いや、人ではない


「高尾さん、高尾さん……


 いましたね、高尾さん。

 なにしてた人でしたっけ?」

と呟く壱花に、


 人ではない、と冨樫は思った。


 どうもこの間からなにかおかしいと思っていたのだ。


 高尾がいないのに話題にものぼらない。


 しかも、最初はうっすら高尾がらみの話も出ないことなかったのだが。


 どんどんそれすら、なくなって言って。


 みんな、高尾になにか怒って、そうしているのかとも勘ぐったが、そのような節もなかった。


「高尾さん」

と呟いた壱花は小首を傾げ、


「なにか、ほっこりする名前ですね」

と笑う。


「高尾……」

とキヨ花が呟き、


「なにかゾクッと来る名前だねえ」

と言って、にたりと笑った。


「高尾」

と倫太郎が呟き、


「いや、ぜんっぜんピンと来ないな」

とすがすがしく言い切る。


 ……全員が普段、高尾さんをどう思ってるのか、よくわかるな。


「高尾?

 って誰だ?」

とライオンにじゃれつかれながら、斑目が言った。


 いや、まあ、この人は知らなくて当然なんだが……。


 冨樫は高尾のことをみんなに語って聞かせることにした。


「あー、高尾さんってあやかしなんですね。

 それで急に思い出せなくなったんでしょうか?」


 そう呟いた壱花に倫太郎が、

「なんでだ」

と訊く。


「だって、あやかしの存在って、こう、現れたり消えたり、不安定そうだから。

 いるのかいないのかわからない感じだし」

と言う壱花に、倫太郎が、


「いやいや。

 此処では俺たちの方がある意味、あやかしだから。


 現れたり消えたり、いたりいなかったり」

と言う。


 冨樫は高尾のことをみなに語って聞かせた。


「へえ。

 そんなにいい男だったのかい。


 どうりで私が夢中になるわけだ」

とキヨ花が艶かしく笑い、


「やっぱり、面白くて、やさしい人だったんですね、高尾さん」

と壱花が微笑み、


「やっぱり思い出せんな」

と薄情な倫太郎があっさり言う。


 そのとき、カタカタカタカタと何処かで音がした。


 なんだろう?

と音の源を探すと、壱花がカウンターの奥へと入っていった。


 その手に小さな赤い箱を持っている。


 いつぞやの花札だ。


「なにかこれがカタカタ揺れてたような……」

と呟く壱花の手から斑目が、ひょいとそれを取り上げる。


「『百鬼夜行花札』?

 なんだこれ」

と横に小さく書かれた文字を読む。


 そのとき、花札が斑目の手からこぼれ落ちた。


 床に叩きつけられ、散らばった花札を壱花がしゃがんで取る。


「あれ?

 この花札、予備の札が多くないですか?」


 真っ白、というか変色して黄色くなっている札が何枚かある。


「あれっ?」


 壱花が一枚の花札を手に言った。


 その花札には柄があるようだった。


「普通の花札に……狐の柄って、ありましたっけ?」


 その札を見ながら、壱花が呟く。







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