クラスメイトの彼女 14

 僕は何かに押されるように、目を覚ました。

 

 それは不安、或いは恐れといった良からぬ余韻を心に纏わせた目覚めだった。


 いつもの「朝か」とも思ったけど「あれ?」何かがおかしいとすぐさま感じた。真っ白なシーツの布団。知らない匂いがする。「ここは、僕の布団じゃない? どこで寝てたんだっけ? というか、寝てた? いつから? 今はいつ?」思考が頭の中を駆け巡ったけど、辺りが妙に明るいことに気が付き、パリッとよく糊がきいていている覚えのないシーツを押し退け、僕は身体を起こした。


「おっ! 目を覚ました! てか急に無言で起き上がるなよ、こえーな、ゾンビかよっ!」

 という聞き慣れた声と共に、見慣れた顔が目の前にあった。「あっ、いた!」と、すぐさまそう感じた。

「中村っ! 大丈夫なのかっ!?」

 咄嗟に出た言葉に、自分でも「はっ?!」と驚いた。呆気にとられてしまったと言っていい。恐らく中村もだと思う。しかし、妙な違和感もあった。というのも、それがおかしなことを言っているとは感じない、寧ろ当然ではないか? という思いも、ちゃんと僕の中にはあったのだ。何故かは分からなかった。

 

 中村は「はあ?」というような顔をして、その変顔のまま大笑いした。

「なに言ってんだ海斗っ! おまっ、マジでウケるから。大丈夫なのか? は、お前の方だっつーの! なんだよいきなり、起きたと思ったら、てか、それ反則、そのギャグセンスすげーよ、マジでウケるわぁ──」

「いや、あれ? 僕は──、なに言ってるんだろうか?」

「は? あれれぇ? 狙いじゃないの、マジでボケてんのか海斗? なんだよそれ、どうした? 珍しいっていうか、ほんとかよ、それもウケるわマジで」

 中村は腹を抱えて笑った。

「痛い痛い痛い、お腹痛いよ、マジ勘弁してくれぇ、海斗ぉーっ!」


 冷静に考えて、確かにおかしなことを言っている。でも、中村の顔を見て、すぐに が真っ先に頭に浮かんだのだ。理屈なんて分からない。悪い夢でも見ていたのだろうか。──いや、悪い夢を見ていた気がする。そしてそれは、何か大切な、忘れてはいけない事だったような、そんな気もしてきたのだった。


「僕はどうして寝てたんだ? ここは保健室?」

「なんだよ海斗、ホントに覚えてないのか? おま、体育の授業中に突然倒れただろ」

「ウソ!? そうなのか?」

 見ると、確かに僕は体操着を着ていた。

「なに言ってんだよ。準備体操中に海斗が自分から立ち眩みするって言って、それでその場でうずくまるから、俺が保健室まで肩かして連れてきてやったんだろうが。一応ちゃんと歩いて来たんだぜ、ここまで。そんで保健の先生がベッドで少し横になっとけって。そしたら寝息たて始めてよ。スースー眠っちまったんだよ」

「本当に?」

「ウソ言ってどうすんだよ。マジで覚えてないのか?」

「全然記憶に無い」

「スースー、めちゃ気持ちよさそうに寝てたし。そんで突然起きて、大丈夫かーって、なんだよソレ」

 中村は呆れるというよりも寧ろ、頭大丈夫か? と言うような、やや怪訝な表情をして僕を見るのだった。 

「そうか。で、杜乃さんは?」

 と訊いて、その刹那僕はハッとした。ちょっと待て、僕はなにを訊いているのか──、今度は杜乃さん? 自分で言っておいて、もはや困惑した。ところがこれもまた、偽りなく本心だった。中村の次に彼女の安否が気になったのも、素直な気持ちなのだ。何故そう感じたのか? そして中村は案の定、困惑していた。

「は? 海斗、なに言ってんだ? ここにいるわけないだろ、てか、杜乃さんは休みだよ。朝話してただろ? おまえほんとに大丈夫か? てゆーか、ぞっこんだよな。あれか? また異世界に行っちまってたのかぁ?」


 あっ! 


「異世界──、そうかもしれない」

「はあぁ?」


 そう異世界、というよりも悪夢だ。僕はきっと何かを見ていた。それはとても困難で、困った状況なのだ。そう思うと、胸の辺りがぞわぞわとしてきて、何をしたらいいのか分からないのに、居ても立っても居られない気持ちになった。


「異世界は本当にあるのかもしれないな」

「オイオイオイ海斗、いつからオカルト系になったんだよ。貧血から何かが覚醒しちまったのか?」

「どうだろう。ただ単に、寝ぼけてただけかもしれないけどね」

 そう言うと、中村はまたいつものような人懐っこい大きな笑顔で、うんうんと頷いた。


 しかし、それならそれで、少し寝ぼけていただけなら、普段なら特に気にもしなかったと思う。でも、この違和感は「単なる夢」で済ますべきではない、という知らせのようにも感じた。何か重大な、僕の心の深層から、ある種の警告にも似た、知らせ。覚えていれば、覚えておくべきだった? いや思い出せ! 心の奥でそう言っている。もしくは未知の何かが伝えている? もはや超感覚的な体験、と言っても過言ではない。大げさでないほどに。


 僕はどんな夢だったかを必死になって思い出そうとしていた。が、掴めそうで掴めない。恐らく数分間黙り込んでいたと思う。しかしその空気を変えるように、不意に中村が思いがけないことを言ったのだった。

「そうそうそう! そんなことよりよぉっ! そう言えばよぉ、さっきまで南埜さんもいたんだぜっ! ここにっ!」

「え!?」

 南埜茉莉──!?


