1話 想定外のエンカウントそのいち
高校卒業からはや二月弱。
「あー・・・・・・くっそ・・・・・・何も思いつかねぇ」
おれは一人、コピー用紙を前に唸っていた。
短編の設定を練っているのである。
最後に小説を書いたのが高三に進学するときの新歓冊子用短編。それ以降は受験もあって創作からは遠ざかってしまっていた。
大学に合格してからも色々あって時間を取れていなかったのだがそこに訪れるのが祝日の塊、ゴールデンウィーク。
この奇跡みたいな連休にバイト以外の用事がないおれは時間も出来たしせっかくだからということでずいぶんと久しぶりに空想の世界を構築しようと頭を回しているのだが。
「・・・・・・こんな難しかったか、物語って」
思いつくのはどこかで読んだ作品の断片だったり、かつて自身の書いた物語だったり。
ともかくどれも使えないものばかり。
しばらく自宅で悩んでいたおれだったが、どうも思いつく気配が少しもなかったので近くのカフェに移動したのだがコピー用紙は白いまま。
ブランクとはかくも大きいものなのだなぁ。
「・・・・・・」
おれはそんなことをしみじみと思いつつ、もう正直今日は進捗を生める気がしなかったので傍らのショートサイズのアイスティーを啜って、足下のかばんから文庫本を取り出しぺらりとめくる。
何も書けないのはきっとインプットが足りないのが原因なのだ。いずれまた書けるようになるはず。
そんなことをぼんやりと思いながら虚構の世界に沈んでいく――
「・・・・・・先輩?」
と、少し読み進めたところでなにやら驚きを含んだ透き通った声が耳朶を震わせた。
割とすぐに、というか一瞬でその声の主に思い至ったおれは湧き上がる微妙に嫌な予感に顔を強張らせつつそちらへ顔を向ける。
「げ」
「・・・・・・ちょっと、げ、ってさすがに失礼なんじゃないですか先輩」
予想していたのだが思わずおれの口から飛び出したGEに、驚いたような顔からジト目へと即座に表情を変えたのは、やはりというか何というかそこそこ久しぶりに会った一つ下の高校の後輩。
大きな瞳にすらっとした小ぶりな鼻、そして花びらみたいなくちびる、白磁みたいな肌に血色のいいほっぺた。全体的にそのかんばせはかわいい系でまとまっているまごう事なき美少女。
おれはほんの一年前までは毎日のように見ていたその姿から視線をすすーっと逸らす。
「・・・・・・久しぶりだな」
「・・・・・・どうして目をそらすんですか」
「え? あ、いや、・・・・・・べつに、そんなつもりは・・・・・・」
「・・・・・・それならこっちを見て言ってください」
「あ、あー・・・・・・うん・・・・・・久しぶりだな。会えて嬉しいよ」
「・・・・・・そんな微妙な顔で言われても少しも嬉しくないんですが」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言でかごに入れたリュックをごそごそする柏原。
おれが手元の文庫本に集中できずに彼女の方をちらちらと見ていると、じろりとその大きな瞳がこちらに上向いた。
「・・・・・・なんですか」
「え、あー・・・・・・」
特に用があったわけではなかったのでおれはそんな柏原に視線を彷徨わせる。
「・・・・・・勉強か?」
「そうですけど」
「そうか・・・・・・」
「・・・・・・はい」
その末にようやく見つけた会話の糸もあっけなく切れてしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
訪れる静寂。
あまりに微妙な空気が耐えがたくなってきておれが謝らないといけないよな、これ、と覚悟を決めたあたりで柏原がはぁ~~~~~~~~~と息を吐いた。
「・・・・・・なに、ロングブレスダイエット?」
「・・・・・・私にダイエットしろって言ってるんですか?」
「あ、や、決して、そんなつもりは・・・・・・逆の心配ならずっとしてるけど」
「はい?」
「・・・・・・逆に細すぎて心配だなっていう」
おれの台詞に若干身を引く柏原。
「・・・・・・先輩、私のお腹周り見たことないですよね?」
「まあ、そうなんだけど・・・・・・雰囲気で心配、というか」
「・・・・・・ならいいんですけど。というかダイエットとかそんなこと言わないでくれます? 不安になるので」
「・・・・・・悪かった」
距離を取っていた柏原がずずっとおれのすぐ隣に戻ってくる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・というか、冗談が言えるのなら何か他のことも喋れません?」
「え、あ、まあ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
むろん、柏原はおれに謝れと言っているのだろうが、べつにおれだけが悪いわけじゃないよなとか思ったり。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しかしどうも謝らないと居心地の悪い空気を抜け出せないらしい。まあ、最初に喧嘩腰になったのはおれだしな・・・・・・。
「・・・・・・悪かった。おれが大人げなかったよ」
「それ、私の精神が未熟だって言ってます?」
言ってます。
「・・・・・・おれがぜんめんてきにわるかったのでゆるしてください」
「・・・・・・反省の色が全く見えない謝罪なんですが? しかも今、心の中で私をバカにしませんでした?」
エスパーかよ。
とかなんとか言いつつ、正直、おれ:柏原=4:6ぐらいで柏原の方が悪いと思っているので心からの謝罪は出来そうにない。
仕方がないので正直に思っていることを口にする。
「というかおれがあんなこと言ったのは、お前がそもそも稜楓とのよりを戻すのを
手伝うとかわけの分からんことを言ったからだろうが」
だからおれは全面的に悪くない。
そう思ってジト目を向けてやると、じっと柏原がおれの目を見てきた。真剣な表情に思わず喉を鳴らす。
「じゃあお姉ちゃんに未練はないんですか?」
「・・・・・・ない」
「・・・・・・視線、逸らしてるじゃないですか」
柏原は視線を落とし、声を伏せた。
それはおれに嘘をつかれていることに対するリアクションかもしれないし、姉たる稜楓を思ってのリアクションかもしれない。あるいはその両方。
なんにせよ、おれに原因があるのは間違いないのだろう。
だが、まあ、非常に残念ながらおれにも譲れない意地というものはあるわけで。
「・・・・・・」
「やっぱり、あるんですね」
おれが何も言えずにいると彼女の指がスカートの裾をぎゅっと握った。
「・・・・・・いや、だから、ねえって。卒業式の日に散々言っただろ」
「言葉になってなくたって・・・・・・先輩の気持ちぐらいわかるんです」
だからおれは今日も否定するのである。
卒業式の日のように。
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