第11話

 後悔は不思議とないけれど、話し相手も読む本もない昼間はどうしても退屈で嫌なことばかり考えてしまう。


 人になりたいと、別れる前に彼は言っていた。 本当に人ではないのかと、見ても分からないから現実味が薄い。 単純に吸血鬼……魔物に恋をしてしまったと思いたくないから現実逃避をしているだけかもしれない。


 好きになった理由も定かではなく、不確かなものに身を任せてしまったという感覚が強い。

 時間が馬鹿みたいに余っていたら変に考えてしまう。


「まぁ……いいか」


 本を読むだけの人生でも良かったけれど、このまま何かしらで死んでもいい気もする。

 ベッドの下を覗き込んでみると、どうやら少しの太陽の光も嫌らしく、こちらに背を向けて奥で蹲っていた。


 ここまで警戒されていないのは信頼されているからと考えていいのだろうか。 少し眺めてから溜息を吐く。 ……そんなに好かれていると思いたいのか、僕はバカだ。


 これでもマトモな教養はあるはずだから、魔物と分かっていながらも好きなままなのは……まぁ頭がおかしいのだろう。


 うとうととしながらも何とか意識を失わずにいれば、カーテンの奥の光が赤くなっていて、部屋の中も若干暗くなっていく。


 ガサゴソ。 ベッドの下から這い出るようにアレンさんが現れて気持ち悪そうに溜息を吐き出す。


「あ、おはようございます。 ……早くはないですけど。 調子悪そうですけど……大丈夫ですか?」

「最近、昼夜がおかしくなっていたからな。 寝すぎて気持ち悪いだけだ」


 僕が恋やら魔物やらで気まずい気分ながら尋ねると、気だるそうに答えて瓶に入った血をチビチビと飲む。


「血って、もっと飲むものだと思っていました」

「高いからな。 獣の血で十倍ほどに薄めたりと工夫はしているが……」

「人によって、飲む量が違うんですか?」

「体が大きい方が飲むな」


 それは普通である。 名残惜しそうに栓をしたアレンさんは僕の首元をジッと見つめてから溜息を吐いた。


「ようは我慢出来るかどうかだ。 基本的に人の血はなくても生きられるが、吸わなければ飢餓感がある。 身体が大きいほど飢餓感を覚えやすく量もいる。 飢餓に耐えられない奴ほどよく飲む」

「……じゃあ、あの人は?」

「人では、ないな。 あれは特に我慢が効かないやつだ。 ほとんど思うままに好き放題飲んでいたらしい」


 アレンさんは嘲るように「だから霧の国から追い出されたのだろうな」と言い放って、血の瓶を布で包んで懐にしまい、唇に少し残った血を舐める。


「アレンさんは……?」

「俺は……あまりだ」

「あまり?」

「……あまり我慢強くない。 それに、直接人の血を啜りたがる趣味だから、近寄らず距離をおけ」

「……背負われるんですよね?」

「……そのときだけだ」


 そういえば、頻繁に首とかを見つめられていたのはそういうことなのだろう。

 少し頭を傾けて首を見せて尋ねる。


「……飲みます?」

「…………」


 アレンさんは無言で僕の首を見つめて喉を鳴らす。 少し僕に近づいてから、首を横に振る。


「……飲まない」

「でも、血を飲んだ方が楽になるんですよね。 十倍に薄めれるぐらいなら、瓶十分の一の量で済みますし、それぐらいだったら、僕に被害はありませんけど……」

「ミアは食い物ではない」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、僕にマントを投げ渡す。

 半ば強引にそれを被らされて、戸棚を漁り、乾パンのようなものを取り出す。


「飯食ってないだろ。 人がどれぐらいいるのかは知らないが、これで足りるか?」


 手渡されたのは小さな乾パンが一切れで、どう考えても足りない。 その僕の表情を見たのか、アレンさんは小さく頭を下げる。


「悪い、それだけしかない。 多少金の蓄えもあるから街に行けば……」

「……その、すみません」

「いや、俺が巻き込んだ」


 乾パンを齧る。 あまり美味しくないし、一日近く水を飲めていないので酷く喉が乾く。 我儘も言っていられない、街に着けば水は手に入るだろうと、アレンさんに連れられて外に出る。 すっかりもう暗くなっていて、夜目も効かない僕にはあまり景色は見えない。


「乗れ」


 しゃがんだアレンさんの背に乗ると、脚に手が回されておんぶされる。 動き出すと身体が後ろに持っていかれそうになり、必死にしがみついて落ちないようにする。


 少しすると安定して、溜息を吐く。 横の景色が滑るように消えていき、とんでもない速度で走っていることを知る。


「家とか、あるんですか?」

「ある。 吸血鬼は発見されてほとぼりが冷めるまで隠れるために別の街に家を置くことが多い」

「お金持ちなんですね」

「人より金をかけるものが少なく、人より強靭な身体は金を稼ぎやすい」


 まあそれもそうかと頷き、眠気も限界がきて、一つ声を掛けてから目を閉じる。

 喉も渇いて、お腹も空いているけれど、眠いものは眠い。 フラフラとした頭で、強く支えられていることに安心感を覚えながら意識を失った。

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