!」

 バリン。

「あんたのことよ!!無能!恩知らず!あんたなんかと結婚するんじゃなかったわ!!」

 ガチャーン。

「キャハハ、こんな勘違いハゲクソジジイと何十年も一緒にいるとか正気じゃないわ」

 ドカッ。


「うるさい!フランスかぶれアバズレ!!城でも眺めてろ!!」


「言わせておけば、何が勘違いだ!!お前の口臭ドブの臭いだぞ!!」


「おめぇみてぇに全身くまなく異臭騒ぎよりマシだよ!」


「その勘違い異臭ハゲクソジジイに週五ペースで抱かれてるあんたの方が正気じゃないわよ!!」


「抱かれてませんー!ホテルに呼ぶだけ呼んで勃たず仕舞で終わる場合が多いですー!インポですー」


「貴様!!まだ言うか!!キャンキャン鳴いて善がってたのは誰だ、アアン?!」


「演技に決まってんだろうがクソジジイ!言わせんな恥ずかしい!!」


「大体あなた若い時からワンパターンなのよ!ちょっとは学習しなさいよ!!」


「貴様らこの私から恩恵を受けておきながら……!!」


「だからそれは私と結婚できたおかげだろうが!!一般人!!」


 手に取れるものはなんでも投げた。

 吐ける言葉は思いつく限りなんでも叫んだ。


 最低な女ども。

 息が苦しい。

 手が痺れる。

 足はもう動かない。


 割れてない皿が目の前にある。

 ミツエに投げてやる。


 牛肉も転がっている。

 エリに投げてやる。


 ふざけるなコンチクショウ。


 ふざけるな。

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