だとしても、俺は明日の光へ手を伸ばす。


「な、なんで林さん一人だけ? よく俺たちの居場所が分かったね」


 若干震えた声を出す俺に対し、林さんの声音は先ほどとは異なっていた。


「……二人とも、付いて来て」


「はっ? え、ちょっと! ……行っちまった」


「よく分からないけど、付いて行くしかなさそうだね」


 林さんの様子がどうもおかしい。天降川らしき水流の音を聞いてから、ずっとだ。

 けれど今、主導権を握っているのも間違いなく林さんだ。懐中電灯が無ければ、移動すらままならないのだから。俺達はおとなしく後を付いて行くことにした。




 林さんは本当に、何の迷いもなく洞窟内を進んでいった。

 まるで内部の構造が頭に入っているかのように、どこが狭い道だとか段差があるだとかを俺達に教えながら。まるで別人。そんな感情を抱いた。

 けれど不思議と納得していた。

 何故インドア・運動音痴を称していた林さんが、ここに来たのか。

 何故、洞窟探検前だというのに徹夜をしていたのか。

 そして水流の音を聞いてから―――いや、厳密にいえば違う。

 が水流の音に気付いてしまってから、様子が変になったのか。

 全て、手に取るように分かってしまうような。そんな感覚があった。


「……そろそろ着くよ」


 そう林さんが言うと、ようやく一本になった洞窟の道の先に光が見えた。

 水流の音がどんどん大きくなっていく。蝉の鳴き声や風の調べも。

 きっと外に通じているのだ。その手前には4人の影もあった。


「あ、林さん! 来栖君と天音も! 無事だったんだね!」


 狭い洞窟の中で、思い切り手を振るのは声をかける咲城さんだけじゃない。

 立野君や安西君。そして俺の友人、永輝もだ。

 彼らに対し、俺は精一杯の返事を。


「―――ただいま!」




「んで、一体どういうことなのか説明してくれないか? 林さん」


 無事の報告も程々に、俺達6人は林さんを半円状に囲んでいた。

 と言っても圧迫感を与え過ぎないように壁際に寄ったりだとか、結構距離は取っているつもりだけど。次いで、永輝たちも言った。


「頼都たちとはぐれてどうしようかと思っていたら、急に林さんが此処まで連れてきてくれたら驚いたよ。そしたら、すぐに頼都たちを連れてくるって言うからさ……」


「結局、林は最初から全部知った上で、この探検に参加したってことか?」


「まさか、こんなオカルトチックな探検になるとはね」


 立野君は懐疑の視線を林さんにぶつけ、オカ研・安西君は感慨深そうに顎に手をやる。なんか某オカルト雑誌の編集長みたいだな。まあ見たこと無いけど。

 するとようやく林さんが口を開いた。


「……何百年も昔、この洞窟は周辺村落の伝統的な宗教儀式に用いられていたの。

 本来は自然の小さなほこらぐらいの穴だったらしいんだけど、ここから見える天降川まで何百年もかけて洞窟として延伸させたらしい」


 何故そのようなことを知っているのかという疑問には、まだ手を付けずに問う。


「その宗教儀式って?」


「大難を防ぐ為に人を生贄いけにえにする……つまり〈人身ひとみ御供ごくう〉よ」


「え……ッ!」

「嘘だろ……」

「そんなことが、この地域で……」 


 咲城たちと同じく、俺も絶句していた。

 人身御供。聞いたことぐらいはある。けれど実際にそんなことが昔、この地域で行われていた……? そんな話は聞いたことが無い。


「台風大雨洪水……。

 そのような大難が起きる前に、それらを起こしていると考えられていた神を鎮める為に、白羽の矢が立った美しい女子おなごが人柱として天降川へ飛び込まなくてはならない……。そういったことがこの地域では、平安の頃から既に行われていたそうよ。最初は川近くの崖から身投げをしていたそうだけど、次第に洞窟の中でお祓い・お清めなどを行ってから、白装束でゆっくりと入水するという形態に変わっていった」


 俺は林さんの横を通って、洞窟の外を見た。そこには山間を流れる、中央に行くにつれてどんどん深くなっていきそうな中規模な川があった。あれが天降川か。

 いくら飛び降りでなくなったからと言って、人柱は怖い。昔は科学が進歩していなかったし、しょうがない一面もあっただろうけどさ。


「けれど日本が近代化していくにつれて、そのような因習・悪習は明治政府によって禁じられた。この地域にもその余波は来て、村長むらおさたちはこの洞窟自体を無かったことにしようとした。山道側の入り口を巨岩によって塞ぎ、全国に存在する天照大神の天岩戸あまのいわと伝説を利用して、洞窟自体の存在意義を改ざんした。その為に、古くからあったこの山の名前さえも変えてしまったの。

