第5話

「これは……」


 男の人に昨日書いた紙を渡して、握らせる。


「文字を書いただけの紙です。順番に書いてるので、読むの楽になるかなって思いまして」


 アレンさんは呆気に取られた表情をしてから、頭を下げる。


「ありがとう」

「すぐに用意できるものなので気にしなくていいですよ」

「……何故、こんなによくしてくれる」

「暇だったからですよ」


 それに毎日あんなに声を出すのはしんどいので、少しずつでも覚えてもらった方が遥かに楽である。

 一緒に本を探してから、個別の魔物の生態について書いてある本で妥協して読み始めているアレンさんの隣で僕も他の本を読む。


 わざわざ話す必要もなく、時々尋ねられる言葉の意味を除けば会話もなく時間が過ぎていく。 僕が10ページも20ページもめくって、その間にアレンさんは1ページめくるぐらいで非常にゆっくりしたものであるけれど、確かに読むことが出来ている。 すごく賢い人だ。


 この図書館に入れるのは、結構お金がないと大変なはずだ。 そう思うとお金持ちなのだけど、その割に文字も読めないのは不思議だ。

 この人だと、少し習えば覚えられそうなものなのに……。


 身なりは……あまり綺麗ではない。 昨日と変わらない服装だ。 おかしな人だと思うけれど、悪い人でもなさそうなので聞きはしないけれど、勝手に侵入しているのではないかという疑念が出てくる。


「何の本を読んでるんですか?」

「スライムから飲み水を作る方法について」

「……作る意味あります?」

「しばらく瓶に詰めていたら水に戻るらしい」

「そうですか」


 少し読んでからお昼ご飯を食べに行き、戻って来ても同じようにずっと読んでいたらしい。 ぐるる、とお腹の音が聞こえて、アレンさんに尋ねる。


「お腹空いてるんですか?」

「少し」

「お金、ないんですか?」

「いや、ある」

「食べに行かないんですか?」


 アレンさんは僕の顔をジッと見つめて、唾を飲み込む。 そんなにお腹が空いてるなら食べに行けばいいのに……薄らと思いながら、財布の中を確かめる。


「一緒に食べに行きますか?」

「行かない」

「出しますよ?」

「金ならあると言っただろう」


 ポケットから裸のままの銀貨を取り出して、僕に見せてから元に戻す。 見えかと思ってた。 なら、食べに行けばいいのにと不思議に思う。


「そういえば、吸血鬼が出たって噂で聞いたんですけど、本当なんでしょうか? いなくなってるものだと思ってました」


 アレンさんは僕の顔を見つめる。 なかなか逸れない目が気になって、身を隠すように捩りながら尋ねる。


「ど、どうしたんですか? その、ずっと見て……いくら僕が女の子っぽくなくても恥ずかしいですよ」

「いや、何でもない。 悪いな」


 不思議な態度だ。 もしかして、僕のことが好きなのだろうか、そういえば昨日もジッと見られていたし……。 すぐに首を横に振る。

 背も低くて胸もなく、女の子らしいところはないのだから、そんな好かれるはずもない。


「吸血鬼が出たのはいつ、どの辺なんだ?」

「吸血鬼って、噂なだけだから本当かは分からないですよ? 昨日の夜に北の商店街の近くですけど」

「……そうか」


 不思議な態度に首を傾げていたら、アレンさんは僕の読んでいた本を取り上げて、小さく確かに言う。


「今日はもう帰った方がいい。 帰ったら家から出るな」

「んぅ? まだお昼時ですよ?」

「いいから、言うことを聞け。 これは俺が返しておく」


 どこか必死なその態度に頷く。


「分かりました。 本を返してきてから帰ります。 ……よく分からないですけど」

「俺が返しておく」

「借りた場所分からないですよね。 すぐ近くですから自分で返してきます」


 アレンさんの手から本を取り返して、見張られながら本を元の場所に戻す。 少し目線をずらせば吸血鬼の本があったところだけど、見つからない。 アレンさんに借りられていたものかと思っていたが、そうでもないようなので他の人だろう。


 じゃあ、何でアレンさんは分かったのだろう。 そもそも一昨日とかは見たことなかったのに、吸血鬼の本を文字が読めない状態で見つけるのは不思議だ。 なら、なんでアレンさんは、挿絵を見ただけで……吸血鬼だと分かったのだろうか。


 首を傾げながら、アレンさんに図書館の入り口まで見送られて外に出る。 何がそんなに心配なのだろうか。 昨日買った材料でご飯を作って食べる。 早めに帰ってきたので、雑事を色々としてから、窓辺に座って溜息を吐き出す。

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