洞窟に集いし七人の男女
「ふぅ、ふぅ」
「お。来たか。頼都久しぶり! こっちこっち!」
田園地帯を抜け、舗装もされていない坂道を自転車で走っていた。
汗はだらだらと額から、全身の
それでもここまで進んでこられたのは、やはり理屈を超えた好奇心のおかげ。
そして坂道を登りきったところには、同じくその好奇心に突き動かされた友人の姿があった。夏だというのにそこそこ長い茶髪で、結構な汗をかいている。
だというのに爽やかに見えるのは、彼のイケメン要素が高いからか。コミュ力が高いとでも形容しようか。もしくは単純に……チャラい?
学校では唯一無二と言っても良い友達に、そんなことを言うと失礼だが。
「よっす、久しぶり。永輝」
「ちっすちっす。課題やってるー?」
「いきなりそれかよ……。程々にやってるよ、普通」
こんな暑い夏の坂道の上で、男子高校生二人が出会ってすぐにその話するか?
永輝は白シャツ1枚に紺の短パンという超軽装でかなり涼しそうだが、俺は色々と入れすぎたせいで重くなったリュックに途中途中振り回されながらここまで来たのだ。多少イライラして、更に体感の暑さが上がったことは言うまでもあるまい。
「そっかー。俺は全く。さ、行こうぜ! 岩戸山洞窟!」
あまりの話題の切り替えの早さに少し辟易としつつも、俺は応える。
「おう……どっちだ?」
「ここの細いけもの道を向かうこと200m!」
「結構近くね? 全然隠されてない感じなの?」
よく見ると、山道入り口から少し進んだところの左に細い抜け道のような間隙がある。確かに人工的に整備されているようには見えず、動物たちが踏み
そんな道を200mぽっち進んだところにある洞窟を、この山の所有者が知らないなんてことあるのだろうか? そういうのにあまり興味が無さそうな永輝が探検しようなんて言うくらいだから、結構デカい洞窟のはずだし。
所有者の目が節穴だったのか、もしくは……。
「隠されてないも何も、結構な大穴が開いてるんだよ。奥にも結構続いてる」
「なんだそれ。気になるな」
永輝が先導し、俺も自転車から降りてそれを押しながらけもの道を進んでいく。
山道近くとはいえ結構木々はぎゅうぎゅう詰めになっていて、無造作に伸びた枝葉が俺たちから見える蒼穹を覆い隠し、僅かな木漏れ日が注ぐ。
中々涼しい。心なしか発汗も止まって、奥の方から吹き抜けていく涼風は今まさに俺が欲していたものだ。そんな小休止にも似た時間はやはりすぐに終わってしまうらしい。数分と経たずに開けた場所が見えてくる。200mと言っていたし、こんなものか。すると騒がしい蝉の啼声とは別に、がやがやと複数人の話し声も聞こえてきた。
「友達、連れてきたよー!」
「お疲れー。その人が来栖君? なんか見たことあるかもー」
「頼都だっけ? 今日はよろしくな」
「ちーっす。
「よ、よろしく……」
俺を出迎えたときと同じく永輝が手を大きく振ると、気づいたのは男女それぞれ2人ずつ。最初に応えた金髪のギャル風女子は、学校でも見た記憶がある。派手だからな。そして続いて二人目は、割と真面目そうな短い黒髪男子。見たことは多分無いけど、身長や肩幅が大きいしラグビー部とかの人かな? 水泳もやってそう。
三人目で早速名乗ってくれたオタクっぽい緑の天然パーマ男子は確か、芸術選択で一緒の書道だった気がする。四人目の紫髪女子はマジで知らないけど、人見知りな感じがして眼鏡をかけているので心の中では腐女子認定しておこう。マジで失礼だな。
「ねえ
金髪女子が話しかけるのは、唯一永輝の手振りに反応すらせずにずっと崖の下の大穴を見つめていた少女。かなり真剣な表情だ。
そして俺と同じく、背負っているリュックは結構な大荷物。
「えっ? あ、うん! 来栖君よろしくね!」
はっと我に返ったような反応を見せるのは、金髪女子と負けず劣らずにそこそこ男受けが良さそうな、可愛らしい碧髪の女子。天音……聞いたことあったかな。
さて、俺も含めて岩戸山洞窟探検隊は7人か。天音さんたち5人はどういう集まりなのだろう。全員が永輝に呼ばれたのだろうか。
俺はすぐそばの木陰に自転車を停め鍵をすると、リュックをよっこいせと背負う。
そして、離れた所にいる天音さんにも聞こえるように少し大きな声で呼びかけた。
「えーっと、永輝から聞いてると思うけど。俺はC組の来栖頼都。
今日限りの付き合いかもだけど、自己紹介してくれたら助かる。天音さんも!」
「おっ良いね。一応俺も。頼都と同じクラスの尾鷲永輝ね。
生徒会とか男子硬式テニス部とか天文部とか、色々やってるよ」
相変わらず永輝は凄い。その掛け持ちは中々できることじゃない。
一体どんな体力してるんだ。帰宅部の俺には想像もつかないな。テストの順位もそんなに悪くなかったはずだし、普通な俺にとっては雲の上的な存在だ。
そんな彼が俺と友人ってのも中々不思議なことだが。
すると、次々に金髪女子から挨拶をし始めた。なんだかリレーみたいだ。
「あたしはA組の
女子軟式テニス部だけど、ほぼ幽霊部員かな。趣味は料理とか」
ほう、咲城さんね。男子硬テニも女子テニスも活動場所はほぼ一緒だから、それで永輝と仲良くなったって感じかな。ギャルっぽいと先程は思ったが、真正面から見てみると化粧はナチュラルだし、黄色のワンピースもとても似合っている。
「んっと、俺はD組の
ラグビー部と水泳部を兼部してて、結構体力には自信ある方」
予感的中。やはりラグビーと水泳か。
繋がりは分からないが、多分永輝にガテン系として招集された口だろう。洞窟探検においては何かと立野君にお世話になるかもな。
「僕は
謎の洞窟と聞き及び塾の夏期講習休んで、飛んで来た。言うまでもなくオタクさ」
えっ、うちの高校にオカ研なんてあったっけ?
