夢の中の魔法少女 13

 永遠に明けない暁のような、その荒涼とした景色は変わらない。

 

 灰のような空、墨のような海。遠くに、この世の果てのごとく、朱を帯びた水平線がおぼろに映る。

 

 波打ち際、ごつごつとした岩場にて佇む黒衣の少女。


 頸に包帯を巻いている。漆黒のフードコートに深紅のフレアスカート。そして、身の丈に合わぬ巨大な戦斧。その視線の先に、精気のない廃墟のような構造物が見えた。それは、見覚えがあるはずだが、知っているものとは違っていた。


「ネコ、これは何?」

「ええやろ、ある意味、戒めや。生身の方の傷は完全に治っとらんし。せやから無茶せんようにや。生身に被害が出るほどダメージ食らったんは初めてやろ? せやけど魔法少女ってのは、そういうもんや。油断はできひん。今回の奴は、これまでよりちょいとレベルが深いな」

 フォレストは頸の包帯に触れた。精神世界の中で包帯を巻く意味は無い。勿論、わざわざ傷を再現している訳でもない。

「で、それでも、倒すだけのこと。もうやられない。油断なんてしない」

「それやったらええけどな」

 後ろ脚で耳を掻きながらネコは言った。

「で、これは何?」

「なにがや?」

 わざとらしく「はあ?」と、呆けた顔をして見せるネコ。それに冷ややかな一瞥を入れ、

「彼よ! どうしてここにいるの!」

 フォレストは振り返り指揮棒を振るように鋭く指さした。そこに、気まずそうに突っ立っている少年を。


「え? あ、ははは、なんか、その、ごめん、あの、杜──」

「まてぇーい!」

 激しくツッコミを入れるネコ。少年は慌てて口を手で押さえ、フォレストに申し訳なさそうな視線を向けた。

「少年っ! その名前はゆぅーなって、教えたったやろがぁっ! 彼女はフォレストや、おまえはんの悪夢を退治する夢使い、魔法少女や!」

 

「ま、魔法、少女」

 そう紹介された彼女を、注意深くまじまじと見る少年。

 視線を感じ、プイっとそっぽを向くフォレスト。


「で、でも、あのフォレスト、さん? 本当は、その、えーっと、なんでしょ?」

 ネコにもフォレストにも、どちらにも問いかけるような言い方で少年は訊いた。しかしフォレストは押し黙っていた。

「そうなんでしょ? これは、ある種の、夢みたいなもので、のイメージが夢に出てきた、とかそうじゃなくて、ひょっとすると、本当に本人そのもが、ここに現れているとか? 僕はそんな気がするんだ」

 ネコは片目を瞑り、少し顔をしかめた。何かを察したかのように。

「夢の中でこんなこと言うのはおかしいというか、矛盾というか、無意味かも知れないけど、でも、これはただの夢じゃない。そう感じる。フォレストさん。君は──」

 少年はフォレストに近づこうとして、しかし躊躇した。


「ふむ、勘のええやっちゃなぁ。単なる明晰夢で済ませられるとおもたけどもや、そうもいかんか。あのな少年、あんまし細かいことは気にすんな。これはおまえはんの悪夢で、ワシ等がその悪夢、晴らしたろうやないかってぇ、ことなんや。これはおまえはんを救うためんなんやでぇ」

「悪夢?」

 少年は、やや腑に落ちないといった顔で再びフォレストをまじまじと見る。が、フォレストはそれには構わず、

「ネコ、そもそもこれは偶然ではなく、あんたの仕業でしょ?」

 と、不機嫌そうな眼でネコを見据えた。

「まあなんちゅうか、前回、少年の精神力使わせてもらおうおもて、心のリンク結んだからな、波長は合わせられるようなったし、ワシの意図でどこでも呼び寄せられる。ほんでや、そんならいっそのこと、後の戦いにも彼の精神力を使わせてもらおうおもてな。ある意味裏技やな。霊力のブースターみたいなもんや。ええやろ?」

