あやかし駄菓子屋商店街 化け化け壱花 ~ただいま社長と残業中です~ 伍 百鬼夜行花札

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

西南西やや西に行ってみました


「この時期が意外に寒いんですよね」

と壱花が呟く、春のはじめの化け化けあやかし堂。


 壱花と倫太郎はカウンターの中にいて、冨樫は店内で商品を見ていた。


 ガムを手にする冨樫は、頭の上をオウムに飛ばれ、子狸と子河童と生臭い大きな河童に囲まれているのだが、すでにあまり気にならなくなっているようだった。


 そんな冨樫を眺めながら、壱花は言う。


「薄着になるし、社内ではもう暖房も動いてないし。

 これを花冷えというのですかね」


「いや、違うだろ」

と倫太郎が言い、


「厚着して、暖房つければいいじゃないか」

と冨樫が言った。


「会社の暖房は私の意思ではつけられないじゃないですか。

 それに、暦の上だけでも春になったら、春っぽい可愛い服着たいんですよね~」


 そう言いながらも、やはり寒さに耐えかね、壱花は鞄からシワにならないよう丸めてあった薄手のカーディガンを引っ張り出してきて羽織る。


 じっとしてたら寒いな、と思い、立ち上がった。


 ああは言ってくれるけど、暖房つけられないよなー。


 ふたりはスーツだから寒くないみたいだし、お客様たちはスーツ着たサラリーマンか、寒さを感じないあやかしばかりだし。


 いや、そのわりに子河童たちもストーブの周りに群れてることが多いんだが。


 あやかし、単に群れたいだけなのだろうか……。


 身体を動かした方が温まるから、たまには棚の片付けでもするか、と壱花はレジの右手にある普段あまり使うことのない棚を見る。


 軽く埃を払うことはあるが、なにが置いてあるのか、じっくりと見たことはなかった。


 箱に入ったメンコやビー玉、コマなんかが並べてあるようだ。


「駄菓子屋って結構おもちゃ多いですよね」

と言いながら見た隅の方に小さな箱があった。


「あれ? 花札だ」

と壱花はその箱を手にとる。


 たまにハタキでパタパタしているせいか、埃をかぶったりはしていないし。


 日が当たっていないせいで、変色もしてはいないのだが、ずいぶんと年季の入った花札のように見えた。


「そういえば、花札の絵柄って、なんで何処のも同じなんでしょうね?」

と壱花が言うと、


「いや、微妙に違うのも見たことあるぞ。

 いつ何処で見た、どんなのだったかは忘れたが」

と倫太郎が言ってくる。


「それ、見てないのと、ほぼ同じですよね……」


 そんなしょうもないふたりの会話を聞いているのかいないのか、ふいに冨樫が言い出した。


「そういえば、西南西に行ってみたんですよ」


 前回、西南西やや西に行け、と高尾に言われたからのようだった。


「律儀に行ってみたのか……」

と呟く倫太郎に冨樫は、


「コンパスで調べて行ってみました」

と言う。


 ……冨樫さんらしいな、と思いながら壱花は聞いていた。


「で、なにかいいことあったのか?」

と倫太郎が訊く。


「特にはなかったですけど。

 来たからにはなにかいいことを見つけようとウロウロしてみました」


 その時点で、すでにその占い(?)は当たっていないのでは……と思っていると、

「そしたら、新しいスーパーを見つけたので、とりあえず入ってみて、買ってきました」

と言って、冨樫がカウンターの上に白い粉の入った袋をどさりと置く。


「……タピオカ粉?」

とそこに書かれた文字を読んで壱花が言い、


「今か」

と倫太郎が言った。


「まだ流行っているのか、タピオカ」


「流行ってなくても美味しいですよ、タピオカ」


 三人でその大きな袋を眺めていたが、やがて、倫太郎が、

「作ってみるか……」

と呟いた。





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