後日談 沖縄の海で怪鮫退治
サキュバスネード事件から一年後のことである。
「いやぁ、素敵ですね沖縄の海は」
サングラスに中折れ帽、アロハシャツ姿のメイスンは、さわやかな笑顔を浮かべながら砂浜に立ち、青く美しい沖縄の海を眺めていた。ぎらぎらと照りつける陽光が海面に反射し、きらきらと輝いている。
「遊びに来たんだったら良かったんだがな……警察官になった時はまさかサメ退治する羽目になるとは思わなかったよ」
その隣で溜息をついている半袖ワイシャツの中年男は、日本におけるメイスンのバディともいえる
メイスンと時雨の二人が沖縄に派遣された理由……それはサメであった。
「いやぁ、沖縄県警は話が早いですねぇ……こうも早く海水浴場を封鎖してくれるとは」
「夏休み前ってのもあるだろうけどな。これがかき入れ時だったらもう少し揉めてたかも知れん」
「ホラ、普通こういう時って地元の市長が閉鎖を渋って被害を出しちゃうのがお決まりじゃないですか」
「ああ、またメイスンの好きな映画の話か……」
メイスンの言う通り、沖縄県警の仕事は迅速であった。素早く海水浴場を封鎖し、新たな被害を未然に防いだのだ。それもそのはず、
「不死身のサメって……冗談だろ?」
「
沖縄の海を騒がせたのは、空を飛ぶことのできるイタチザメであった。沖縄の海には時折イタチザメが現れ、魚を食い荒らすことから漁師に嫌われている。一部の離島では駆除が進められているが、繁殖力の鈍い上位捕食者であるイタチザメの駆除は海の生態系バランスを崩す恐れがあり、批判の声があるのも事実だ。
ことの発端になったのは、捕獲された五メートルのイタチザメであった。このイタチザメは陸揚げ後に刃物で刺されても死なず、そのまま這いつくばって海に戻っていったのだという。以後、背中に傷跡を持つイタチザメが海水浴場付近に頻繁に出現するようになったらしい。
「さて、始めましょうか」
言いながら、メイスンはリュックサックを下ろしてファスナーを開けた。
彼がむんずと掴んで取り出したものは、ごてごてと変な機器が取り付けられた一機の水中ドローンであった。
***
「洞窟の中に爆弾仕掛けるとか、よく許可下りたよなぁ……」
「県警の方々も相当サメに手を焼いてたんでしょうねぇ……案外すんなりOKしてくれました」
夜、時雨とメイスンの二人は、国際通りのステーキハウスで向かい合って座っていた。二人の前に置かれた皿のステーキはすでになくなっていて、ただ食後のコーヒーが置かれているのみである。
沖縄の海でのサメ退治は長丁場となったが、先日ようやく決着がついたのだ。明日にはもう飛行機で東京に帰る手はずとなっている。
サメの鼻先にはロレンチーニ器官という、生物の発する微弱な電磁波を感知する感覚器官が備わっている。メイスンはこれを利用した作戦を立てたのであった。サメを誘引する電磁波を発する水中ドローンを使ってサメを洞窟に誘い込み、そこに仕掛けた大量の爆弾で、サメの自己再生が追い付かないほどの爆発エネルギーを浴びせたのだ。これによって、不死身のイタチザメは見事爆発四散したのであった。
「これで沖縄の海ともおさらばですね……名残惜しいですが」
「俺は早く帰りたいよ。久しぶりに家族の顔が見たい」
「家族……ですか。時雨サンはいいお父さんですね」
言いながらメイスンが遠くを見たのを、時雨は見逃さなかった。「家族」という単語に、メイスンは何か思うところがあるのかも知れない。
思えばメイスンという男について、時雨が知っていることはあまり多くなかった。彼の家は結構な富豪だそうだが、その家族については何も知らない。メイスン自身も姉夫婦以外の家族に言及したことはなかったはずだ。
とはいえ、メイスンの個人的な事情を詮索するほど、時雨は不躾な人間ではなかった。
「どうだかな……いい父親できてるといいんだが、何しろこの仕事だからな……家に帰れなくなることだってある。今回みたいにな」
言い終わるやいなや、時雨はブラックコーヒーを一口飲んだ。
「
時雨の息子
「結局、輔の試合も見に行ってやれなかった。サメが憎いよ俺は」
「それは残念ですね……」
輔は弓道部に属しているのだが、実は一昨日、公式大会の試合があった。事件が長引かなければ息子の活躍を見に行くこともできたのだが、あいにくそれはできなかった。
ステーキハウスを後にした二人は、国際通りにかかる橋を歩いていた。
「そういえばこの辺の川にはサメが出るらしいですね。オオメジロザメが川を上ってくるそうです」
「もうサメは勘弁だよ……まぁ滅多に出会うもんじゃあ……」
その時、じゃばぁっ、と、大きなものが水を叩く音がした。橋の下からだ。眠気に圧し掛かられていた時雨の目は、まるで冷や水をかけられたかのように一気に覚めた。
「まさかサメか!? 銃持ってねぇぞ」
「大丈夫ですよ時雨サン、あの大きさじゃあ飛び跳ねて人を食うなんてことはありません」
橋の下を泳いでいたのは、一匹の若いオオメジロザメであった。体長は恐らく八十センチメートルほどであろう。
「なんだ……びっくりしちまったよ……」
時雨は安堵するとともに、過剰な反応を見せてしまった自分を恥じ、赤くなって頭をかいた。
サキュバスネード 武州人也 @hagachi-hm
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