「ブースター? そんなことして、彼の精神は大丈夫なの? それに私たちの存在も──」

「ま、普通はあり得へんねんけどな、少年の精神は、ゆぅーなれば適合しとるんやな、これが。つまりや、夢使いとしてな」

「まさか──」

 そう言われて思わず少年に視線を向けるフォレスト。目が合い、僅かにハッとして気まずそうに視線を躱した。

「……」

「霊力的には有利になる。そもそも悪夢を見る当人やしな。そんでやな、ただ一つデメリットとしては、少年とワシがリンクしとるから、奴等にもこっちが丸見えって訳なんやな。せやから悪夢の本体が魔力フルでいつ襲ってきてもおかしない状況なんやな。それに今回はワシ等も標的とされとるし」

「それ、完全にこちらが不利なんじゃないの?」

 なにを呑気な!? といった表情でネコを見るフォレスト。だがネコは本当に呑気な顔をしていた。


 この一人と一匹のやり取りを聞きながら、少年は言葉をかけるタイミングを伺ていたが、

「あの、ところで僕は一体何をすれば──」

「何もしなくていい!」

「彼女の為にただ祈れ!」

 フォレストとネコは同時に、ツッコミを入れるように言い放った。

「!? あ、ははは──、じゃあ僕は、祈るよ」

 そう言ってフォレストに笑みを見せる少年だが、

「知らない」

 とフォレストは再びプイっとそっぽ向いて、そしてフードを被った。


「あのな少年、多感な思春期少女の微妙な乙女心、汲み取ったれや。恥ずかしいんやろが。自分の正体がバレてもうて、中学生にもなって魔法少女って、なんやねんソレぇ!? ってなるやろ実際。ちゃうけぇ?」

「いや、そんなことは──」

「はぁ? なんやお前、魔法少女やでぇ? 魔法使いの少女や! クラスの女子が魔法少女って、マジかぁ!? 変身できんのぉ? 魔法のステッキとかあんのぉ? ひらひら乙女チックな衣装ちゃうのぉ? ってならんかぁ? おもんないやっちゃなぁ」

「まぁ、確かに──、言われてみれば」

 その少年の言葉にハッと反応したのか?

「ネコ! 魔法少女はあんたが言ってるだけでしょ。夢使いよ!」

 とフォレストはフードの中から言った。

「まあまあ、どうゆうても一緒やろ。概念的にはおんなじもんやでぇ。まあしかしや、今更そんな恥ずかしがること無いやろてぇ。ゆーても乙女なフォレストちゃん、前回の戦いでや、少年! おまえはんにやなぁ──」

 とネコが饒舌になりかけたその刹那、フォレストはバトルアックスに手をかけ、ズンと己の霊力を上げた。

「ちょっ、フォレストはん?!」

 ビクッと何かに驚いた野良猫のように、目をまん丸くするネコ。

「そんなことより、こっちの状況が敵に把握されているのなら、一気に攻め込んだ方がいいんじゃないの? 先手必勝よ!」

 

 そう言って、フォレストは突然校舎に向かって駆け出した。


「おまっ!」

 それを追うネコ。

「少年ぇーん! ええからついてこいっ!」

「え!? えええーっ!」

 獣のように駆ける一人と一匹の背を慌てて追う少年。戸惑う足取りは心もとない。


 

 少年が校舎の入り口にたどり着いた頃には、フォレストはバトルアックスをそれなりに縦横無尽に振り回した後だった。彼が追い付いたのを視認し、校舎正面入り口に踏み込んだ。

「完全な闇にはしとらんな。誘っとんのか? 玄関下駄箱でいきなり壁ドンしてきよるかもしれんから、気ぃつけやぁーフォレスト。少年はワシの後ろにおっといて──」

 ネコが言い終わるが早いか、人影がフォレストに迫った。学校の制服を着た、女生徒らしき人影。

「なっ!?」

 少年は思わず声上げたが、フォレストは無言のままバトルアックスに手をかける。

「って、いきなし人型かっ! しかしこいつは悪夢本体やないな、中ボス、いや中ザコかぁ──」

 と、再びネコが言い終わるが早いか、フォレストはその人型、女生徒姿の夢魔をバトルアックスでひと薙ぎした。夢魔の右肩から斜めに、確実に心臓の位置、夢魔の核を両断する角度で切り裂いた。斧刃に帯びる青白いオーラが、薄暗い校舎内に光の尾を引いた。


