奴がやってきた


 洞窟の坂道で巨大なタピオカに追いかけられていた壱花は目を覚ました。


「朝ごはん、どうする?」

とすでに起きていた倫太郎に訊かれ、寝ぼけたまま、


「コンビニですかね?」

と言うと、


「ファミレスはどうですか?」

と何故か床に落ちて寝ていた冨樫が言う。


 すぐに支度をして全員で出かけようとしたのだが、倫太郎が鍵をかけようとしたところで、冨樫が、

「すみません。

 ちょっとお腹の調子が悪いので、トイレに行ってもいいですか」

と言い出した。


 ふたりとも内心、タピオカの食べ過ぎだろうと思っていたのだが。


 調子に乗って作りすぎたタピオカを、粉を持ってきた自分の責任だと冨樫が食べてくれた経緯があったので、特にそのことには触れずに、


「じゃ、先に行ってます、ごゆっくり」

と壱花は言い、


「ほら」

と倫太郎は冨樫に家の鍵を投げた。


「先にファミレス行って頼んどく。

 なにがいい?」

と倫太郎が冨樫の注文を聞き、ふたりで先にマンションを出た――


 ことを壱花たちは、のちに後悔することになる。




「内田建設の斑目様とおっしゃる方がお見えです。

 社長とお約束されてはいないらしいんですが」


 昼前、秘書室で壱花が電話をとると、受付嬢がちょっと困った感じにそう言ってきた。


「あのー、社長のお友だちだとおっしゃってるんですけど」

と小声で付け足してくる。


「わかりました」

となんとなく壱花もひそひそと話すと、すぐ近くにいた冨樫が、なにやってんだ、という目でこちらを見る。


 ひとまず保留にして、別の電話で社長室に内線をかけ、

「あの、内田建設の斑目まだらめさんて方がいらっしゃってるみたいなんですが」

と言うと、倫太郎は、即行、


「帰らせろ」

と言ってくる。


「帰らせろだそうです」

と受付に伝えながら、


 あの口調だとほんとうに友だちのようだな、と壱花は思っていた。


 書類を持って社長室に行くと、倫太郎がスマホで話しながら、誰かと揉めていた。


「やかましい、帰れ。

 仕事中だ、帰れ。

 なにをおいても帰れ」


 さっきの人だろうかな、と思いながら、デスクの上に書類を置くと、倫太郎は溜息をつき、

「壱……、風花。

 受付に通すように言え、うるさい」

と言ってきた。


 どうやら、斑目は直接、倫太郎のスマホにかけ、交渉したようだ。


『よし、倫太郎。

 首を洗って待っていろっ』

という声が、伝えるまでもなくスマホから漏れ聞こえてきた。


 何故、首を洗って……?

と思いながら、


「……お友だちなんですか?」

と電話を切った倫太郎に壱花が訊くと、


「友だちというか、腐れ縁だ」

とスマホを投げるようにデスクに置いて、倫太郎は言ってくる。


 そして、すぐに斑目人也まだらめ ひとなりはやってきた。

 



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