闇の中で


「この音……まさか奥は川にでも通じてるのか?」


 立野君は懐中電灯を前方に向けながら、驚いたように言う。


「えー? それってどういうこと?」


 咲城さんはいまいち分かっていない様子だ。でも無理はない。

 俺だって正直、何故洞窟があるのか分からない。

 この洞窟の大きさ。そしてやけにまっすぐな道。明らかに自然につくられたものじゃない。壁の岩肌も綺麗に削られていて、必ず昔は使われていたはずだ。

 ということは、それを山の管理者が知らないはずはない。天音さんは先日、近くにある山の管理者の家に行って洞窟について尋ねたそうだが、ただ知らないと言われるだけでほぼ門前払いだったという。つまり、知られたくない秘密があるということ。

 ただの楽しい洞窟探検だと思っていたが……どうも違うようだ。


「確かに、岩戸山近くには天降川あまおりがわっていう少し大きな川が通っているって聞いたことある。こんなに歩いたんだ、そこに繋がっててもおかしくないよ」


 オカ研・安西君。直接オカルトには関係無いけど、流石に博識だ。

 天降川ね……。さっきから思っていたが、岩戸山だの天降川だの日本神話に関する地名が多くないか? 天照大神アマテラスオオミカミの岩戸隠れといった単語が浮かぶ。


「……行ってみようよ!」


「お、おう!」

「良いね~。探検らしくなってきたじゃん!」


 天音の強い掛け声に、俺は控えめに。永輝は打てば響くといった感じで反応。

 他の4人も各々反応を示し、少し速足で進んでいく。

 しかし、さっきから林さんの反応が薄い気がする。某チョコバーを食べて、むしろ前より元気が戻っているはずなんだが……。何故だろう?

 まあ良いか。俺達はとにかく先を急ぐことにした。




「……なあ、これ迷ってないか?」

「うん……。永輝君達ともはぐれちゃった」


 あれから更に30分。まっすぐだと思っていた道が急に大きく曲がったり、分岐や傾斜が増えたおかげで、完全に迷ってしまった。

 それに加えて、気付いたら天音さんと二人きりになっていた。永輝達5人は一緒にいるのだろうか……。スマホで連絡を取ろうと思ったが、この洞窟内は圏外らしい。

 おいおい嘘だろと思っていると、俺と天音さんの懐中電灯の光すらもパチパチと瞬きながら消えてしまった。同時に電池切れるとか、どんな神の悪戯だ。

 スマホの写真機能でライトも出せるが……懐中電灯に比べると心もとない。

 

「天音さんは替えの懐中電灯持ってる?」


「……ごめん。持ってない」


 真っ暗闇の中で、天音さんに話しかける。このまま下手に動き回るのは得策じゃないな。俺は天音さんに「壁に寄って待ってよう」と提案した。背中を岩肌に着ける。

 天音さんは小さく「うん」と言ってくれたが、現状は全くと言っていいほど好転していない。永輝達5人が俺達を見つけ出してくれるまで、ここで待っていなくちゃならない。連絡を取れない今、必ず見つけ出してくれるなんて保証はない。

 天音さんの口調が暗く沈むのも当然のことだ。俺だって不安だ。かなり怖い。

 だからこそ、何か話でもして心を鎮めたいところだ。

 俺自身も天音さんも、両方の心を。……暗闇の中で、話しかける。


「この洞窟に関して、少し分かったことがある」


「え?」


 だが、普通の他愛のない話をしたところで、何の意味もない。

 天音さんにとっても気になっているであろうことを話す。それが一番だ。


「まず、この洞窟は絶対に人工的なものだと思う」


「う、うん。それは私も勘付いてた。急に出てきた曲道とか分岐だって、絶対に自然にはできないものだと思う」


「そして、この洞窟はきっとされてたんだ」


 俺の突拍子もない言説に、天音さんは大きな声を上げる。


「えっ!? どういうこと?」


「山道入り口から200m。こんな位置にあって、今まで岩戸山によく行っていた天音さんが気付かないはずがない。洞窟前の大木が軒並み、裾野に向かって線状に倒れていたでしょ? そして洞窟の中がやけに湿っていることを考えると……」


