第12話
……僕は帰りの電車のなかでスマートフォンを手に持ち、なんとなく写真フォルダーを開いた。そしてそこにあったオオルリの写真を眺めた。それから、ネットでオオルリの生態について調べた。
オオルリは渡り鳥らしい。春から夏は日本で過ごすが、秋頃には越冬のため、南の国に移動していくらしい。
あの小さな体で海を渡るのか、と思った。僕はなにか心配な気持ちになり、渡りについての解説も読んだ。それはやはり、様々なリスクを伴う、大変なものらしかった。
そんなに危険なことをせず、ここにずっといればいいのに、と思ったが、おそらくそうもいかないのだろう。寒さだけではなく食物の問題もあるらしい。
僕はスマートフォンをポケットに戻し、正面の窓の向こうを流れていく景色をぼんやりと見ながら、この日の昼間、木漏れ日のさす明るい森のなかで出会った、あの二羽のオオルリの姿を思い浮かべた。そして、彼らの旅の無事を祈った。――またあの森に、二羽で戻って来られるように。
僕が自宅最寄りの駅に着いたのは、午後十一時を過ぎた頃だった。
駅を出てしばらく歩き、住宅街に入る。あたりはひどく静かで、ひっそりとしていた。
歩きながら、上空に目をやる。やはり僕の街からでは、星はほとんど見えない。だがかろうじて見える夏の大三角を見つけ、それから、ベガとアルタイルの中間のあたりに目を凝らす。やはり肉眼では見えなかったが、まだはっきりと思い出せる記憶のなかの光を、今、上空に広がっている暗闇に重ねる。それは、今僕の目には見えなくても、たしかにある光なのだ。真っ暗な空の向こうに。
そうしていると、彼女がそばにいた時の感覚を思い出した。それはまだ色濃く残っている。その気配を、すぐそこにいるかのように、リアルに思い出すことが出来る。それは、僕の中の、何かが欠けてしまっている部分を埋めてくれる。
僕の内側の感情を直接柔らかく包んでいるような温かさを、再び感じる。この温かさは、昨年の今頃までは、まだ持っていなかった温かさだった。この一年の間に、いつの間にか手に入れていた温かさだった。
僕も彼女にそういう何かを与えられているだろうか、と思う。そうであることを、強く願う。
国道沿いの道を通り過ぎて、住宅の入り組んだ道に入る。それからやがて、昨年の秋の夜、彼女を見かけたスーパーの前に差し掛かった。もうそろそろ営業時間が終わるはずだが、店からはまだ明るい暖色の光が漏れてきている。
僕はふと歩調を緩め、半ば無意識に、その光の中にいた彼女の姿を思い起こした。その時風が吹いて、一瞬の涼やかな感覚と共に、僕の身体を通り抜けていった。寂しさを含んだようなその空気の温度に、僕は、秋の訪れを感じた。
そして、周囲の世界に、昨年、彼女と走っていた夜と同じ気配が蘇ってきているように感じた。
また、あの季節が近づいてきている。その気配は、僕の意識を、一瞬、過去に連れ戻した。そして自分の声の響きを聞く。
『秋と冬の境目って、どこにあると思う?』
今の僕は、あのときにはなかったその問いの答えを持っている。それは一般的なものではなくて、ひどく個人的な、僕だけの答えだけれど。
もし今そう問われたとしたら――僕はきっと、彼女を好きになったあの時期のことを、あの時に僕たちを包んでいた世界の感触を、真っ先に思い返すはずだ。その問いに対する、僕の答えとして。
秋と冬のあいだに 久遠侑 @y_kudo
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