第9話

「購入って、本気ですか?」

「ええ、本気よ」


 俺の目をしっかりと見据えて紅茶を一口。

 本当に迷いもなく言い切って見せる彼女に俺は思わず、何度目かの言葉を繰り返した。


「あ、料金なら心配しないで」

「え?」

「はい」


 さっとわきに置かれたハンドバックから取り出された茶封筒。

 何となくわかるが、見たくない。

 これを見たら本当に終わりなきがするから。


「えっと、なんで購入なんて....」

 どうにか内容を逸らそうと思って、ここまでずっと頭の中にあった疑問を五条先輩に投げかけた。

 昨日の夜に数回繰り広げたメッセージ。

 その中でも、この疑問が解消することはなかった。


 だから上の空というか、気持ち半分でやっていたマリカでは月渚どころかNPCにも負ける始末で、もはやその時から月渚に怪しまれていたとは思う。


「樫尾君は私の事どれくらい知ってる?」

「というと?」

「東臨高校二年の女子ってこと以外でってこと」


 タルトの上のフルーツをフォークで遊ばせながら哀愁の漂う顔で聞いてくる彼女に、俺の今まで聞いてきたり、知らず知らずのうちに蓄積されてきたことを口に出す。


「俺の中学の先輩で」

「よく覚えてるね」

「先輩こそよく俺の事知ってましたね」

「話したことはないけど、君目立ってたから」


 一体何のことだが。

 ただ先輩が言うのなら、後輩の俺はきっと目立っていたのだろう。


 そして多分これは彼女の求めている答えではない。


「ね? 後は?」


 その顔には知っているかの不安とかは一切なくて、俺が知っている情報こそが正解だというような、そんな気持ちが現れている。


「五条グループのご令嬢」

「正解」

「.........はぁ」


 思わず息を吐きだしてしまうが、それは許してほしい。

 五条グループ。

 旧財閥で製薬、鉄鋼、製造、金融と幅広く事業を展開してきた大財閥だ。

 それこそ、小学校や中学校で地域の歴史といえば十中八九絡んできて、開かずの金庫だかのテレビがロケしてたとかしてないとかっていう噂も飛び交う、そんなおうち。


 そのおうちのご令嬢こそが、この目の前でつまらなそうにイチゴを遊ばせている彼女なのだ。


 そんなことを知っているから、それとも彼女の白のブラウスに濃い青のロングスカートのいで立ちのせいか、さながら朝ドラとかのワンシーンのようなどうも現実味のない感覚に囚われるのだ。


「だから、樫尾君」

「なんですか?」


 なんというか疲れる。

 本当に目の前にいるのは、五条先輩なのだという実感に忙しなく回る頭に糖分を供給するべくシフォンケーキを切ってフォークに突き刺し口元へ、


「私に恋を教えてほしいの」


「はい?」


 糖分を取ろうと開いていた口は、そんな言葉を出して閉じた。


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