ついに秘密がバレました……


「久しぶりだな、倫太郎」


 やってきた班目を見て、なにか濃い感じの人だな、と壱花は思う。


 かなりのイケメンだが、濃い。

 なにもかもが濃い。


 顔が濃いし、服装も濃いし、髪型も濃い感じがする。

 小粋な感じがするのも、逆にちょっとマフィアっぽくて、濃い。


 本人の発する気配のせいかもしれないが――。


 斑目は、内田建設の営業なのだと壱花に名乗った。


 いやいや。

 一足飛びに社長と会おうとする営業、どうなんだ。


 っていうか、こんな威圧感のある営業さんが来たら怖いんだが。


 ある意味、簡単に商談がまとまりそうではあるが……と思う壱花に倫太郎が、


「大学の同級生なんだ」

と教えてくれた。


 だが、斑目は、

「記憶を消去するな。

 中学も高校も一緒だろ。


 塾は小学校からな」

と倫太郎に文句をつける。


「えっ?

 じゃあ、一緒に駄菓子屋も行ったりされてました?」

と思わず訊いてしまい、


「いや、行ってないぞ。

 おいっ、倫太郎っ。

 俺を置いていったなっ」

と斑目が十年以上前のことで怒り出す。


「お前、帰り道違っただろうが……」

と言ったあとで、倫太郎は壱花に、


「こいつは内田建設の会長の孫だ」

と教えてくれる。


「そうっ。

 うちのジジイは厳しくて、お前もまずは一兵卒いっぺいそつから頑張れとか言って、俺を普通に会社に放り込んだのに。


 こいつは、あっさりグループ会社の社長に収まって、ふんぞり返り。


 あまつさえ、女子社員を愛人にして好き放題してやがるっ」

と斑目は壱花を指差した。


 えっ? 私がですか?

 それとも、ただの一例として指差されましたか? 今、

と思う壱花の前で、


「斑目」

と厳しい口調で倫太郎は友の名を呼ぶ。


「俺にも好みってものがある。

 秘書で、いつも近くにいるからって安易に愛人にしたりはしないぞ。


 それに、うちには他にも美人秘書がたくさんいる。

 これは、ない」

と倫太郎は、それもどうなんだと思うようなことを織り混ぜつつ、キッパリと壱花愛人説を否定する。


「なにっ?

 愛人にしないのかっ?


 こんなに可愛いのにっ」

と斑目がまた壱花を指して言う。


「あ、お茶がまだでしたね。

 すぐにお持ちします」

と言って、壱花は出て行こうとした。


「待て」

と倫太郎に止められる。


「お前、なに機嫌よくなってんだ……」

と文句を言ってきた。


 いや、あなたは私が好みじゃないんですよね?


 いいじゃないですか、別に。

 褒められたら嬉しいですよ、やっぱり。


 たとえ、それがおべんちゃらでも、と思っていると、斑目が倫太郎を叱りはじめた。


「お前、そういう全面否定はどうなんだ。

 一、駄目出ししたら、九、褒めろよ」


 今時そのくらいじゃないと部下はついて来ないぞ、と斑目は言う。


 壱花は小さく拍手をした。


 が、その言葉を受けて、壱花を見つめた倫太郎は、

「褒める方は一も思いつかないんだが、どうしたら……?」

と小首を傾げ、呟きはじめる。


 あの、余計傷ついたんですけど。

 どうしてくれるんですか、斑目さん……と思う壱花の前で、斑目は主張する。


「ともかく、俺は見たんだ。

 お前がこの美人秘書と、朝、お前のマンションから出てくるところをっ!」


 美人秘書と連呼され、秘密がバレようとしているにも関わらず、うっかり、今日はいい日だ、などと呑気に思ってしまう。


「……見間違いじゃないのか」


 往生際悪く倫太郎は言ったが、

「いや。

 彼女で間違いない。


 俺はこの子、結構好みなんで、ハッキリ覚えてるっ!」

と斑目は言い出した。


 倫太郎が眉をひそめる。


「一緒に出社してたから、社員なんだろうとは思っていたが……。

 社長という立場を利用して、女子社員と交際なんて駄目だろうっ。


 ましてや、美人秘書なら、なおさら駄目だっ」


「いや、何故だ……」


「社長がそんなんじゃ、下の者に示しがつかないだろうがっ。

 お前、そんなことのために社長になったのかっ」


「違うぞ」

と冷静に倫太郎が言う。


「……なんでしょう。

 忠告に来られたというよりも。


 ただの私怨のような気がしてきましたよ」


「そうだな。

 おい、斑目、お前がそうしたかったんじゃないのか」

と倫太郎が訊いている。


 斑目さんは社長となって、美人秘書と付き合いたかったのでしょうかね……、

と思ったとき、斑目が言ってきた。


「ともかく、俺はお前がその立場を利用して、女子社員をいいようにしているのが気にくわんっ。


 俺の人脈を使って、お前のところのグループの役員たちに働きかけ、断固糾弾するっ。


 近頃はそういったことにうるさいからなっ。

 体面を気にして、お前も社長の座から引きずり下ろされることだろうっ。


 俺と一緒に一兵卒からやり直すがいいっ」


 一緒に下っ端からやりたかったのかな……?

と思う壱花の横で、倫太郎が、


「待て」

とまた言う。


「そもそも最初の設定が間違っている。

 こいつ、なにも俺のなにもいいようにはなってないぞ」

と壱花を見て言ってきた。





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