6話 想定外のエンカウントそのに

 ある日の昼の大学構内。


「並びすぎなんだよなぁ・・・・・・」


 入学から1ヶ月経つが未だ慣れない食堂から伸びる長蛇の列にげっそりしつつ、最後尾に付く。まあ、超回転率なので見た目ほど時間はかからないのだけれども。

 スマホを取り出しソシャゲを起動し、喧噪の中ひとり素材集めに周回をする。

 すると、


「あ」

「?」


 なぜだかおれの目の前で立ち止まった様子の女学生に疑問を覚えて視線を上げ、


「げ」


 その顔を見た俺の口からいつかのようにGEが飛び出す。

 驚きに見開かれた切れ長の瞳にすっと通った鼻梁。きゅっと引き締まったくちびるは中途半端に開いていて、滑らかな肌にはわずかに朱がさしている。

 ・・・・・・まあ、今は間抜け面をさらしてはいるがまごうことなき美人である。

 そう、そこにいたのはおれの元カノ、柏原稜楓だったのだ。

 ・・・・・・まさか偶然遭遇することになるとは思っていなかった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・久しぶりだな」

「あ、ああ・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 うなずいたきり稜楓は動かない。


「・・・・・・なに、お前も食堂で食うのか?」

「・・・・・・そ、そうだ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 首肯したものの固まったままの稜楓におれはそっと息をつく。


「・・・・・・とりあえず並べよ。食うの遅くなるし。午後からも講義あるんだろ?」

「あ、ああ」


 ぱちくりと一度またたいた稜楓がやってきて並ぶ。

 おれのとなりに。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 いやなんでだよおまえおれの連れじゃないだろルールを守って後ろ並べよ気まずいだろうが、とは思ったがもちろん口には出さない。

 代わりに息を吐き出してとなりの様子をうかがう。

 視線がぶつかった。


「っ」

「っ!」


 慌てて逸らすが、すでにおれの心臓は早鐘を打ち始めている。

 いや何でだよマジでおれの心臓・・・・・・。

 今度は顔の向きは変えずに横目にうかがう。

 稜楓の頬は淡く染まり、きょろきょろしたり利き手で前髪をくるくるしたりと全体的にそわそわ落ち着きがない。そしてときおりちらりとこちらに上目をよこしてすぐに戻す。

 おれは頬を掻く。


「・・・・・・というか、さっきのげ、ってなんだ。げ、って。さすがに失礼なんじゃないか?」


 さてどうしようかと困り果てていると、稜楓がくちびるを尖らせて言ってきた。


「返しがほぼ同じって、お前ら仲良しかよ」


 思わずそんな感想が口をつく。


「は? なかよし? 雑誌の名前か?」

「なんでおれが幼女向け雑誌の名前を唐突に口にするんだよ・・・・・・」

「む。言われてみれば確かに・・・・・・」

「いや納得してんじゃねぇ・・・・・・」


 神妙な顔でうなずく彼女に半目を向ける。

「じゃあ『なかよし』とは?」

「・・・・・・この前柏原と会ったときに、あいつが同じようなこと言ったんだよ」


 柏原と話した内容が内容だけに微妙にためらったのだが、どうせ稜楓にも話はすでに通っているはずだからためらってもいて仕方がない。

 と、思って言ったのだが、


「は? わたしと水樹がこの前会った?」


 稜楓がきょとんと首をひねる。


「いやなんでだよ。おれとおまえは今日久しぶりに会っただろうが。夏夜だよ夏夜。おまえの妹の」

「え?」

「は?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「夏夜と水樹が?」

「ああ」

「会った?」

「ああ」

「いつ?」

「ついこの前のゴールデンウィーク中だが」

「どこで?」

「おまえの家の近くのカフェで」

「どうして?」

「いや、どうしてっつうか・・・・・・偶然会っただけだが」


 稜楓がほっ、と息をつく。

 その反応にドキッとさせられつつ、稜楓の一連の様子から生じた疑問を投げる。


「・・・・・・え、聞いてないのか?」

「なにをだ?」

「・・・・・・いや、聞いてないのならいいんだけど」


 おれと稜楓の復縁大作戦の件だが? などと言えるはずもなく。

 頭の中では疑問符がブレイクダンスコンテストを開催していた。

 あいつは確か、予定を調整するために、稜楓の予定を尋ねておくと言っていたはずだ。それなのにもうあれから平気で一週間は経っている今日現在で稜楓に話していないらしい。というか、今日大学が終わってからその件について例のカフェで再び夏夜と話し合う予定なのだが。


「・・・・・・その、なんだ」

「?」


 少し黙り込んでいると、若干頬を染めた稜楓がんんっと咳払いをした。


「水樹は、その・・・・・・あそこに・・・・・・よく行くようになったのか? 高校の時は、わたしとはよく行っていたが・・・・・・」


 そしてちらりとこちらに視線をよこす。


「・・・・・・まあ、たまに」

「!」


 稜楓の顔がぱっと輝く。


「そ、そうか」

「・・・・・・まあ」

「課題とか・・・・・・してるのか?」

「・・・・・・まあ」


 本当は小説書くために行ってるんだけど。


「そ、その、だな・・・・・・」

「おう・・・・・・」


 先の展開が読めたので微妙な気持ちになっていると、稜楓が再度咳払いをした。


「じ、じつはわたしも最近課題がたまっていてな・・・・・・」

「へぇ・・・・・・」


 いや絶対嘘だろおまえ課題とか溜めない人間だろうが。

「ちょうど今日とか講義終わりに例のカフェでまとめてやろうと思っていてな・・・・・・」

「へぇ・・・・・・」


 こちらをうかがうように稜楓が視線を向けてきたのでおれはそーっと明後日の方に視線を外す。「こ、こほん・・・・・・」


「その、今日とか・・・・・・何か予定あるのか?」

「・・・・・・えー、どうだったかな・・・・・・」


 スマホを取り出し予定を確認する素振りを見せる。

 今日は講義後に夏夜とカフェで会う予定だ。

 もう、そこに稜楓も呼んでしまおうかなとも思ったが、さすがにナイナイ。


「あ、今日はバイトあるわ」

「そ、そうか・・・・・・それなら仕方ないな・・・・・・」


 しゅん・・・・・・と稜楓が分かりやすくへこむ。

 ・・・・・・・・・・・・。


「・・・・・・なんか悪かった」

「あ、い、いや! 水樹は気にしないでくれというかべつに水樹のことなんて誘ってないからな!」

「・・・・・・そうか」

「そ、そうだぞ! そ、そんなことよりもそろそろわたしたちの順番だ! 何を食べるか決めないと!」

「・・・・・・そうだな」


 そんな感じでおれと稜楓は同じものを頼み一緒に食べられるような席に着いた。

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