サキュバスネード3 アクセラレイテッド・ミッション

 メイスンが呼び出されたのは、とあるビルの会議室であった。


「メイスン・タグチ氏に国防長官より極秘の依頼である」


 会議室で待っていた黒服の男は、そうメイスンに告げた。話が突拍子もなさすぎて、正直言って信じがたい。メイスンはどうしたらよいか分からず、視線を左右に泳がせていた。

 その時、会議室の扉が、おもむろに開いた。


「すまない。今到着した」


 会議室に遅れて姿を現した、長身な老年男性。メイスンはその顔を見て目を見開いた。


「リーチ国防長官!?」


 何と、国防長官本人が、この場に姿を現したのだ。その顔を見間違うはずもない。本人が出てきたとあっては、この案件を疑うべくもないだろう。

 リーチは椅子に深く腰掛けると、早速話を切り出した。


「今ニューヨークに接近中のハリケーン「ギャレス」は、ただのハリケーンではない。伝説の淫魔たちを巻き上げながら進む、恐怖の淫魔嵐サキュバス・ストームなのだ」


 普通の人間であれば、発言者を発狂者扱いしただろう。この発言を録音してマスコミに渡せば、政権自体のダメージになること請け負いである。しかしこの時、メイスンの体に流れる血は滾り、活力を総身にみなぎらせていた。


 ――ハリケーンに巻き上げられる淫魔。こんなとんでもない案件が他にあるものか。


「これが証拠映像だ」


 そう言って、リーチはタブレットを見せてきた。そこには、空から降ってきた黒いレオタード姿の女が、少年を押し倒している映像が流れていた。そしてその横には、ぐったりと力なく倒れる若い女性の姿もある。


「ニューヨークが巻き込まれでもしたら、どんな惨事になるかは想像もつかない。可及的速やかにこの案件を解決してもらいたい」

「で、ですがしかし、ワタシのような実績のない私立探偵などになぜ……?」

「こんなオカルトめいた話に、警察や軍が動くとでも?」


 リーチの眼差しが、より一層鋭くなる。


「大被害が出れば警察も軍も動くであろう。しかしそうなってからでは遅い。それに、キミの父親の友人である私がキミのことを知らないとでも?」


 そういえば……メイスンはこの時思い出した。社交の場に連れられた時、父とこの男が楽しげに談笑していたのを。


「私はキミの能力を買っているんだよ。あの父親に教育されたキミをね」


 メイスンにとっては、そう言われると複雑である。あの分刻みのスケジュールの中で自由な時間は何一つなく、同年代の少年少女のような無邪気な時代を過ごすことなどついぞ叶わなかったのであるから。


***


 依頼を受けたメイスンは、一人街中を歩いていた。淫魔嵐サキュバス・ストームの解決……さてどうしたらよいものか……と、思考を巡らせていると、突然彼の横に車が停まった。


「メイスン、探したわ」


 咎めるような声色。それを聞いて、メイスンはとした。車から降りてきた女。その顔を、メイスンが知らないはずはなかった。


「バ、バーバラさん……」

「黙って逃げるなんてオシオキが必要なようね。さぁ、早く車に乗りな!」

「で、でも本当に仕事が……」

「またその嘘?」


 今度の仕事は嘘偽りなどではないのだが、彼女はきっと聞く耳を持たない。本当に悩ましい限りである。

 メイスンが思考をぐるぐる巡らせていると、突然、空から何かが空から降ってきた。


「きゃあ!」


 空から降ったそれは、バーバラをアスファルトの地面に押し倒した。まるで漫画コミックの登場人物のような桃色の髪、黒いレオタード、背中から生えた蝙蝠こうもりのような翼……空から来たのは、紛れもない、淫魔サキュバスだ。

 バーバラを押し倒した淫魔は、強引に唇を奪い、服の中に手を這わせている。


 ――どうすれば、奴を倒せるのか。


 やがて、雨が降ってきた。その勢いはどんどん強くなる。ハリケーンの影響だろう。そう遠くない内に、ここも強風域に入ると思われる。

 メイスンは左右に視線を振った。すると、彼の目にカフェの看板が目に入った。武器として使えそうなのはこれぐらいしかない。メイスンは看板を掴むと、それを使って淫魔の後頭部を思い切り殴打した。

 淫魔は割と呆気なくバーバラの上を離れ、道路に突っ伏した。その体は分解されて光の粒のような状態になり、そのまま空に立ち昇って消えていった。


「大丈夫……ですか……?」


 メイスンの問いかけに、彼女は答えなかった。仰向けのまま雨を総身に浴びているのに、微動だにしない。

 咄嗟にメイスンは脈を測ろうとしたが、脂肪に覆われた腕では測り取れない。呼吸を確認してみると、息はもう絶えていた。


 ――ああ、彼女は、淫魔に殺されたのか。

 

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