部活動紹介の欄にも無かった気がするが、非公式なのか……? 安西君の謎の天然パーマが更に、彼の不思議要素を高めている気がした。
「……えっと。私はD組の
文芸部と料理研究会に入ってる。あんまり体力には自信ない……かな」
言葉の端々から自信のなさが滲み出している林さん。完璧なるインドアだな。
他の人達に比べて、本当に何故ここに来たのか疑いたくなる人だ。
そして最後。洞窟の方からてくてくと歩いてきた天音さん。
「ごめんね、ずっと洞窟ばっかり見てて。私はE組の
尾鷲君と同じ天文部なんだ。そして今回の洞窟探検を企画した張本人が私」
「張本人……ってことは、永輝が皆を誘ったんじゃないんだ」
確かに永輝はあまり、洞窟見つけたから皆で行こうってタイプじゃない。
社交的ではあるけれど一人でも十分に行動できるのが、尾鷲永輝という一見して完璧のようにも思える男子だ。
「いや、洞窟探検しようって天文部の時に言ったのは天音だけど、色々と人を集めたのは俺なんだ。最初に咲城と安西を誘って、その後に咲城が立野を。立野が林さんをって感じで。頼都は……当日になるまで誘うの忘れてた」
「おいおい酷ぇな。にしても、なんで天音さんはここを探検しようと思ったの?」
薄情な永輝にツッコミを入れつつ、俺は天音さんに問う。
天音さんは天文部ということらしいが、どうやってこの洞窟を見つけて、そして人を集めてまで探検に赴こうとしているのだろう。
そういうのは、実在すら不明なオカ研部員・安西君の
「なあ。結構暑くなってきたし、いい加減洞窟の中に入らないか?」
そう言いながら汗を拭う立野君。確かに時間が経つほど、太陽の高度は上がっていく。俺もそうだが、皆もこの暑さで滅入っているに違いない。
洞窟の中に入れば、多少は涼しいだろう。
「あ、ごめん。じゃあ、皆で洞窟探検の第一歩を踏み出すってことで」
「オーケー。実は俺達まだ入り口だけで、中に入ったことなかったんだ。
天音もそうだろ?」
「うん。奥に続いてるか確かめる為に、中を覗き込んだことはあるけど」
なるほど、誰も抜け駆けした人はいないってわけか。
……いや別に抜け駆けしたって良いんだけどね? なんとなく、未開の洞窟を見つけて人を集め、その謎に迫る……ってのは中々童心をくすぐるものがある。
その洞窟が岩戸山なんてすぐ近場にあったんだと思うと、それに対する好奇心は計り知れないものがあるだろう。多分その気持ちは、洞窟探検隊として集まった皆が持っているものだと思う。第一発見者の天音の想いなんて、俺の比じゃないはずだ。
俺は洞窟の前に立とうと、歩みを進める。
ふと後ろを振り返った。背中に向かって一陣の風が吹いたからだ。
視界にまず映るのは、停まっている幾つかの自転車。そしてその後ろにある大木が何本も、奥の方に向かってなぎ倒されていた。勿論今倒されたわけじゃない。多分この前の巨大台風が俺たちの地域を襲った際に、破壊していった残骸だろう。
……にしては不可解な点があった。台風によって木々が倒されるのだったら、それは線ではなく面の破壊だ。山の木々の広範囲がなぎ倒されていないとおかしい。
しかし山の
「おーい頼都ー。早く来いよ」
「あ、ああ。今行くよ」
疑問符が頭に浮かびその原因を探ろうとするも、思考は遮られた。
永輝たち6人は既に、岩戸山洞窟の前に並んでいたからだ。
すぐに永輝の横に並ぶ。俺達7人が横一列になっても、一歩踏み出せば洞窟の中に入ることができる。それだけこの洞窟は大きい。別に深い森の中に隠されているというわけでもなし、開かれた山麓の崖の下にある大穴だ。
一体どうしてこれが見過ごされてきたのか、これが分からない。
だが今だけは、そのことを忘れよう。
「んじゃ、岩戸山洞窟探検隊の記念すべき第一歩ということで。……せーの!」
永輝の掛け声。この探検隊の隊長は多分天音さんなのだろうが、こういう役回りはまさに永輝の十八番だろう。
「「「「「「「せーの!」」」」」」」
俺達7人の、不思議と息の揃った掛け声。
俺以外の人同士は多少面識があるだろうけど、俺は永輝以外の少年少女のことを誰一人として知らない。けれど彼らは俺と同じ高揚感だとか期待に胸を躍らせている、いわば同志なのだ。だから踏み出す足並みだって揃う。そういうものなんだ。
