第9話
翌日、図書館に行った。 道はいつもと同じで、日のあたり方も何もかもほとんど同じだ。 だから、図書館に行けばいつものようにいるものだと思って、いつものように図書館に入り、棚の間をすり抜けて……いるはずのアレンさんの姿を探す。
現実逃避だ。 分かっていた。 いつの間にか返ってきていた吸血鬼の本を開いて、現実味のないままそれを読んでいく。
読み終われば最初から読み返して、知識を詰め込む。 意味はないと思うけれど、それでも読み返して、読み返して。 家に帰って、図書館にきてまた読んで、家に帰って、図書館にきて読んで、意味は帰って図書館にきて──。
何日経った頃か。 初めて涙が零れおちる。ボロボロと、意識もせずに出てくる涙を服の袖で拭って、袖が濡れている。
会いたい、会いたい。 話したいわけじゃない。 友達になりたいわけでも、ましては恋人になりたいなんて、思っていない。
ただ、隣に彼がいて……。
僕もアレンさんも本を読んでいる。 何か会話があるわけじゃないけれど、時々アレンさんの方に目を向けると、偶然なのか僕の方を見たアレンさんと目が合う、それで目を逸らして本に向ける。 そんないつものことで良かった。
聞かなければ、彼との時間は続いたのだろうか。
そんな訳はないけれど、だけど、あと数日は……今のこの時間ぐらいは……一緒にいれたのかもしれない。
馬鹿な妄想から逃げるように、本を読む。 それも逃避だろうけど、弱い僕はそれしか出来ない。
いつものように家に帰ってご飯を食べて、魂が抜けたようにぼうっとする。
久々に銃声と人の怒鳴り声が聞こえて……思わず立ち上がった。 最近のこれは吸血鬼が出たからだ。 なら、会える。
急いで外に出て、銃声のする方に走る。 不慣れな運動に息を切らせながら駆けて、怖い男の人の声に怯えながら向かって、金の髪が宙を舞ったのを見る。
「アレンさん────! えっ」
違う。 金の髪に、紅い目。 血の付いた口元……異形を示す牙。 けれど違う。 バケモノみたいな人型の生き物。
「そこを──どけッ! ……いや、それより」
吸血鬼の男の喉が鳴る。 舌舐めずり、恐怖に頭が塗りつぶされて、声が引きつって出ることはない。 人の声は遠い、助けはまだ来ない。 それよりも遥かに早く吸血鬼の男の人が僕を殺す方がよほど早い。
怖いのに嫌に冷静で、あの時にアレンさんに吸われていた方が良かった、なんて変な選り好みをする。 男の人の牙が近づき、後ずさったけれど、民家の壁に追い詰められる。
僕は死ぬ。 そう思って目を閉じた。
……痛みはない。 パパッと死んだら案外楽なものだったのだと思っていれば、身体が暖かくなる。 抱き締められるような……落ち着く暖かさだ。
死後の世界を拝んでやろうと目を開ける。 暗い街中、血液がそこら中に飛び散っていて、あの世ではなく幽霊だったかと思っていたら、その血液の場所がおかしいことに気がつく。
パタリと呆気なく倒れる音がする。 吸血鬼の男の人、僕を殺そうとしたその人は……倒れていた。 人であれば、いや、例え吸血鬼であっても間違いなく致死量の出血。
何が起こったのか、理解するより前に肩を何者かに掴まれて痛みに顔をしかめた。
「馬鹿がッ! 何故こんなところにいる!!」
初めて聞く焦った声、恐怖と喜びと安堵と悲しみと、色々と混ざり切った感情が溢れ返って、喉から溢れてくる。
「アレンさ……ん……」
「ッッ! 逃げるぞ!」
抱き抱えられて、感じたこともないような風が吹く、いや、僕が動いているらしい。 屋根から屋根へ……翼が生えているように夜の空を飛んでいく。
常識というものが失われていくようだ。 本で読んだ吸血鬼の能力を遥かに超えているようにすら感じる。
涙が出てきて、アレンさんは僕の顔を胸に埋めさせながら抱き締める。 嬉しい、などと言えるほど余裕はないけれど、会えたことは……ただ嬉しい。
「馬鹿が……馬鹿がッッッ!! 死ぬところだったッッ!!」
「あ……そ、その……」
「何を考えている! 巻き込まれたぞ! 俺が助けたところも、お前の顔も見られた! これからどうやって生きるつもりだ! 街を歩くことすら……!」
男の人の怒る声は怖い、でも僕のためにと思えば不思議と愛おしさすら感じる。
落ちないように抱き着くと、乱雑に抱き締められながら……夜の街を跳んだ。
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