 俺は壁にそっと触れた。洞窟付近よりも濡れている。

 先ほど通った道には、深い窪みにかなりの水が溜まっていた。


「それってまさか……台風が、関係してるの?」


 とても察しが良い。俺は今まで見てきたものを基にして、話を続ける。


「これはあくまで俺の仮説だけど……。先月下旬の台風では、かなりの雨が降った。

 俺はあまり知らないけど、その天降川ってのはそこそこの水量があるはず。

 本当にこの洞窟が天降川に繋がっているのだとしたら、大雨によって天降川の水位が上昇。それによって大量の水が洞窟内に流入し、洞窟入り口まで到達した。

 だが単に水が川から洞窟内部を伝って溢れ出したなら、普通水流はそこで止まるか、広範囲に流れ出るはず。しかし実際には洞窟を塞いでいた何かがあって、それを大量の水が押し出したんだと思う。

 そしてその何かが山の斜面を転がっていった結果、線状に木々がなぎ倒されていった。つまり天音さんが見つけたこの洞窟は、本当は昔からあって山道入り口の方の洞窟は何かによって塞がれ、封印されていた。……俺はその何かがなんだと思う」


 なかなかのトンデモ説だ。肝心の天降川も塞いでいた岩も見たことすらない。

 ただ状況証拠を拾い集めて出した推論にすぎない。

 この猛暑だ、いくら山の方に水が流れ出しても乾いてしまう。だが洞窟内は涼しいし、極めて狭い空間だ。内部に入り込めば入り込むほど、水は残っているはず。

 俺の拙論に対し、天音さんは冷静に言葉を紡ぐ。


「……言われてみれば、そうかもしれない。この洞窟を見つけた時はすごいはしゃいじゃってて分からなかったけど、台風より前に来たときは入り口の方の崖に何か岩のようなものがあった気がする……。あまり詳しくは見てなかったけど」


 お、もしかしたら意外と合っているのかもしれない。

 いやでも、一体どうして洞窟を封印なんかするんだ? その理由が分からない限りは、結局机上の空論にすぎないじゃないか。


「うーん……」


「あはは、来栖君って結構頼りになるよね」


 俺が悩んで唸っていると、その様子を暗闇の中でも感じ取ったのか天音さんがころころと笑った。……俺が頼りになる? 嘘だろおい。


「それ、何かの冗談?」


「ううん。とっても用意が良いし、すごく頭が良い気がする。今の推理とかね。

 永輝君が〈頼都はきっと頼りになるぞ〉って言ってた理由が分かったよ」


「永輝が……そんなことを?」


 天音さんのベタ褒めによって、俺は気持ち悪いことににやけを堪えていた。

 しかしこの闇の中だし、微笑んだとしても気付かれないだろうけど。


「永輝君が嬉しそうに『そうだそうだ忘れてた。俺の友達に、めちゃくちゃ頭が切れる奴がいるんだ。多分、いや絶対に頼りになる。洞窟探検隊の副隊長としては適任だ』って、来栖君を呼んだんだよ?」


「……マジか」


 永輝のやつ、良い奴すぎる。これが本当の友情ってやつか。

 とても青臭い言葉だけど、形容せざるを得なかった。

 それだけ、嬉しかったんだ。とても嬉しかった。


「ほんとに俺なんかには惜しい友達だよ」


 そう嘆くように呟いた。


「俺なんか? どうしてそんなこと言うの……?」


「え……」


 逆に俺の方が、何故そんなことを言われるのか分からなかった。

 天音さんの声が心なしか震えているような気がして、どう返したら良いか分からない。俺は決して自分を卑下しているわけじゃない。

 事実、俺と永輝は違いすぎる。

 俺は夢が無くて、つまらなくて、無気力な男子高校生。

 対して永輝は色んなことができて、色んな奴と仲が良いキラキラした男子高校生。

 共通項は同じクラスだ、ということだけ。それだけで俺みたいな奴が永輝と友達になって、頼りにしてくれる。そんなの訳が分からないじゃないか。


「来栖君は……頼都君は正真正銘、永輝君の友達だよ。

 、なんか付けられるような人じゃない。殆ど初対面の私だって、そう思えるもん。仮に頼都君が永輝君の友達にふさわしくないと言っても、きっと永輝君は〈そんなことない。お前が自分をどう思ったって、俺はお前を友達と思ってる〉って言うと思う。そう言える証拠なんてない。けど、そう思うの」