そして洞窟の中の、少し湿った地面に足を着けた。内部は思ったよりずっと涼しくて、けれど思ったより湿気が多く、じめじめとしていた。
何より、目の前には闇が広がっていた。
30分くらい経っただろうか。
俺達は未だ、洞窟の中を突き進んでいた。
そして……。
「本当にさっきはありがとね! 来栖君! まさか中に蚊がいるなんて」
「肝心の懐中電灯が切れちまってるとはな……。本当にありがとな!」
「僕、ちょっと寒がりでさ……。一枚羽織るものがあるだけで助かったよ」
「……ごめん、ね。ちょっと徹夜明けで、なんにも食べてなくて」
俺は4人に感謝されていた。何故かと一言で言ってしまえば、俺の用意の良さが物を言ったのだ。まずこの洞窟の中には何故だかかなりの水溜まりがあって、そこを住処として多くの蚊が飛んでいた。他の人たちは探検用に長袖の服を持ってきていたが、咲城さんはワンピース一枚だった。……まず、俺達の中で咲城さんだけめちゃくちゃ軽装だったからな。小さな懐中電灯の入ったポーチを掛けていただけだった。
なので俺が虫よけスプレーを貸した。これは自分用としても持ってきたもの。
次に、立野君は一見全てOKなようにも思えたが、持ってきた懐中電灯が電池切れを起こしていた。その為、万が一にと持ってきた2本目のMy電灯が役に立った。
そしてオカ研・安西君は流石に大丈夫だろうと思っていた矢先に、彼が季節外れのくしゃみを連発。鼻水も出ていた。確かに洞窟の中はひんやりとしていたが、それにしてもかなりの寒がりらしい。ということで俺が少し厚手の灰色パーカーを貸した。
最後に……。懐中電灯で先を照らしながら進んでいる最中に、林さんがふらふらになっていたのである。洞窟探検前日だというのに徹夜で、有名な某
まあそれはともかく、俺は林さんに某一本満足なチョコバーをあげた。
そんな調子で、俺が色々と詰め込んだリュックのおかげで洞窟探検隊の危機は過ぎ去ったというわけ。そして俺は、若干ながらも初対面の同級生たちと仲良くなることができた。……随分、都合の良い話だとは思うが。
それにしても、4人の危機を除くと俺たちは結構順調な道程を歩んでいると言える。この洞窟はかなり奥に続いているようだが、分岐は驚くほど少ない。
ほぼまっすぐの道を辿っているのだ。あまりにも順調すぎると、逆に心配になる。
「なんか嫌な予感がする……」
「え? 来栖君、何か言った?」
「いや、何でもない」
今の俺達の並びはこうだ。一番後ろを永輝が務め、他の6人は2人1組。一番前は俺と天音さんのペア、次に立野君と林さん、そして咲城さんと安西君だ。
俺がボソッと放った一言を横の天音さんは捉えていたようだが、あまりネガティブなことは言うものではない。俺はしらを切った。
さて、さっき聞いた話では天音さんがこの洞窟を見つけたのは、先月の30日だったという。ちょうど台風が俺たちの地域を完全に過ぎ去ったのが29日の夜だから、その翌日に見つけたことになる。彼女の家は岩戸山にとても近いらしく、よく訪れているらしい。そんな中、偶然見つけたのがこの洞窟というわけだ。
彼女は天文部だが、地理とか伝奇とかそういうものにも興味があるらしい。やはり夢もそっち方面なのだろうか。……夢があるって羨ましいな。
それはともかくとして彼女は8月になってから部活で、永輝に人を集めてもらえるようにお願いしたのだと。人が必要かもしれないから興味がある人を呼んで、って。そんなわけで招集されたのが俺達。
後ろでは意外にも立野君と林さんが喋っていて、永輝&咲城さん&安西君はもっと話に花を咲かせていた。まああのクセが強いメンツが集まれば、嫌でも話は盛り上がりそうなものだけど。一方、俺と天音さんは終始静かに歩いている。
さて、何か話でもしようか……。
そう考えていると、奥の方から何やら小さな音が続いて聞こえてきた。
「! 皆、ちょっと聞いて」
俺がそう言うと、洞窟の中には静けさが満ちる。
すると本当に小さいながらも、水が連続して流れる音がした。
俺の頬に、一粒の汗が伝った。
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