交差する譲れない想い。月の結晶石が選ぶ運命とは。
- ★★★ Excellent!!!
月の結晶石。月の魔力を秘めたその石は、世界を滅ぼすほどの強大な力があると言われています。
そんな月の結晶石を体内に封じているのが天界の姫レティシア。天界で平和に暮らしていたレティシアは、反逆を起こした実の兄クラウディスに追われて下界に逃げることとなります。祖国を失い、大切な人を失い、傷ついたレティシアを救ったのは竜使いの青年アレスでした。
この二人の出会いにより、月の結晶石を巡る運命が動き出すこととなります。
本作の読み味はかなり硬派なシリアスファンタジー。恐ろしいほどに美しい情景描写は文字を読んでいるはずなのにまるで目の前に光景が浮かび上がってくるよう。
美しい天界のシーンと、血にまみれた凄惨な戦場のシーンの対比が凄まじいです。おどろおどろしい場面のはずなのに、その中にも美しさがあると思わせてしまう作者の筆力は圧巻。この完成された文章に浸るだけでも本作品を一読する価値があります。
また二人の主人公であるアレスとレティシアの心情も丁寧に綴られており、彼らが待ち受ける運命に読者は心を寄せずにはいられません。
自身の体内に結晶石を宿すレティシアは、自分の命と共にこの結晶石を葬ることが己の使命だと思っています。だけどそんなレティシア自身を大切に想い、彼女の運命を変えさせようと奮闘するのがアレスです。
レティシアを結晶石の器ではなく一人の女性として守ろうとするアレスの想いはひたすらに格好良く、どんなに絶望的な状況でもレティシアへの希望を捨てない彼はまさにヒーローに相応しい男。
己の使命は果たさなければならないと思いこんでいたレティシアも、アレスと出会うことで少しずつアレスと共に生きたいと願うようになっていきます。時折挟まれる二人の心の距離が近づくシーンは恋愛小説の名手とあって甘く切なく、いつまでもこの時間が続けばいいとうっとりしてしまうほど。
だけどレティシアの願いを取るならば世界は滅びてしまいます。この塩梅が絶妙で、二人の悩みや葛藤に読者は共感せずにはいられません。
また敵であるヴァレスにも揺るぎない思いがあり、憎い存在であるはずなのに敵側にも感情移入してしまうのも本作の見どころのひとつ。
誰にも譲れない思いがあり、それがぶつかった時に対立は生まれてしまう。どの人達の願いも叶ってほしいが、誰かの願いを叶えることは、もう一方の誰かの願いを捨てることと同義。結末の予測がつかない所も、読者の心を掴んで離さないポイントなのかもしれません。
現在第一部が完結したところですが、第二部も一部の物語と密接に関わっており、今から先が気になって仕方がありません。
その世界に生きる一人ひとりの思いにどっぷりと浸りながら読みたい読者に間違いなくおすすめできる、骨太なファンタジー作品です。