 証拠なんてない、か。俺の推論だってそれは同じだ。

 肝心の物的証拠は何一つだってない。けれど彼女の言葉はどれも真剣で、核心をついているように感じた。何よりこの少女だって、永輝の大切な友人のはずだ。

 そんな彼女の想いを、単なる憶測だと切り捨てることはできなかった。

 彼女は言った。


「頼都君は、自分が嫌い?」


「いや……嫌いじゃない。けど絶対に好きにはなれない。

 俺が仮に用意が良くて頭が良かったとしても、俺には夢が無いんだから。

 天音さんには夢、ある?」


 天音さんは「天音だけで良いよ」と付け足して応えた。


「私は大学に行って、地学を学ぶ予定なんだ。そして大学院で地質とかについて詳しく研究して、卒業後は研究所で働くのが夢なの」


「地質学……か。なんかかっこ良いな。今の俺には夢とか未来への希望とか、そういうの無いから本当に天音が羨ましいよ」


 自分が好きなことを、やりたいと思えることを学びたい。仕事にしたい。

 本当に素晴らしいことなんだって感じる。けど今の俺には無理なんだ。


「今……ってことは、昔はあったの?」


 その問いを、明るいところでされたら俺は多分答えられなかっただろう。

 けれど今は真っ暗闇だ。天音の顔は見えない。だから話すことができる。

 暗闇だからこそ、できることもあるのかもしれない。


「ああ。中学生の頃は会社の経営者とかになりたかったんだ。

 きっかけは単純でさ、俺の親は共働きなんだ。公務員とかじゃなくて、どちらも同じ中堅ぐらいの商社に勤めてる。両親が家に帰ってくるとすぐにため息をついて、やれ景気が悪いとか上司が理不尽を押し付けてくるとか愚痴を吐いてるんだ。 

 だから自分で会社を興して、従業員にとって良い経営者になってみたいと思った。けど口先だけで実際は簡単じゃないし、自分に何が欠けてるんだろうって考えていくと息が詰まりそうになった。だから、夢を諦めた。

 高すぎる目標と今の自分を見比べて、自分が傷付くことを怖がったんだ。情けない話だろ? だから今は極力、夢を見ないようにしている。

 また夢を見て、未来に希望を抱いて、またそこに辿り着けなかったらどうする? って。そんなことばかり考えてる。だから―――」


「頼都君は、凄い人だと思う」


 そう告げられた。……なんで? 俺はこんなに弱っちいんだと曝け出したというのに。傷付くのが怖い。ただそれだけで夢を断ち切った俺を。


「なりたい自分と、今の自分を見比べる。それだけでも勇気がいるし、本当に頼都君はその夢に対して真剣だったんだと思う。私なんて中学の頃は、まだパティシエとか看護師・保育士とか、女の子っぽい夢ばかり持ってた。

 私が今の夢を持っているのだって、単純に興味があったから。面白そうだったからって理由なの。もしかしたらほんのちょっと大人になる為に、手をじたばたと前に伸ばしているだけなのかも。実現できるかなんて考えもせずに」


 実現できるか、辿り着けるか分からない。

 けど興味があるから。それが良いと思った夢を目指す。

 そんな夢の在り方も良いのかもしれない。少しだけそう思った。


「そうか」


 俺は短く応えた。すると、奥からカッカッと足音がした。

 永輝たちが来たのかもしれない。俺はその方向を向いた。

 多分、天音も。そして、懐中電灯の光の筋が何本も洞窟内を照らす―――。

 いや。違う。スポットライトの数は1本だけ。

 その光明は何回か岩肌を照らし、ついに闇の中に在る俺たちの姿を捉えた。

 懐中電灯を持って、そこに立っていたのは……。


はやし……さん?」

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