月の結晶石。月の魔力を秘めたその石は、世界を滅ぼすほどの強大な力があると言われています。
そんな月の結晶石を体内に封じているのが天界の姫レティシア。天界で平和に暮らしていたレティシアは、反逆を起こした実の兄クラウディスに追われて下界に逃げることとなります。祖国を失い、大切な人を失い、傷ついたレティシアを救ったのは竜使いの青年アレスでした。
この二人の出会いにより、月の結晶石を巡る運命が動き出すこととなります。
本作の読み味はかなり硬派なシリアスファンタジー。恐ろしいほどに美しい情景描写は文字を読んでいるはずなのにまるで目の前に光景が浮かび上がってくるよう。
美しい天界のシーンと、血にまみれた凄惨な戦場のシーンの対比が凄まじいです。おどろおどろしい場面のはずなのに、その中にも美しさがあると思わせてしまう作者の筆力は圧巻。この完成された文章に浸るだけでも本作品を一読する価値があります。
また二人の主人公であるアレスとレティシアの心情も丁寧に綴られており、彼らが待ち受ける運命に読者は心を寄せずにはいられません。
自身の体内に結晶石を宿すレティシアは、自分の命と共にこの結晶石を葬ることが己の使命だと思っています。だけどそんなレティシア自身を大切に想い、彼女の運命を変えさせようと奮闘するのがアレスです。
レティシアを結晶石の器ではなく一人の女性として守ろうとするアレスの想いはひたすらに格好良く、どんなに絶望的な状況でもレティシアへの希望を捨てない彼はまさにヒーローに相応しい男。
己の使命は果たさなければならないと思いこんでいたレティシアも、アレスと出会うことで少しずつアレスと共に生きたいと願うようになっていきます。時折挟まれる二人の心の距離が近づくシーンは恋愛小説の名手とあって甘く切なく、いつまでもこの時間が続けばいいとうっとりしてしまうほど。
だけどレティシアの願いを取るならば世界は滅びてしまいます。この塩梅が絶妙で、二人の悩みや葛藤に読者は共感せずにはいられません。
また敵であるヴァレスにも揺るぎない思いがあり、憎い存在であるはずなのに敵側にも感情移入してしまうのも本作の見どころのひとつ。
誰にも譲れない思いがあり、それがぶつかった時に対立は生まれてしまう。どの人達の願いも叶ってほしいが、誰かの願いを叶えることは、もう一方の誰かの願いを捨てることと同義。結末の予測がつかない所も、読者の心を掴んで離さないポイントなのかもしれません。
現在第一部が完結したところですが、第二部も一部の物語と密接に関わっており、今から先が気になって仕方がありません。
その世界に生きる一人ひとりの思いにどっぷりと浸りながら読みたい読者に間違いなくおすすめできる、骨太なファンタジー作品です。
天界ラスティーン。天空に浮くその国は、有翼人種の住む美しい国である。その深窓の姫レティシアは、体内に「月の結晶石」を宿している。月の結晶石とは、長い長い時間をかけた月の魔力を結晶化したものだが、それはかつて世界を奈落の底に突き落とした月下大戦の名残でもあり、いまなお世界を滅ぼし得る危険を秘めたものだった。
持ち主の願いを叶える石。そう聞いたとき、あなたは何を連想するだろうか。個人的な三大欲求だろうか。世界を手中に収める権勢欲だろうか。かつての月下大戦、その火蓋を切った魔王が求めたのは、一人の女性を救うこと、つまり、彼の願いとは愛に他ならなかった。
すべてを犠牲にするほどの愛は、当然、他の人間の願いとは衝突することになるだろう。そう、この愛の成就を阻まなければならない者こそが、この物語の主人公アレスだ。彼は、レティシアを魔手から救うために奔走する。これもすなわち、愛のため。
この作品は、愛ゆえに世界を滅ぼそうとする男と、愛ゆえに世界を護らねばならない男の戦いを描く物語だ。その中心に立つ女性たちもまた強い信念をもって事態に向き合う。決して生きやすい世界ではないが、それでも〈生きよう〉と願うとき、そばにいるのはやはり愛する者だろう。
鮮やかな情景、苛烈な戦闘、たおやかな心の動きを巧みに描き出す作家の手腕に注目されたい。グロテスクな場面を描かせたら右に出る者がいないのが月音さんだが、繊細な心情描写も同じだけ得意としている。変なひとだ。
2022年8月現在、完結まではまだ時間がある。ぜひご一緒に、アレスとレティシアの旅路を見届けよう。
本作の主人公のレティシアは、その身体に恐るべき力を持った「月の結晶石」を封印しています。
生まれながらにして結晶石を守る使命を帯び、ずっと天界でひっそりと暮らしていたレティシアでしたが、突如として結晶石のちからを求め始めた兄から逃れるために、止むなく地上へと降り立つことに。
命からがら逃げ延びた地上は、レティシアにとって初めて見るものばかり。美味しい食べ物や目新しい景色に目を輝かせることもあれば、結晶石が過去にもたらした災厄の爪痕を突きつけられて、重責に押しつぶされそうになることもあります。
今までは周囲に言われるまま押しつけられたような結晶石を守る責務でしたが、地上に降りたことにより、レティシアは新たな仲間や生の経験を通じて己の使命と価値を実感してゆくことになります。
やむを得ない事情から始まった旅路。それを通じた成長物語として大変興味深いお話です。