夢の中の魔法少女 15

 淡く消え入るような薄闇。どこまでも続くと思わせる長い廊下を、二人と一匹は走った。少年は、少女と一匹の後ろ姿を見つめる。得体の知れない世界で、その恐怖心よりも、別の思いの方が勝っていた。「仲間」という言葉が胸に沸き起こる。彼らといると怖くない。そう素直に感じていた。


 フォレストは美術室の扉の前で止まった。ネコがその足元にすり寄る。

「ここやな。おるで、強力な魔力や」

「こいつが実体化した本体ね」

「せやな、間違いないやろ。この波長は」

 フォレストはそっとネコに一瞥を入れた。もう本当に読み違いは無いわよね? とでも言いたげに。


 扉を開くと、途端に二人と一匹は眩しい光に包まれる。

 

 少年は頬に優しい風を感じ、不用意にも、心が穏やかになっていく自分を感じた。


 彼は思った。ここは、いつもの教室?


 窓から見えた透き通るような青い空、優しい風が吹き込みカーテンがゆっくりと揺れる。落ち着いた陽光に満ちた教室。靡くカーテンの脇に、その相手は居た。そのままの、いつもの彼女らしい笑顔だった。

「あっ、南──」

 辛うじて口を塞いだ少年。それはここが悪夢の世界であり、相手は悪夢の本体、敵であることを認識してではない。ほぼ条件反射で、度々ネコに注意されていた流れで出来た事だった。

「あん? なんやこれは!?」

 ネコは、誰にも聞こえない程度に呟いていた。


 その相手は、少年もフォレストもよく知る美貌の同級生の姿をしていた。夢魔であることに間違いない。しかし、フォレストさえ目を見張るものがあった。


「どうしていつもそんなに怖い顔をしているの?」

 美貌の同級生は言った。

「正直に言うとね、私はあなたの事が心配なの」

「……」

 フォレストは黙って相手を見据えた。間合いを見極めているのか、或いは動揺、思う所があるのか。


「あなたはみんなに誤解されていると思うの。でも、あなたがそのままでもいけないと思うの。あなただって、本当の本当は、望んでいないのでしょ?」

 胸の前で両手を握り締め、思いを伝えたいという意思が迫真に映る。その可憐さ、少年は当人としか思えないその仕草を見逃さなかった。


「マジか、夢魔がここまで露骨に心理作戦に出るとは。てかそうなん? フォレスト、この子もクラスメイトなんやろ?」

 フォレストの後方、相手の死角になる位置から覚られないように思念で語り掛けるネコ。

「獣のようやった前回とはまるで違うわ。作戦を変えてきよったな。もしかして、ほんまもんに近いんか? ほんで波長も妙な感じやでぇ」

 フォレストは黙として答えない。

 しかし、速攻をかけようと、バトルアックスを握る拳に力をこめ、右足に重心を移したその刹那──、美貌の同級生は前に出た。不意に、としか表現できない程それは何の警戒心もなく、寧ろ隙だらけであった。悪夢の本体を前にして、しかしあまりのノーガードに逆に違和感を察し、フォレストは踏みとどまってしまうのだった。


「私は、あなたと友達になりたいだけなの」

 美貌の同級生は瞳を潤ませ、そう訴えかけてきた。

 

 が、それを跳ね返すように鋭く見据え、答えないフォレスト。まるで氷のように。


「あれ? ちょっと動揺してない? 相手がめちゃめちゃ美少女やからかぁ?」

 ネコは緊張感のかけらも無い思念でフォレストに語りかけた。が、フォレストは眉一つ動かさず、そして返事もしなかった。


「あなたは変なモノに惑わされているだけ。本当のあなたはそうじゃないはず。私にはそう感じるの」

「って、それワシの事かえっ!」

 とのネコのつっこみが早いか、フォレストは前に出た。

 一気に踏み込んで斜め下からすくい上げるようなひと薙ぎ。美貌の同級生はあっけなく両断された、が、それは残像であった。そこにはもう誰もいない。カーテンが優しく揺れていた。

「!?」

 素早く振り返る。焦りはない。が、その目はいつの間にか背後に回っていた美貌の同級生を捉え、大きく見開いた。相手は少年の傍らに佇んでいた。


「あれ!?」

 少年には何もかも見えなかったのかも知れない。その存在に気が付くのに、ふた呼吸ほどを要した。自身の傍らに立つ美貌の同級生を目の当たりにして絶句、或いは見惚れているのか、ポカンとした口は何も言わなかった。


