最後の汽笛
「今日ってさ、君の高校の卒業式だったんでしょ?舟で友達に会ったりしなかったの?」
「私の友達はほとんど別々の舟になっちゃったからね。それでも、同じ舟に乗る2、3人の子とプチ卒業式した」
「プチ卒業式ってなんか可愛いね」
「君は?君も卒業式だったんでしょ?」
「うん、僕も何人かには会ってお別れ会してきたよ」
「お別れ会って、なんか寂しい」
「卒業式のこと、お別れ会って言わない?」
「送る会、とか?」
「それは在校生からの視点じゃない?」
「あ、そっか」
「そうだよ」
そんなたわいもない話をしながら、二人は笑い合った。もうじき来る別れの時を振り払うように、汽笛の音が聞こえなくなるくらい、大声で笑い合った。
「でもさ、人間って勝手だよね」
ひとしきり笑ったあと、少女はそう言った。
「育てられないからってペットを捨てたり、子供を捨てたり、最後にはもう住めないからって地球まで捨てちゃうんだから」
二人は満点の星空を見上げた。人が活動を止めた地球の夜空は、眩いばかりの輝きを放っている。遠い原始の世界では、これが当たり前の光景だったのかもしれない。そう考えると、どこか清々しい気分がした。
「環境汚染に自然破壊、そして正体不明のウィルスの蔓延。もう地球は、人間が住める場所じゃなくなったんだ」
「ここはこんなに綺麗なのにね」
「親父が言ってたよ。地球上でこの場所だけが、マスクをつけないで生きていける最後の場所なんだって」
「なんでだろ?」
「さあ?」
「私達の、想い出の場所だから?」
「…そういうことにしとこう」
「言い方が投げやりなのでやり直し」
「なんだよそれ」
そう言って二人は笑った。すでに全ての人類が舟に乗り、無人となった地球の上で二人の笑い声だけが響いていた。それでも、最後の汽笛が鳴る時間は刻一刻と迫っていた。
「もしかしてさ」
「え?」
「私達人間が、地球にとってのウィルスだったのかも」
「どういうこと?」
「人間の体はさ、悪さするウィルスが入ってくると白血球がそれを排除するじゃない?もしかして地球も、自分の体に悪さする人間を追い出そうとして、正体不明のウィルスを地球に放ったのかも」
「それは違うよ」
「どうして?」
「地球を守ろうとしていた人間もたくさんいるし、ウィルスで亡くなった人だってウィルスなんかじゃない。人間は人間だよ」
「分かってるよ」
「君が分かってるって分かってて言ってる」
「なにそれ」
霧が晴れ、夜風がそよぐ。若葉がわずかに擦れる音がするだけで、辺りはしいんと静まり返った。
二人は言葉もなく、しばらく星空を見上げていた。
「…もう、そろそろだね」
少女が掠れた声でそう呟いた。少年は小さく頷いた。
「…もう、二度と」
星が輝き、夜風がそよぐ。少女の呟きを、零れる涙を、包み込むように。
「…もう、二度と、会えないんだね」
「……」
少年は何も答えず、少女の手を握った。少女もまた、その手を強く握り返した。互いのぬくもりを惜しむように、忘れぬように、強く、強く握り合った。
「……最後にさ、私から君に伝えたいことがあるんだ」
少年の手を強く握りしめたまま、少女は口を開いた。
「……聞いてくれる?」
涙声で呟く少女。しばしの沈黙のあと、意を決して口を開きかけた少女を制し、少年は少女を見つめた。
「その前に、僕から君に伝えたいことがあるんだ」
少年の瞳に戸惑い揺れる少女の瞳が写っている。少年は少女を見つめ、力強い言葉で言った。
「僕、ここに来る前に親父に言ったんだ。僕は、君と同じ舟に乗るって」
「……え?」
「初めて親父に逆らったよ。母親も親父の味方だし、完全に2対1でさ。これ以上言うことを聞かないんだったら勘当するって言われて、それで構わないって答えたんだ。そしたら…」
「そしたら?」
少年は自らの左頬を指差して、朗らかに笑った。
「ぶん殴られた」
「………」
少女は目を丸くして少年を見つめていたが、やがて目に涙をたくさん溜めて少年の左頬を優しく撫でた。
「…バカだねぇ」
「…バカだよなぁ」
満点の星空の下、二人は強く抱き合った。一陣の風が吹き、若葉を揺らし、再び二人の頭上に雨露が降り注いだ。それでも二人は抱き合っていた。
「…これが、わたし達の卒業式?」
「…そう、これがぼく達の卒業式」
二人はそう言って笑った。泣きながら、抱き締め合いながら笑った。
「僕は、君とは曖昧な約束はしない。だから、僕は君にちゃんと約束するよ。…君と見たこの景色を忘れない。一生ね」
「私も一生忘れない。そしたら…」
「そしたら?」
「……言ーわない」
「なんだよそれ。…あ」
「なに?」
「この木のあだ名、思い出した」
「ふふ、なに?」
「…のっぽさん」
ボー
ボー
ボー
三回目の汽笛が鳴った。
もうじき、舟が出る。
僕と君を。
私と君を。
乗せた舟が。
『舟が出る』 完
舟が出る 小坂広夢 @kusamakura0813
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