元カノの妹が頼んでもいないのによりを戻すのを手伝うと言って聞かないのだが

にょーん

プロローグ かくしておれの大学生活は幕を開けた・・・・・・

 春めく風が別れに寄り添う三月上旬。

 胸に一輪の模擬花をつけたおれはずいぶんと久しぶりに部室のドアを開けた。


「・・・・・・おぉ」

「どうしたんですか?」


 おれが微妙に感動していると背後の後輩がひょいと顔を出し見上げてくる。おれはちらりと彼女と視線を合わせて口を開く。


「いや、何も変わってねえなあ、と思って」

「そりゃそうですよ。私が毎日来てますから」


 当たり前のように言った彼女はするりとおれの脇を抜け、慣れた足取りでそのまま進んで窓を開けた。

 風が吹き抜け、淡緑のカーテンと彼女の黒髪がふわりとゆれる。


「一人なのに毎日来てるのか」

「一人だと勉強に都合がいいんですよ、ここ。集中できますし」

「おれがいつ勉強の邪魔をしたんだよ。むしろ教えてやってたぐらいだろうが」

「あれ? そうでしたっけ?」

「・・・・・・お前もほんとぶれないよな」

「ありがとうこざいます」

「いや褒めてねぇ・・・・・・」


 おれがジト目を向けると、彼女はくすりと笑って窓の外に目を向けた。


「・・・・・・でも、ありがとうございます。私のわがままに付き合ってもらって」


 何かを思い出すようにまっさらな青空に視線を向けて、彼女がゆっくりと言葉を紡いだ。

 じんわりと脳内に染みていくそのきれいな声音に意識が引っ張られる。


「・・・・・・いいよ、べつに。お前に言われなくてもおれは今日、ここに来てたよ」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいです」

「・・・・・・そうか」


 にこっとこちらに向けられた微笑みからおれは視線を逸らしてぼそりと呟く。

 そんなおれに彼女は再びくすりと笑った。


「じゃあ、帰りましょうか」


 うんっ、と伸びた彼女はカーテンを巻き込まないようそっと窓を閉めた。


「え、もう帰るのか?」

「え? 帰らないんですか?」


 ぱちぱちとまたたく瞳を向けてくる彼女。


「おれはせっかくだし一冊ぐらい本読んで帰ろうと思ってたんだが。というかお前もそのつもりだったから窓開けたんじゃないのか?」

「ああ、癖、です、けど・・・・・・え? 本当に帰らなくていいんですか?」

「帰らなくていいけど・・・・・・え、なんで?」


 おれが首をかしげると彼女は一瞬息を詰まらせる。しかしそれもほんの数秒のことで彼女は小さく息を吐き、続いてんんっ、と咳払いをすると、こちらに向かってにまりと口の端を上げた。


「お姉ちゃんと約束してるんじゃないんですか? 制服でいられる最後の日ですし」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 落ちる沈黙。


「は?」

「え?」


 顔を見合わせるおれと後輩。

 しばしの間部室内に疑問符が飛び交う。

 それらを眺めている内におれはとある可能性に思い当たった。


「・・・・・・もしかして聞いてないのか?」

「えっと、なにをですか?」


 きょとんと首をひねった彼女からおれは後悔とともに視線をすっと逸らす。


「あー・・・・・・」

「?」


 言うべきか、誤魔化すべきか。

 訝しがられてしまったのならどちらかを選ばなければならない。

 散々迷った末におれは口を開く。


「・・・・・・稜楓と、その、なに、・・・・・・別れたの」


 ここで言わないとその行動は何か変な意味を含んでいそうだったからおれはそう言った。ただそれは、背けた顔からぼそりと呟くように言葉になったのだけれど。

 おれは元カノの妹たる彼女の反応が気になってそっとうかがう。


「えっ?」


 思ってもみなかった、というように丸くなった目に、半開きの小さな口。ただ、なぜか声のトーンが妙に明るい。


「・・・・・・なんでそんなに嬉しそうなんだよ」


 そんな後輩に救われたような気になっておれはそっと息をつく。人の不幸を喜ぶだなんて、本当にいい性格をしている。

 彼女はそんなおれの指摘にぱっと顔を赤くして、


「あ、いえ、決してそんなつもりは、・・・・・・な、ないんです、けど・・・・・・」


 ちらちらとおれに視線をしきりに送る。

 なにか軽口でも叩こうかと思っていたのだが、止めた。


「・・・・・・なんだよ」


 代わりにその意図を問う。

 軽口を叩くような雰囲気じゃなかった。


「あー、えと、その、・・・・・・です、ね」

「・・・・・・」


 五指を合わせ、ほどいてスカートの裾に添えるとくりくりいじりしわを作るとぱっと離す。そして再び下向きに五指を合わせると、こちらに目だけをそっと向ける。


「未練・・・・・・あるんですか?」

「っ」


 その潤んだ瞳に心臓が跳ねた。


「ない」


 間を置かずに言葉を放る。彼女はそれを受け取り、


「そう、・・・・・・ですか」


 俯いた。


「ああ」


 おれが頷くと彼女はぎゅっと拳を作る。ただ、すぐにそれをほどくと一拍おいて、大きく息を吸って、吐き出した。

 顔を上向け、両手は後ろへ。

 浮かんでいたのはこちらをからかうような笑み。


「お姉ちゃんの妹であるこの私が、よりを戻すのを手伝ってあげます」

「いや何その地獄・・・・・・」



 かくしておれの高校生活は後輩の手によって波瀾の予感とともに幕を閉じた。


  

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