「なんやなんや? 鮮やかな動き、やっぱし戦闘しかないな。しかしこの身のこなし、どっか生身じみとる感じ、当人の動きまでトレースされとるんか? 現実世界で少年がこの子と接点持って、そんで心に入った当人の思念までもが悪用されとるとかかな? こりゃ少年も結構あれってことか? そうなんかなぁ? フォレストはん」

 どこか含みを持たせた言い方に、僅かに反応するフォレスト。ネコは未だ緊張感のかけらも無い。

「知らないわ」

 ようやく返事をもらえたが、あまりの素っ気なさに、ネコはやや怪訝に片目を瞑った。

「なんや良くない流れやな。少年を取り巻いて、フォレストを含め、妙な波長の共鳴が渦巻きそうや」

 そんなネコのぼやきを聞き流し、フォレストは自身の霊力を上げた。バトルアックスが青白い光を帯びる。

 

「そんなんじゃだめだと思うの。きっとそう! お願い、力を貸して、彼女は見失っているの! 何かに惑わされて、操られているわ! 私は彼女を助けたい、協力して欲しい」

 突然、美貌の同級生は少年の腕に手を回し、抱き付き訴えた。「うぇえっ!」と間抜けな声を上げ慌てる少年、だが、されるがままであった。

「なっ──」

「ってぇーっ! なんやこれぇっ! まさかの色仕掛けか! 色仕掛けで悪夢にとりこんだろーっちゅーんか! こんなケース前代未聞やな、マジで。思春期男子がターゲットやからか? こやつらぁ、ほんま恐ろしわぁ」

 当のネコも前代未聞なほど面白がっているのでは? としか感じられない波長を読み取り、フォレストは気に病むような一瞥を入れるが、今はもう考えている余裕はない。対峙しているのは悪夢の本体なのだから、と視線をすぐに戻した。


 一歩踏み出すフォレストを前に、美貌の同級生は少年の背後にそろりと身を隠した。少年は、どうしたものか? というような顔で戸惑っている。が、じりじりと間合いを詰めるフォレストに対し、少年を盾にくるっと身を回し、フォレストから隠れチラっと見つめる瞳。悪夢と思えぬ可憐さが、フォレストの冷静さをチクリと刺激した。


「どいて!」

 やや強い口調ともとれる。フォレストは少年に対して言ったのだ。

「いや、でも──」

 バトルアックスが更に青白い光を放ち、燃えるように湧きあがる。

「分かっているの? 今の状況が」

「分かっているよ。でも分からない、一体どうすればいいかなんて、これは一体何を意味しているのか?」

「意味なんてないわ」

「そうじゃない。君自身にとってだ。やるべきこととかじゃなくて」

 少年は美貌の同級生をかばうように、そしてフォレストを制するかのような立ち位置で身体を動かしていた。恐らくは無意識に。

「てか何をやっとんねん、学園ドラマかっ! ラブコメかっ! 少年を中心に少女がくるくる回りよってからにぃ」

「ネコっ!」

 フォレストは叫んだ。

「冗談や、少年の心の波長はモニターしとる。問題ない、騙されんやろ。しかし、この悪夢は何がしたいんやろか? 時間稼ぎか、こんなことしても少年が騙されて悪夢に落ちることはないやろ。てか、なんやこの茶番のような悪夢は、余韻を残して現実世界になんらかが作用するかもしれんなぁ、なんてぇ──」

 と言い終わる前にフォレストは動いた。一気に間合いを詰め、身体を大きく捻り、バトルアックスを横一線に振りぬこうとする。

「まさか少年もろともたたっ斬るつもりかっ! 明晰夢やから少年が多少怪我しても平気やろうってかぁーっ?」

 しかしそのすんでの所で、少年がフォレストに飛びついた!

