妖猫~妖怪ハンター編~

神名 信

序章

莉桜

 妖猫が俺のアパートを訪ねて来たのは9月の終わりのことだった。


 その子は、15歳の女の子で莉桜りおという名前だった。


 俺、藤堂とうどう 翔太しょうたに恩を感じながら死んだ子猫の生まれ変わりだという。


 俺の理想の女性像とでも言うべきなのか、身長155センチ、黒い髪を長く垂らしていて、生まれ変わってからずっと、俺と会うために俺のことを探し続けていたと言う。


 目鼻立ちも整った美少女だ。


 24年間の人生で莉桜のような美少女に好かれるということもなく(むしろ彼女が存在したこともない)俺は、接し方に少々戸惑っていた。



 土曜日の夜7時に仕事が終わってアパートに帰ってくると、莉桜が待っていてくれた。


 部屋の中はきれいに片づけてくれており、部屋の中からはシチューの匂いがする。


 「莉桜、どんだけ完璧な彼女なんだよ」


 「そうか?たいしたことはしてないぞ」


 「いや、俺にはありがたすぎるよ」


 「とにかく、ご飯食べて、翔太」


 「あ、うん」


 

 食事を済ませると、莉桜が明日連れて行きたいところがあると言ってきた。


 「え?明日?まあ今週の日曜日は休みだけど」


 「じゃあ、来て」上目遣いに俺のことを見つめる。断れるわけがない。


 「ああ、どこに行くの?」


 「それは明日になってからのお楽しみで」


 その日、莉桜は8時半には帰ると言い出した。俺は要町の駅まで送る。


 莉桜は別れ間際に俺の頬にキスをして、地下鉄に飛び乗った。



 俺は、自分の頬をさすりながら、ボーっと莉桜が消えた後のホームを眺めていた。




 日曜日は朝9時に莉桜がアパートに来た。


 パジャマ替わりにしている、パーカーとハーフパンツだった俺は急いで着替えようとする。


 「あ、私服じゃなくて、スーツに着替えて」


 「え?スーツなの?」


 「うん」


 「まあ、いいけど」


 莉桜の言うままにスーツに着替える。ネクタイを締めて、ジャケットを羽織る。


 「おお、翔太かっこいい」


 「そんなことないぞ、莉桜、嬉しいけどな」



 莉桜は日曜日だというのに制服を着ている。名門の私立高校の制服だ。


 2人で、地下鉄に乗り、池袋へ、そこで乗り継ぎ、目白に着く。


 目白駅で降りると、莉桜がこっちこっちと、手を引っ張って連れて行く。


 目白に土地勘がない俺はどこをどう歩いているか分からない。


 15分くらい歩いてたどり着いたのは3階建ての大きな洋館である。


 門の大きさからして、俺のような庶民が入っていい所ではないような気がする。


 莉桜は何の躊躇いもなく、その中へ入って行く。


 え?もしかして?


 聞くより前に、玄関を開けて莉桜が中に入る。反対側の手には俺の腕が握られたままだ。



 「パパ、ママ、紹介したい人がいるの」


 え??ちょっと待ってください!!!俺の心臓は止まりかけた。いきなり警察に突き出されたりしませんか?もしくは良くて半殺しじゃないのでしょうか??土下座を覚悟した俺の前に、30代後半の綺麗な女性が立っている。間違いなく莉桜の母親だろう。



 「あなたが、翔太さんですね、よくいらっしゃいました」優しい声の持主だ。


 屋敷の奥から、40代と見られる男性も現れる。温和な表情をしている。


 「翔太君か、まさか、本当にいるとは思わなかったよ」


 そこから、4人で話すことになった。


 どうやら、莉桜は一人っ子で、他にきょうだいはいないらしい。そして、生まれた頃から不思議な子で、特に猫がよく懐いたという。


 言葉が喋れるようになると、まず、「しょうた」と言い始め。


 小学校、中学校と友達も作らず、ただ「翔太」と会うために生まれたと言っていたらしい。


 だから、莉桜のご両親は俺のことを、ただ、存在しているだけで、奇跡だと思ってくれているようだ。


 「莉桜は難しい子だ、翔太君、付き合ってくれるのかね?」


 「あ、はい、莉桜さんとお付き合いさせていただいております」


 「そうか、翔太君なら、いや、翔太君でないと、莉桜を幸せにすることはできない、私たちは、もうずっと前からそう思っていたんだよ」


 「恐縮です」


 「翔太さん、そんなに緊張しないでね、私たちのほうがびっくりしているのだから」


 「はい」


 「パパ、ママ、そろそろ私たち行くね?」


 「ああ、夜はあまり遅くならないようにな」


 「遅くなるようなら翔太の家に泊まるよ」


 「そうか、泊まるときは連絡しなさい」


 「はーい」


 テーブルの上に出された、上品なお菓子とミルクティーを飲み干すと、莉桜の家を後にした。


 帰りがけに莉桜の家の表札を見ると「小津源おづみなもと」と書かれていた。

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