酔っていません。酒には。

〈特にすることもなく取り残された夕暮れの和室、安心しきった寝顔を間近に眇める私の、その胸の裡に湧き上がる未知の情動。この汚れひとつない無邪気の塊を、簡単にその身を預けてしまえる雛鳥の無垢を、でも特段の理由なく滅茶苦茶に穢してしまいたくなる、このどこまでも粗野で根源的な人間の本能。〉

 小説は言葉でできている。何当たり前のことを、という向きもあるかもしれませんが、そんな当たり前になり過ぎてついつい忘れてしまうことを思い出させてくれる作品があります。例えばそうですねぇ、と例として挙げたくなる作品がひとつ増えました。「アリス・イン・ザ・金閣炎上」です。いつも大体レビューの時は簡単な導入かあらすじらしき何かをちょっと偉そうに書いてみたりしているのですが、これには書きません、というか書けませんなる気持ちも本心としてはあるのですが、実際の言葉に触れない「アリス・イン・ザ・金閣炎上」は、カレーライスのルー抜きみたいなものですよ。得てしてそういう作品と出会った時、語りたい人間と語りたくない人間がいて、さらにその中に、そういう作品を語るのが得意な人間と下手な人間がいる。私は、本当ならひっそりと宝物にしたくて語りたくない人間で、さらに言えば、語るのがとても下手な人間だ。ならなぜ語る場に立ったか、というと、まだ足りない、読まれている数が、と思ったからです。あと一千、一万と読まれているなら、そりゃ私だって黙る立場を選ぶさ。まだ足りない、もっともっと、と私の内なる声が叫んだわけです。

 小説は言葉でできています。書いた人間が丁寧に紡ぎあげた言葉を、読む側が拾いあげながら、言葉のみを頼りにして、新たに世界が再構築されていく。読むひとのぶんだけ無数に広がっていく。そういう作品に出会うと、すくなくとも私は、あぁやっぱり小説、っていいなぁ、と嬉しくなります。成人、という言葉に引かれた一本の線、性、という言葉に引かれた一本の線。奔放にも見える言葉の包みの切れ間に、不安や恐怖、そういった繊細な心の揺らぎが見えて、とても素敵な魅力があります。そしてその部分が見えるからこそ、かわいいのです。ベリーキュート。

 酔っていません。酒には。
 酔いました。言葉には

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