「なっ!」

「ちょっと待って」

 彼の何かを悟ったような目、フォレストは何かを直感したが確証は持てなかった。しかし、寸止めで戦斧の一振りを止めていた。斧刃は少年の首元ギリギリで静止していた。

「脅し含め少年が退くと思たか。流石に本気でたたっ斬るフォレストちゃんではないわなぁ」

「ちょっと待って、フォレストさん」

 少年はいたって落ち着いた口調だった。そして美貌の同級生に向き直り、彼女の肩を押して、美術室のドア口まで彼女を連れていく。

「はっ? どうゆうこっちゃ? 少年、どないした? あへっ?」

 少年の不意の行動に、ネコもポカンと見過ごしてしまう。


 美術室のドアの前までくると、少年は言った。

「君がではないのは分かっているけど、夢の中の幻だとしても、それでもフォレストさんに君を、彼女の姿を、切り裂いて欲しくはないんだ。同級生を切り裂くなんてことは、やっぱり良くないよ。彼女にとっても」

 そう言って、美貌の同級生の返答も遮り、彼女を、彼女の姿の夢魔を、廊下に押し出した。そして、ぴしゃりとドアを閉めたのだった。


「なっ? なんやそれ?」


 フォレストは黙って見ていた。このことが何を意味するのか測りかねていた。勿論夢使いとしての経験上でも、判断がつきかねる事例であった。方や経験豊富なはずのネコは呆気にとられたといった様子で、魔力検知にほんの一呼吸の遅れをとった。が、これが致命的だった。


 突然、美術室内が暗黒に包まれる。


「こ、これはっ!?」

 少年は動揺したが、異変の原因にネコもフォレストもすぐに気が付いた。

「ちゃうでぇ! あれはフェイクか? あの娘は本体やない。この部屋にはまだ悪夢本体の波動がある! それも、さっきよりも桁違いに強力なやっちゃ!」

「実体が見えない相手なの? 魔力の解析を急いで!」

 フォレストは戦斧を振りかざし叫んだ。バトルアックスのその青白い閃光によって、辛うじて闇を照らしていた。


「いやっ、まさかっ! こいつぁ、この教室自体が、ていうかこの空間が悪夢の本体っちゅうんか!? ほんならワシ等、すでに取り込まれとるって事か?!」

「ネコ! 彼を──」

 ネコの表情が見る見る歪んでいく。フォレストも嘗て見たこともないほどに。

「ここは檻でさっきの娘は鍵かっ?! 檻の中には入って鍵を放り出してしもたってぇ事かぁ!? んなアホなぁ──」

「ハッァアアアーッ!!」 

 ネコが言い終わるが早いか、戦斧を両手で持ち、フォレストは雄叫びを上げ、霊力を一気に最大まで引き出し──バトルアックスが溢れんばかりの青白い光に包まれ──ハンマー投げの如くるっと身体を一回転させ猛烈な勢いその流れで、横一線に大きく振りぬいたのだった。斧刃の軌跡は円を描き、閃光が巨大なリング状の刃となって、その空間全体を切り裂いた!


 バトルアックスが闇を切り裂く。轟音と共に、校舎そのものが一刀両断された。


 美術室の上から全てが吹き飛んで、そこはまるで屋上のようにすっからかんとなってしまった。


「うげげげっ! フォレスト、ワシ等もたたっ斬るつもりかぇっ! 少年っ!」

「僕は大丈夫です!」

 崩れた壁の隅でうずくまっていた。


「てゆーか! 校舎をぶっ壊してもあかん! すでに結界のようにワシ等は取り込まれとる。少年の魂はロックされとるし、それに連動させたワシの波動も固定されてもうとるっ!」

「ネコ、それなら校舎のある空間一帯を吹っ飛ばすわ! サポートできる全霊力を私に流して!」

 フォレストは更に霊力を上げた。戦斧がまるでハンマーのように分厚く変形する。

 

「あかんのや! この空間にある構造物を全てすっ飛ばしてもあかんのやっ! この闇の檻はすでに別次元の波動に繋がっとるんやぁ、マジでやばいでぇ、見てみぃ! 悪夢世界の光がどんどん遠くなっていっとる。収束しとるんや、ワシ等どんどん小さくなっとる。ブラックホールのように特異点までの収束が、もう始まっとるんやぁっ! ワシとしたことがぁ、あかんっ! ワシ、何をやっとるんやワシぃーっ!」

「ネコっ、落ち着いて!」

 フォレストは大きな声で叫んだ。

 

 少年は黙って聞いていたが、その声はやはり現実ののものであると、この奇妙な悪夢の中で改めて感じたのだった。そして同時に、その声色は今まで聞いたこともない、彼女には珍しい、或いはあり得ない、と思えるほど、初めて聞くものだとも感じた。


 危険が迫っている。


 少年は波動を感じ、自分も判断できることを知ったのだった。





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