第16話

 目を覚ましてはご飯を食べて歩き回り、家に戻ってご飯を食べて、また歩き回ってご飯を食べて寝る。 そんなことを繰り返しているうちに、焦燥していくが……見つかる手掛かりは、回収されきらなかったらしい銀の弾丸が一つと、噂話ばかりだ。

 灰になった人がいて吸血鬼だったとか、なんとか、もしかしたらアレンさんは……もう……。


 いやな想像を頭から振り払い、女の人の家に戻り、扉を開けようとしたところで勝手に扉が開く。

 身体の大きな男の人が何人も出てきて、怪訝そうに僕を見つめる。


「……これが言っていた預かっている姪か。 ……吸血鬼の特徴はないな」

「え、あ……あの、どうかされましたか」

「いや、何でもない。 ……街中でも魔物が見られている。 一人では立ち歩かない方がいい」


 それだけ言って、男の人達は去っていき、僕はそれを見送ってから家にまで入る。


 扉を閉めて、バクバクと鳴る心臓を抑えながらへたり込んだ。


「……何でバレて」


 ただの個人の家に数人で取り調べなど、滅多なことではない。 何事もなく引き下がったように見えたけれど余程の確信があってきたのだろう。


 ここも安全な場所だとは思えない。 ……少ししてから立ち上がって女の人のところにまでいく、そう言えばまだ名前を知らない。


 落ち着いてお茶を飲んでいるように見える彼女の前に行き、机越しに正面の椅子に座る。


「入るときに、男の人に会いました。 吸血鬼について調べているみたいですね」

「……最近、騒がしいからね」

「商人というのに、僕が来てから売ったりしてるところは見たことないです」

「まぁ、閑散期もあるよ」

「商売相手は増えてるのにですか?」


 不愉快そうに女の人の眉が顰められる。


「……どうしたの? いつもはおどおどしてるのにさ」

「それを言うなら……いつもとお茶の匂いが違いますね。 ぼーっとしながら淹れていたみたいですね」

「……それがなに?」

「結構、危ないんじゃないですか? 吸血鬼を相手に商売をしていることが、バレそうで」


 女の人は苦々しそうに口を歪める。


「……私を脅しても、分からないものは分からないよ」

「でも、例えば……貴女が捕まれば、心配してアレンさんがここに来るかもしれません」

「それなら私もあなたが姦淫しているって言うけどね」

「捕まったとしても、今のままより会える可能性は高いですから、問題はないですね」

「それなら、さっき報告してたんじゃないの?」


 ピリピリとした慣れない雰囲気に気まずく思いながら、引くことは出来ないと続ける。


「……僕は、アレンさんと会いたいだけです。 だから、助けに来るようなことで、目立てば何でもいいんです」


 女の人は眉をひそめたまま僕の言葉を聞く。


「……お金はあります。 しばらく隠れるのも、隣町の僕の家を使えばいいですから」

「何をするつもり?」

「この家を焼きます。 木造ですし、この時期の夜なら燃えますし、目立つはずです」

「……本気?」


 僕は頷いて、彼女を見る。


「吸血鬼は遺体が残らないので、工夫すれば焼け死んだってことに出来ます。 そのあと逃げれば足取りは掴みにくいはずです」

「……で、お金も保証されるのか。 悪くはないけど、リスクも大きいね」

「絶対に捕まるのよりかは幾分かマシではないですか?」


 女の人はばたりと机に伏せて、大きな溜息を吐き出す。


「……愛ってすごいね」

「アレンさんが少しでも生きられる可能性が上がるなら、僕は何でもします」


 状況的な整合性を取るために調理をする過程で火事になってしまったように物を並べて、絨毯や本などを濡らして人型に丸めて置いたのを一つ用意する。 これで、焼けのこり方に人型に近い跡がついてそれっぽく見えるだろう。 料理時になり、家の場所を示した地図と家の鍵を女の人に渡し、家に火をつける。


 すぐに火が燃え広がり、轟々と音を立てるのを聞きながらその場を離れて、野次馬に紛れて遠くから見つめる。


 火事なんて、余程あるものではない。 幾ら噂話に疎いアレンさんでも、すぐに気がついてやってくるだろう。 火事の噂は、他のどんなことよりも早く伝わっていく。


 焼けていく家を見ながら、時が経つのを待つ、日が暮れ始めて吸血鬼がやっと活動出来る時間になる。 まだ来ない……。

 死んでしまったのかと、いやな想像ばかりが頭に巡って泣きそうになる。


 徐々に追い詰められて、へたり込みながら火を見つめたところで……黒い線が、焼け落ちていく火に入り込み、家が焼け崩れる音が聞こえる。

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