サキュバスネード4 ザ・フォース・アブソーバー

 大雨の中、メイスンはバーバラの車を運転している。他者のものを勝手に拝借するのは気が引けるが、急を要する事態とあれば背に腹は代えられない。バーバラはあの後、救急車によって搬送された。メイスンは、彼女が助かる見込みはないだろう、と推測している。


 メイスンは車を停めた。到着したのは、ニュージャージー州の高級住宅街にあるメイスンの実家であった。


「メイスン坊ちゃま!?」


 出迎えたメイドたちは、皆一同に驚愕した。黙って連絡を断っていた御曹司が急に現れたのだから、当然の反応である。


「どのツラ下げて敷居を跨ぐか、メイスン」


 中に通されたメイスンを待ち受けていたのは、怒り顔の父、マーティンであった。

 父が放つ威圧感は、巨人ゴリアテの如くであった。しかしメイスンはゴリアテに敢然と立ち向かったダビデではなく、寧ろイスラエル兵のように恐怖で身震いした。


「度重なるご無礼に、今更ご寛恕かんじょを請おうなどとは思っておりません。ですがこれは国家の一大事なのです。どうか、我が家の書庫を使わせてください」


 ようやく意を決したメイスン。彼はそう言って膝を折り、床に臥して土下座をした。事件解決のために、一生近寄らないと決めた実家の敷居さえ跨いだのだ。土下座の一つ、ためらう理由があろうか。

 実家の書庫には、西は欧州から東は中国や日本まであらゆる古典籍が蔵書されており、その中には大学にもないような貴重な古文書などもある。それを思い出したメイスンは、恥を忍んで実家に戻ったのだ。

 父は暫く無言で息子を睨んだ後、おもむろに口を開いた。


「……ふん、何の事情かは知らないが、切羽詰まった事態なのだろう。書庫を使いたければ使え。これ以上お前と口を利きたくはないからな」

「……恩に着ます」


 階段を駆け上がるメイスンに対して、父は一瞥もくれずにじっと立ち尽くしていた。

 書庫に入ったメイスンは、西洋の古文書の棚を漁り、淫魔について調べた。雨はますます強くなり、荒れ狂う風によって窓ガラスが小うるさい音を立てている中、メイスンは自身のラテン語知識を使ってひたすら文献を調べていた。


「あった……もしかしてこれ……?」


 そこには、淫魔の召喚方法と、その注意事項が書いてあった。


「魔法陣が物理的に消失すると淫魔も消滅する……やはり直接破壊せよ、ということですか」


 次にすべきことが決まった。魔法陣の場所を特定し、物理的に破壊すればいいのだ。


 その時である。突如、男の叫び声が聞こえた。その声の主をメイスンは知っている。


「サム!」


 弟のサムが危険な目に遭っている。メイスンはすぐさま書庫を飛び出し、サムの部屋を目指した。


「何か武器があれば……」


 左右に視線を巡らせてみると、壁に弓と矢束が掛かっているのを発見した。昔メイスンが愛用していた弓である。

 弓と矢を掴んだメイスンは、廊下で立ち止まった。メイスンの目に映ったのは、丸々と太った少年が廊下の床で仰向けになり、スレンダー美女淫魔に馬乗りになられている光景であった。廊下の窓ガラスが割れており、そこから淫魔が侵入してきたのだと思われる。サムはトイレから部屋に戻る途中に襲われたのだろう。

 メイスンは矢をつがえ、狙いを定める。手元が狂えばサムを射殺してしまう可能性のある、緊迫した状況だ。

 放った矢は、見事淫魔の頭部を貫いた。頭を射抜かれた淫魔は、そのまま光の粒と化して消えていった。昔取った杵柄とはいえ、案外上手くいくものである。


「兄貴! 帰ってきてたのかよ!」

「まぁ……」

「何てことしてくれたんだ! もう少しで童貞卒業できたってのに!」


 感謝の一つでもされるかと思っていたメイスンであったが、帰ってきた言葉は非難であった。

 弟サムは、父の期待に応えられなかった。彼は引きこもりがちになり、ゲームや動画で日々を過ごすようになった。なまじ能力があったために破裂したメイスンと違い、弟は無能であったが故に人生を歪めてしまったといえる。

 メイスンは返す言葉を見つけられぬまま、黙ってその場を立ち去った。

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