5話 姉妹そのいち

「あ、夏夜。おはよう」

「ん」


 私はお姉ちゃんに返して台所へ向かう。


「あ、夏夜は座っててくれ。わたしが準備するから」

「いいよ。朝ご飯ぐらい自分で準備するから」

構わず台所に向かう私にお姉ちゃんは慌てた様子で立ち上がる。

「いやいや夏夜は座っててくれ。疲れてるだろう? 昨日も遅くまで勉強していたみたいだし・・・・・・」

「・・・・・・まあ」

「だろう? 去年はわたしが受験でみんなに迷惑かけてたからな。これぐらいはさせてくれ」

「私、何もしてないけど・・・・・・」

「そんなことないよ。多少は気を使ってくれていただろう?」

「・・・・・・まあ」


 私がうなずくとお姉ちゃんは笑って、私の肩をぽんと叩く。


「ゆっくりしててくれ」

「・・・・・・じゃあ」


 私は席に着くと、スマホを起動しラインを開く。

 相手は先輩。

 特に用事はないのだが「起きてます?」というメッセージに続いて「寝坊はだめですよ」とスタンプを送っておく。しばらく待ってみたのだが既読が付かなかったので、小さく息をついてトークルームを閉じると友人からのラインへの返信に移る。

 たちたち文字を打っていると、じゅーっ、という小気味のいい音と共に甘い香りが立ち上る。食欲のそそられる音と匂いに少し立ち上がって、カウンターキッチン越しにお姉ちゃんの手元をのぞく。


「ん?」


 すると視界に朝食が入る前にお姉ちゃんがこちらに気づいた。

 お姉ちゃんがにこっと笑う。


「フレンチトーストだ。ちょっと待っててくれ。そんなにかからないから」

「・・・・・・ん」


 なんだか妙に恥ずかしくて私は椅子に座り直し、作業を再開する。


「そういえば昨日は外で勉強してたのか?」


 お姉ちゃんがひょいと顔をのぞかせる。


「うん」

「学校?」

「・・・・・・カフェで勉強してた」


 うなずこうかとも思ったが、さすがに嘘をつくのは気が引けた。


「ああ、あそこかぁ」


 お姉ちゃんが何かを思い返すように微笑む。

 頭に思い浮かんでいるのは先輩との思い出だろうか?


「雰囲気もよくていいよな、あそこ。わたしもよく勉強してたよ」

「・・・・・・へー」


 お姉ちゃんは素っ気ない私の反応に気を悪くした様子もなく、むしろ楽しそうに微笑むと、少し屈んでフレンチトーストの焼き色を確認する。鼻歌も歌っているようだ。

 そちらを努めて見ないようにスマホと向き合っていると、不意にお姉ちゃんの雰囲気が変わった。

 お姉ちゃんがため息をついた。


「・・・・・・」

「ん? ああ、ごめんな、ため息なんてついて」

「・・・・・・べつに気にしないけど」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 じゅーっ。


「・・・・・・どうしたの?」


 我慢できなくて聞いてしまった。


「・・・・・・いや、なにもないよ」


 かぶりを振って寂しげに微笑んだお姉ちゃんに、いや、嘘つけよ、と思う。気を使わせたくないのなら、もう少し上手くやるべきだ。


「・・・・・・水樹先輩のこと?」

「・・・・・・ん。まあ、な・・・・・・」


 佐屋間水樹。

 それは私たち姉妹の共通の思い人の名前だ。


「・・・・・・最近会ってないんだっけ?」


 答えは先輩に聞いて知ってるけど。


「ああ・・・・・・」

「会わないの?」

「・・・・・・まあ、な」

「どうして? まだ好きなんでしょ?」


 お姉ちゃんは少し言葉に詰まって


「・・・・・・うん」


 うなずいた。


「なら、どうして?」


 訪ねた私にお姉ちゃんが笑みを向ける。


「どうでもいい理由だよ。さ、焼き上がった」


 言って、はぐらかしたお姉ちゃんに視線で答えを求めるが気づかないふりでもしているのかこちらには一瞥もくれずに、お皿に盛り付けたフレンチトーストを牛乳と共に私の前に持ってきた。


「じゃ、食べ終わったら流しに置いといてくれ。あとでわたしが洗っておくから」

「・・・・・・いただきます」

「うん」


 お姉ちゃんは最後に笑顔を見せるとリビングを去っていった。

 次に先輩と会う約束をした日がどれだけ近づいても私はお姉ちゃんに空いている日を聞かなかった。

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