やっぱり、なにか足らないような……
「いらっしゃいませ」
その日、壱花はひとりで店内の商品をチェックし、片付けていた。
すると、倫太郎が
「疲れてきたぞ」
と言いながら、斑目は店に入ってきた。
「意外に素直ですね……」
と壱花は呟く。
斑目はそんな壱花を見て言ってきた。
「あんた、此処の店員でもあったのか。
おばあちゃんちを手伝ってるとかか」
いやいや。
私にあんな肝の据わった妖怪みたいなおばあちゃんはいませんが……とこの駄菓子屋のオーナーを思い浮かべて思ったあとで、
ああ、妖怪だったか、と再確認する。
「疲れようと思って、職場でエレベーターを使わずに階段を上がったり下りたりして大変だった」
と言う斑目に、
「いや、仕事で疲れろ」
と斑目の上司の心の内を代弁するように倫太郎が言う。
「お前のじいさんにはじいさんの考えがあって、お前を平社員にしたんだろうが。
現場の連中は、いっそ、上でふんぞり返ってくれてる方がマシだと思ってるんじゃないのか?」
倫太郎がそう言いながら、カウンターに入ると、斑目は、
「なんだ、此処はお前の店だったのか。
それで愛人を雇ってるのか」
と壱花を見て言い、
「こんばんは」
とやってきた富樫を見て、
「なんだ。
此処はお前の会社の福利厚生施設か」
と言う。
……いいな、駄菓子屋が福利厚生施設。
社内にもひとつあるといいんだが、と思った壱花は、
「社長、会社に駄菓子屋の出張所を出しましょうよ」
と思わず言って、
「駄目だ。
お前が仕事を抜け出しては、永遠に甘辛の菓子を食い続けそうだから」
と実際に起こりそうな惨事を指摘する。
そのとき、
「こんばんは」
とキヨ花が現れた。
今日も
紫を基調とした大きな白い花柄のアンティークな雰囲気の着物を見ながら、
ううむ。
私が同じ着物を着てもおそらくこうはならないが、なにが違うのだろうかな、と壱花は悩む。
「おっ、すごい美人が来るんじゃないか」
とキヨ花を見て、嬉しそうに斑目は言った。
その呟きが聞こえたようで、キヨ花は離れた位置から、斑目の方に流し目をくれながら、ふふふと笑う。
……妖艶だ。
いつか女として開花したら、私もああなれるのだろうか。
つぼみにもなれないまま、駄菓子を手に、老いていきそうな気がしているのだが……。
昔からある箱入りの飴を手に、レジに行ったキヨ花が言う。
「なにかこう……物足らないねえ」
そう言われても、倫太郎はピンと来ないようだった。
だが、壱花は、
「そうですよねっ」
と身を乗り出す。
「なにかおかしくないですか?
なにか足らなくないですかっ?」
この間から、ずっと、なにかが変だと思っていたのだ。
だが、そのとき、すごく当たり前のような口調で、冨樫が言った。
「最近、高尾さんがいないからじゃないですか?」
キヨ花、倫太郎、壱花は目を見合わせ、
そして、冨樫に向かい、言った。
「高尾……」
「高尾って」
「高尾さんって、誰ですか?」
ええっ? という顔をする冨樫の足元で、斑目がその辺にあった紐にライオンをじゃれつかせながら訊いてくる。
「これ、本物のライオンか?」
いや……、本物かどうか、確認してから遊んでくださいよ、斑目さん……。
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