7話 はんかち

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 食器と箸のぶつかる音だけが間を満たす。


「・・・・・・み、水樹の食べているのは温玉ぶっかけうどんだったか?」

「・・・・・・そうだけどおまえも同じの食べてるだろ」

「そ、そうだったな」

「ああ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 再びおれと稜楓の会話が途切れる。

 ・・・・・・いやほんと気まずいなこれ。

 さっきみたいに会話のきっかけがあればどうにかなるのだが、一度途切れてしまうと何を言えばいいのか分からなくなる。

 おれはかつてこいつと何を喋っていたんだったか。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 と、まあ、いくら悩んでも答えなんて出ないし、結局のところ現状をどうにかするしかないのだろう。

 箸を置いて一口緑茶を啜る。


「悪かった。ごめん」

「え?」


 稜楓がぱちくりとまばたきする。


「・・・・・・おれとおまえが別れたときの話」

「ぁ」

「あれはおまえの好意を素直に受け取れなかったおれが悪かった。本当にごめん」


 要するに仲直り。

 どうもおれはこれからも稜楓と関わらなければならないようだから、そのためにこれがきっかけになればなと思う。


「いやっ、そのっ、あれはっ! わ、わたしにも非があるというかなんというか・・・・・・」

「あ?」


 横を向きじんわりと頬を染めていく稜楓が身体の前でわたわたと両手を振る。

 きれいな瞳がちらりとこちらに向けられる。


「そ、その、・・・・・・今から思い返せばあれはわたしの独りよがりな行動の結果で・・・・・・」

「は?」

「み、水樹が怒るのも当然だなと思う! わたしのほうこそ悪かった!」

「いや、まあ、べつにおれのほうはいいんだけど・・・・・・」


 がばっと頭を下げた稜楓になんともいえない気持ちになる。

 正直、稜楓が何を言っているのか分からないのだ。

 おれ視点じゃ、おれだけに非があるとしか思えな・・・・・・いや、まあ止めとこう。

黒歴史だし。


「・・・・・・というか何でおまえ泣いてるんだよ」

「あっ、あははっ、なんでだろ・・・・・・」

「・・・・・・いいから拭いとけ」

「う、うん」


 おれが差しだしたハンカチを稜楓はややぎこちなく受け取ると、軽く目元に押し付けそっと拭う。

 そしてすっと己のかばんにしまう。


「いやおいなんで持ち帰ろうとしてるんだよ返せよおれのハンカチだぞ」

「え? あ、ああ・・・・・・あ、洗って返すから」

「あ? いいよべつにそれぐらい。大した手間でもないし」

「で、でも」

「というかハンカチなかったらおれが困るんだよ」

「そ、それもそうだな。じゃ、じゃあ」


 言って、稜楓は自分のハンカチを差しだしてきた。


「これ、使ってくれ」

「は?」

「え?」

「・・・・・・いや何でだよ。なんでわざわざハンカチ交換するんだよ。意味分からんわ」

「え? でも使ってしまったし・・・・・・」

「や、使ったって言うほど使ってねえだろ」

「でも使ったのは事実だし・・・・・・」

「だから気にしないって」


 言っておれが右手を差し出すと、

 今まで微妙に視線を外していた稜楓が赤面した顔をキッと上げた。


「わ、わたしが気にするんだ! いいから水樹は黙ってこれを使え!」

「お、おぉ・・・・・・」


 あまりの気迫におれは無抵抗に稜楓のハンカチを受け取ってしまう。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 先ほどとは別種の気まずさを感じる。

 稜楓はおれにハンカチを渡したっきり耳まで染めて一心不乱にずぞぞぞとうどんをすすっているし、話しかけるなと言わんばかりである。

 先に食べ終えたおれだったが席を立つわけにもいかずじっと待っていると、稜楓が食べ終えた。

 稜楓は背筋を伸ばし、おれのハンカチで口まわりを拭うとこちらに視線をじろりと向ける。というかおれのハンカチ容赦なく使うんだな。まあいいけど。


「な、なんだ」

「あ、あぁ、いや、なんにもない」


 どうやら無意識に稜楓のことを見つめてしまっていたらしい。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「出るか」

「そ、そうだな」


 おれと稜楓はおぼんを持って揃って食器類を返却する。

 食堂を出ると稜楓が口を開いた。


「は、ハンカチ、ありがとう」

「まあ、うん」

「で・・・・・・だな」

「?」


 こほん。


「そ、その、わたしはこれを水樹に返さなくてはならない。ち、違うか?」

「あ?」

「返さなくていいのか!?」


 首をひねると稜楓がびっくりしたようにおれにぐいと顔を寄せる。


「え? あ? そりゃそのハンカチはおれのものだしおれに返すべきだな・・・・・・?」

「そ、そうだ。だから、その、返すためには再び会わなくてはならない。ち、違うか?」

「あ? まあ、その通りだが・・・・・・」

「あ、ああ。その通りだ。で、その・・・・・・だな」

「?」


 ちら。


「つ、次はいつ会う?」

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元カノの妹が頼んでもいないのによりを戻すのを手伝うと言って聞かないのだが にょーん @hibachiirori

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