4話 しぶしぶ

 となりでさらさらとシャーペンが走り、時折ペラリと音が混じる。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あの、先輩」

「・・・・・・なに」


 おれは構わず読書を続ける。


「ここ、分からないんですけど」

「・・・・・・あ?」


 予想斜め上の要件におれは思わず視線をとなりに向ける。


「だから、ここ。分からないので教えてください」

「は?」


 言いながら肩が触れるほど寄ってきた柏原に一瞬ぎょっとしたが、適正な距離を取り直すと改めておれは怪訝な視線を向ける。


「分からないんですか?」

「いや・・・・・・分かるけど」

「じゃあ教えてください」

「まあいいけど・・・・・・」


 改めて距離を詰めてきた柏原に微妙な気持ちになりつつさらさらと教えてやる。


「ふーん、ちゃんと分かってますね」

「いやお前何様だよ」

「大学生になって酒と女とドラッグとパチンコで先輩がアホになっちゃったのかと思いました」

「お前はおれのことをなんだと思ってるんだ・・・・・・」

「ああ、ごめんなさい。先輩にはどれも関係ありませんでしたね」

「いや女はワンチャンあるだろうが」

「は?」

「見事な豆鉄砲食らった鳩顔だな、おい」

「いやだって先輩大学に友達もいないんじゃないですか?」

「・・・・・・実際におれには彼女がいたんだからそれは関係ないだろうが」


 肩を竦めて嘆息する柏原。おい。


「それはお姉ちゃんだからですよ。そんな奇特な人はうちにしかいません」

「じゃあおれ詰んでるじゃねえか」

「だから私がお姉ちゃんとよりを戻すのを手伝ってあげるって言ってるんです。先輩の遺伝子が可哀想ですから」

「いやせめておれを心配してくれ。・・・・・・というか。それだよ、それ」

「はい?」


 きょとんと柏原が首をかしげる。


「いや、だから、お前は機嫌悪かったんじゃないのかよ」


 卒業式の日の夜のおれとのプチ喧嘩を引きずって柏原は先ほどまでふくれていたはずなのだが。


「ああ、それですか。もういいんです」

「ああ、そう? ならよかった」


 それはつまり不機嫌の原因たる、復縁を柏原が手伝うことに対するおれの不了承


「私、先輩が何と言おうと手伝うことに決めましたから」

「は?」


 を認めたということである・・・・・・と思っていたのだが、ちょっと何言ってるか聞こえないな?


「いえ、ですから、先輩がどれほど理不尽な理屈を振りかざそうと私はそれに屈しません」

「いやいつおれが理不尽な理屈を振りかざしたんだよ」

「まあそれは未来にでも愚痴らせてもらうとして」

「なんで未来なんだよ今言えよ」

「ともかく決めましたので、とりあえずお姉ちゃんとデートする予定でも立てましょうか」

「いやいやいやいや待て待て待て待て勝手に話を進めるな」

「先輩明日とか空いてます? お姉ちゃんは空いてるみたいなんですけど」

「いやだから待てって言ってるの聞こえねえのかな」


 スマホをくるくる操る柏原がこちらに横目を向ける。


「言っておきますけど、先輩が何を言おうが私はもう引きませんよ。私が頑固なの先輩も知ってますよね?」

「えぇ・・・・・・」


 まあ確かにこいつはそういうやつだが・・・・・・。

 稜楓の空いている日でもピックアップしているのか、すぐにスマホに視線を戻した柏原に言ってやる。


「でもお前がどうしようとおれがやる気にならなけりゃどうしようもないだろ。お前はおれの予定を把握してないんだから」

「ああ、その点は心配ありませんよ」

「その不穏な台詞に心配しか湧かねえよ・・・・・・」

「だって私、先輩の家知ってるので」

「・・・・・・え? 教えたっけ? 言っとくが、おれ今実家離れて一人暮らししてるぞ?」

「そっちも知ってます。卒業式の日、聞いたら先輩が教えてくれたので」

「おぉ・・・・・・そういや教えた気もするな・・・・・・」

「そういう事ですので、もし先輩が認めなくても休日お姉ちゃんを連れて押しかけます」

「いやでもおれが居留守すれば」

「先輩、出来るんですか? わざわざ訪ねてきてくれたお客さんを無視するなんて」

「・・・・・・」


 出来ないが。


「それにピンポン連打しますし」

「・・・・・・」

「しかももちろんそれは私がやりますので、私の勉強時間が減ってしまいます。高3の大切な時間が」

「・・・・・・」

「もしも先輩が協力してくれるのなら、勉強時間を削る必要もないんですけど」

「そもそ」

「ああ、そもそも復縁を手伝わなけりゃいいんじゃ、なんていうのは通用しませんよ。それは私の中で決定事項なので」

「・・・・・・」


 まさに八方塞がり。


「で、どうします?」


 スマホから目を離しこちらを向いた柏原がデフォルトの表情で聞いてくる。


「・・・・・・」


 まあ、ここでキレてもいい。そうすれば間違いなく柏原は引くだろうしこの話は終わる。

 だが、そんなことを冷静に考えている時点でおれは今キレていないし、キレているように演じられるほど器用でもない。

 ・・・・・・でも、なぁ。


「(じーっ)」

「・・・・・・」


 柏原が全力で何かを俺に期待している。

 おれは柏原から視線を戻し、そっと息をつく。

 まあ、正直、稜楓と会おうとも、最悪、おれがその気にならなければ全く問題ないのだ。

 ・・・・・・それに、最悪の最悪でおれが仮に稜楓と再び付き合い始めたとしてもおれたちは共に大学生だ。高校生だったころよりずっと時間はあるし、憂慮すべきことは起こらないということも十分にあり得る。

 最後に、柏原は受験生だ。この1年が人生を大きく左右するのは間違いない。それをおれが邪魔するわけにはいかないし、おれの方が1歳年上なのだ。ならば我慢するべきはおれだろう。

 おれは最後に再度息をつく。


「・・・・・・分かったよ。稜楓と会うよ」

「!」


 じっとこちらを見ていた柏原が笑顔を咲かせ、抑えきれずといった様子でガッツポーズ。


「言っておくが会うだけだぞ。何度も言ってるがおれに稜楓への未練はないんだからそれ以上の関係には発展しないからな」

「分かってますよ。私はそれで十分です」

「いやそれ絶対分かってないよな」

「ふふ、じゃあ早速先輩の予定教えてくれますか?」

「・・・・・・あいよ。というか近え」

「これぐらい近づかないと互いのスマホの画面見えないじゃないですか」


 再び肩が触れそうなほどに距離を詰めてきた柏原からおれが距離を取ると、すぐさま柏原が不満げな顔で詰めてくる。


「いや見えるしお前どんだけ近眼なんだよ」

「光の加減で見えにくいんです」

「うそつ・・・・・・っと、あ、すみません」


 再度おれが距離を取ろうと椅子をずらすと今度はとなりの赤の他人に近づきすぎてしまい、やむを得ずおれは柏原の方に寄る。


「少しずれてくれ」

「嫌ですこれぐらいがちょうどいいんです」

「なんでだよ肩が触れ合ってるのがちょうどいい訳ないだろうが・・・・・・」

「ちょうどいいんです」


 柏原が楽しそうに笑う。

 おれはほんの少し目をそらす。


「・・・・・・ああそう」

「ふふ」


 ・・・・・・まあ柏原が楽しいのなら少しぐらい先輩として我慢しよう。

 そんな感じで少しも気の乗らない予定調整が始まるのであった・・・・・・。


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