 少年は絶句しているが、フォレストは口を開いた。

「ネコ、次はどっち?」

 正面玄関ホールに躍り出る。

「右に進んで階段を上や、おそらくや、美術室辺りに本体らしき強力な波動がおる。しかしフォレストちゃん、ブーストもまだやのに凄い霊力、気合いがすごすぎるわ。男子にええとこ見せたいのかなぁ、なんてぇ──」

 ネコの戯言を聞き流し、フォレストは素早く動きだす。後に続くネコと少年。


 二階の階段の踊り場には、少年もよく知る姿があった。

「うわぁっ、萩──」

 と言いかけて、慌てて口を噤む少年。女生徒姿の夢魔と言われても、あくまで夢だと言われても、そして非現実的な状況であったとしても、現実のそれとまったく変わらなく感じる。これも当人ではないのか? とさえ感じ、迷いも生じる。


「へぇ、魔女はマジで魔女だったんだぁ。キモい、てか馬鹿みたい──」

 と女生徒姿の夢魔が人語を発したが、フォレストは速攻をかける。バトルアックスで相手を吹っ飛ばし、斜め下から一振りで、右わき腹から左腕付け根にかけて一刀両断、切り裂いた。

「はやっ!」

 ネコはぽつりとつぶやく。

 夢魔のレベルが低いのか、或いはフォレストの霊力が勝っているのか。先手を取っているように見えるが違っていた。敵の初動に対応して瞬時に、相手が絶対に回避できない軌跡を描きカウンターをとっているのである。夢魔はフォレストのひと振りを躱すことができない。

「中ボスも瞬殺と。フォレストの読みが鋭さを増しとんのか、夢魔がザコなだけか」

 ネコは目を細めた。


 そのまま三階まで一気に駆け上がり、そこでフォレストは足を止めた。その階段の踊り場には、男子生徒姿の夢魔がいた。

「なっ!? 中むっ─」

 少年の顔面に飛び掛かり、ネコは口を封じた。少年は自制できなかった。

「あれぇ? こんなところで何してんの? てか、その格好なに? マジでヤバくね? ちょーかっけぇー」

 と言う男子生徒姿の夢魔に向かって躊躇せずフォレストは懐に飛び込んだ。

「え!? ちょ、マジちょっと待って、なに?」

 後退りしながら戸惑いの表情を見せる夢魔。


「なんで? あれ? これは? 夢なんだよね? 変な夢だけど、あれは幻みたいなもので、とは別ものだよね。違うよね?」

 ネコに押えられながらも、自問するように少年は言葉を発した

 

 少年の動揺の波長はフォレストにも伝わっていただろう。がしかし、フォレストはバトルアックスを横一線にひと薙ぎする。戸惑いながらも笑顔をたたえていた表情から一転、男子生徒姿の夢魔は形相を豹変させ、獣のように這いつくばって躱し、彼女に向かって飛び掛かった。その面構えはもはや少年のよく知るそれではなかったが、それでも少年の不安は消えなかった。が、フォレストは狙い澄ましていたかのように、ふわりと跳躍し、縦一線に戦斧を振るう。

 男子生徒姿の夢魔は両断された。


「うっ!?」

 

 少年はネコに口を押えられながらも、モゴモゴともがくように何かを言っていた。


「うぐぅ──、ううっ──!」


 まるで呻くように「これは夢だ。悪夢なんだ。そして、僕は、彼女の無事を祈ればいいんだ。彼女を信じればいいんだ。そうすれば──」少年は強く思い、そう理解しようと努めた。しかしネコ、この奇妙な小動物に押さえつけられればられる程、だんだんと迷いも大きく膨らみ、胸の奥が苦しくなるのだった。 

 

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