第2話

 吸血鬼は銀に弱いらしい。 触れただけで弱ってしまうほど、だから銀製の武器や弾丸で戦ったり、夜中に判別するときも銀のものを使うとかなんとか。 もしかしたら婚約指輪には銀製のものを選ぶというのも、吸血鬼対策なのかもしれないと思い不思議な感覚がする。


 昔はいたのだろう。 人によく似た魔物が、今も文化として残っているとしたら少し面白い。 興味がぶり返してきて、さっきの本棚のところに戻る。


 首を傾げ、瞬きをする。 あれ、ない? 先ほど戻したところで、朝早くの図書館には人なんてほとんどいやしないのに、同じ本を読む人が何人もいるのは不思議だ。 あの男の人や、持って行った人も噂を聞いて興味が湧いたのだろうか。


 少しだけ感じる……鉄の匂い。


「……?」


 本の匂いに紛れていき、すぐに分からなくなるような薄い匂い。 何かの残り香であるとすれば、それは先ほどまでそこにいたのだろう。

 あの男の人だろうか。 それならわざわざ去ってから取りに戻ってくるのは少し奇妙である。


 それに一度、彼は本を開いていると思われる。 挿絵のあるぺージを一目見ただけで吸血鬼と分かったのだから、間違いないと思う。


 不思議な行動に首を傾げる。 読んでいることを知られたくなかったのだろうか。


 まあ考えても仕方ない。 首をひとしきり傾げ終えてから、他の本を探していく。

 やっぱり読みたい本が借りられていたことが気になり、他の本を読む気になれない。 うろうろと図書館を歩いていると、カタ……カタ……と小さな音が断続的に聞こえてくる。


 カタ、と一度鳴って、十秒ほどしたらまたカタ、と鳴る。 不思議に思い、音がする方を覗き込むと、先程の男の人が本を手に取ってぺージを捲り、戻しては別の本を手に取って本を捲る。


 気になって近寄ると、足音が聞こえたのか男の人が振り返り、僕の目と男の人の紅い目が合う。


「……さっきの」

「あ、えと……お恥ずかしいところを見せてしまいました。

その……何か本をお探しですか? 僕はここに来ることが多いので、本の場所なら分かりますよ?」


 警戒されているかと思ったけれど、僕が尋ねると男の人は少し驚いたような表情をしてから、小さく笑う。


「あの様子でか?」

「あれは忘れてください」


 意地悪な人だ。 ムキになって怒るのも恥ずかしいし、何より初対面だ。


「いや、いい」


 そう答えた男の人はまた本を取り出してはぺージを捲り、本棚に戻すという行為を繰り返していく。

 これでは僕が無意味に恥ずかしい思いをしただけじゃないか。 そう思って、負けず嫌いに口を動かす。


「何の本ですか? タイトルとか、ジャンルとか、何かを調べているとか」

「……魔物の生態について」


 本棚をぐるりと見回して首を傾げる。


「ここ、女の子向けの恋愛小説ばかりですよ?」

「そうか」


 男の人は背を向けて他の場所に移動する。


「そこは推理小説です。 棚の上にラベル貼ってあるのでそれを見たら、分かります」

「助かる」

「そこは料理本です」


 男の人は少し迷った様子を見せて、フラフラと動き回る。

 その様子を見て……ありえないと思いつつ、尋ねた。


「もしかして、文字……読めないんですか?」


 僕が尋ねると男の人は目を逸らし、小さく口を開く。


「……いや、まぁ……少しは読める。 自分の名ぐらいは」

「……えっと、探すの手伝いましょうか?」

「悪い。 ありがとう」


 本を読めないのに、本を探しているのか。 不思議な行動をした人だと思いながら、魔物の生態についての本を探していく。

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