 今ではその勝手に創った天岩戸伝説さえ、忘れ去られてしまっているけどね」


「昔は違う名前だったのか?」


「〈東雲山しののめさん〉よ。……天音さんはこの名前、聞いたことあるでしょう?」


 東雲? 一体何の名前だというのだろうか。


「山の管理者の人の名字が……東雲しののめだった」


 ……山の管理者ということは、昔からかなりこの地域では有力な一族だったのだろう。そんな一族が、自分たちの名字が付いた山の名前すら変える。

 一体この洞窟、そして天降川ではどれだけの人が生贄になったのだろうか。

 想像も付かない。きっと数千年も昔からずっと変わらなかった因習なのだ。


「そして私はその東雲家から、あなた達を監視する為に送られてきたの。

 私の母方の実家が東雲家だから、仕方なくね」


 ……なるほど。全て合点がいった。つまり、全貌はこうだ。

 先月の台風とともに現れた豪雨により、天降川の水位は急上昇。恐らく決壊寸前までいっただろう。そして大量の水が洞窟内に流入。

 よく見ていなかったが、水たまりには川魚が死んでいたり動き回っていたりしているだろう。そしてその水流は山道側入り口を塞いでいた巨岩を押し流した。

 結果、巨岩は斜面を転がっていく過程で木々を線状になぎ倒す。

 斯くして岩戸山……じゃなくて東雲山洞窟の封印は解かれかし。その姿を第一に発見したのが天音。早速、山の管理者である東雲家を訪ねた。

 しかし、過去のこととはいえ人身御供のことが明るみになることを恐れた東雲家は存在を否定。それでも探検に行こうとした際の対処として、天音たちと同じ学校に通う東雲一族の一人である林さんに命令を出した。

 探検に同行し、もし仮に探検隊が洞窟の真実に少しでも辿り着きそうになった場合は、そのことが広まらないように釘を刺せ、と。

 林さんは多分、今朝まで徹夜で洞窟内の迷路を叩きこまれていたのだろう。

 俺が流れる水の音に気付かず、探検隊が曲道や分岐で往生して帰る……。そのような場合だったならば、今のようなことをしなかったらしい。


「なあ、東雲家にとって本当にこの場所の存在は知られちゃいけないのか?」


 林さんの話を最後まで聞き終えると、俺は開口一番そう問うた。


「……今の東雲家が本当に恐れているのは、人身御供のことを知られることじゃない。面白半分で洞窟の噂が広められて、生贄となった者たちの霊魂や尊厳が踏みにじられることなの。……どうか、口外しないと約束してくれる?」


「分かった。約束するよ」

「俺も」「私も!」「私も」「俺も」「僕も」

 

 俺を最初にして、永輝・天音・咲城さん・立野君・安西君と、全員が誓った。

 東雲家はしばらくの間、洞窟へ通ずる山道の脇道を封鎖するそうだ。そして正式に人身御供の事実を衆目に公開し、毎年慰霊式を行う準備を始めるとのことだ。

 それが終了するまでの間は、けして洞窟を穢されてはならない。

 流石の東雲家も自分たちによって封じられた洞窟が、神が起こした台風によって封印が解かれることになるとは夢にも思っていなかったようだ。

 神や生贄となった者たちの怒りを知った、ということなのだろうか。

 そして俺達は洞窟を出る前に、天降川に向かって合掌と黙祷を行った。

 確かに続くはずの未来があったというのに、因習と理不尽によってその命を絶つことになった者たち。その全てが常世に導かれますように、と―――。

  



 俺達はまた、林さんの導きで洞窟を出る為に歩みを進めていた。

 俺や天音以外の人達が懐中電灯で、目先の道を照らす。

 コツンコツンと軽い足音が洞窟の中を反響していた。


 ……人生は、未来は、どうだろうか。

 目先の、ほんの少し未来のことも垣間見ることさえできない。

 俺達の目の前には、闇が広がっている。この洞窟のように。

 何も確実なことなんて無くて。未来へ繋がる光も無い。

 けれど、どんな未来が待ち受けているのか分からなくたって。

 俺達にはまだ、未来という可能性が残されている。

 それだけは確かで。……だから。

 俺はまた、夢を見つけてみようって思う。


「おーい、頼都! なに立ち止まってるんだ?」


 気付けば、もう洞窟の入り口近くまで来ていた。永輝の声がする。

 天音や咲城さん、立野君、安西君、林さんも振り返って僕を見る。

 彼らの後ろにぽっかりと空いた大穴の奥から、光が漏れ出していた。

 闇の中に在って、それでも歩き続ければ。

 俺でも何かになることができるのかな。

 そんなことをふと思った。


「ああ、すぐ行く!」


 俺は一歩を踏み出す。光に向かって。闇の中を。

 それを目指す先に、どんな苦難があろうとも。


 だとしても、俺は明日の光へ手を伸ばす。

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だとしても、俺は明日の光へ手を伸ばす。 未翔完 @3840

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