「学園のアイドルっていうか、俺のアイドル? 茉莉ちゃんがよぉ、わざわざ保健室に様子を見に来てよ! そんでよぉーっ! 俺と友達になって欲しいってよぉーっ!」

「ええっ?!」

 友達? 南埜茉莉が、中村と?


「てゆーか海斗おまっ、昼休みに裏庭で茉莉ちゃんと話ししたんだろ! 何故俺にすぐ言わないかっ! そんな重大なこと!」

 目を大きく見開き、身振りも芸人のコントのように大きくして中村は言った。テンションは最高潮といった感じで。

「あっ!」

「あ、じゃねーよ。茉莉ちゃんが俺と友達になりたいって、海斗に相談しに来たんだろっ! 秒で言えよ秒で、なにセルフで戸惑ってんだよ、親友だろ俺たち? てか、南埜さんが突然そんなこと言ってきたら、テンパるだろうけどよ」

「いや、まっ、なんていうか、すぐ言わなかったのはスマン。どう説明したものかと、迷って──」

 というか、少し違うだろう。

「というか、南埜さんは、裏庭の花壇の手入れを手伝いたいからと──」

 ではないな、南埜さんは一体どこまで中村に話したのか? それとも僕に言ったことと違うのか?

「というか、彼女は杜乃さんと、友達になりたいって言ったんだよ。僕はそう聞いた」

「いやま、そうなんだろうけどよ、てかよ、わざわざ保健室まで様子見に来て何事かと思ったらよ、俺も海斗と一緒に園芸やってるなら、ぜひ私も仲間に入れて欲しいのぉ、ってよ、南埜さんがよ、懇願されたんだよ! この俺に! あのキラキラした目をウルウルさせてよぉっ! って事はよ、ひょっとしてこりゃぁ遠回しに俺と友達になりたいってことじゃね? 杜乃さんは、まあ口実というか、照れ隠しじゃね?」

「あっ──」

 底が抜けたようなポジティブシンキング、中村。完全に舞い上がっているのか、都合のいい解釈がどこまでも広がっている。こういうのを我田引水というのだろうか。

「まあ、そういう考え方も可能性はゼロでは無い、というレベルでワンチャンあるかも、というか無いかもというか、南埜さんは、園芸も好きだし、前から裏庭の花壇が気になっていたし、それに本心で、杜乃さんとお友達になりたいって、それで出来れば彼女に剣道部にも入って欲しいって、僕にはそう言っていたよ」

 とにかく状況を整理しようと、僕は出来るだけ簡潔かつ具体的に説明したつもりだったが、全部話してよかったのかどうか。

「剣道部?」

「そう。剣道部、彼女、数少ない剣道部部員だそうだね」

「マジかぁ、陸上部期待のホープのこの俺に──」 

「いやいや、まだ部活に入っていない杜乃さんにだよ!」

 どこまでも都合よく受け取るつもりか、中村。半分冗談だとは思うが。

 

 しかし南埜さん、ちょうど中村と僕の二人のところに、そこでもう一押しすれば話は早いだろうと、そして中村も巻き込んでしまえば、杜乃さんも嫌とは言えないのではと、半ば外堀を埋める戦法で来たとでもいうのか? そもそもまだ中村も手伝っている訳では無いし。先読みして? 目的の為なら手段を選ばない? 彼女の決意の強さ、僕にしてみれば、些か度を越した「友達になりたい」だった。


 アイドルに熱狂するコアなファンの如く、学園のアイドルが杜乃さんに熱狂している。不思議なものだ。


「てかよぉ、俺、南埜さんと二人っきりでガチで話したの、初めてだなぁ、感動だぜぇ。これは俺に波きてるなぁ」

 いや、僕もいただろ。寝てたけど。

「マジでやべぇ、マジで。そんでよぉ、茉莉ちゃんチョーいい子じゃん。クラスで孤立してる杜乃さんを心配してよぉ、ガチで優しい子だし、文武両道だよ」

 意味がやや違うと思うけど、中村的にはそんなインスピレーションなんだろう。

「しかも俺と友達になりたいっていう、これはワンチャン、とんでもねぇー展開が待ってるかもだぜ、おい海斗、俺たちは薔薇色のスクールライフのその手に掴むかもしれねぇ! 恋を知るべき時が来たんだ! ついに!」

 一応、なんだな。そこは。

「薔薇色ねぇ──」


 中村の言う薔薇色のスクールライフが一体どういうものなのか、僕には想像もつかなかったけれども、でもこの時、というのは、何かしらピンと来るものが心にあったのは、確かたっだ。



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