夢の中の魔法少女 7

 光の少女と影の少女、対峙する存在、それを見る少年の心に、それがどう映るのかは、当人にしか分からない。しかしそれが悪夢であろうが、或いは希望であろうとも、その深層心理は、当人にも分からない。


「現実世界のお前はんを認識しとるゆうことは、お前はんの悪夢っちゅうとらえ方もできる。分かるか? いくら魔法少女(夢使い)でも、自身の悪夢と戦うんは、分が悪すぎるっちゅーんやっ!」


 ネコは全身の毛を逆立てながら喚いた。


「そうかしら? もしそうなら、私にも分があるわ。私の霊力が夢魔にダイレクトに作用する」

「せやけども、それはやな、逆もまた然りや! 悪夢もまた然りやねんでぇ!」

「そうね、だけど──」

「戦略的撤退や!」

「霊力を上げる」

 ネコの助言を無視し、再びそう言って、フォレストはその場でドンと足を踏みならした。と、地面から青白い光のオーラが彼女を中心に巻き上がる。

「ホンマに頑固ちゃんやなぁーっ!」

 仕方なくというよりは、半ばやけくそな感じで、ネコはひと際大きく鳴き上げた。まるで喧嘩する野良猫の威嚇のような唸り声で。するとフォレストの戦斧、バトルアックスが青白い光のオーラを発し、変形した。柄の先端、斧腹の辺りがぐにゃりと大きく湾曲し、斧刃が扇状に広がり巨大化した。


 フォレストと比して元々巨大な戦斧だが、さらに巨大化したそれを彼女は両手で持ち、ドンと床面に打ち付けた。重量もかなり増したようである。


「なにそれ、キモッ、どうでもいいけど意味ないからっ、ウケるぅー」

 影の少女は腹を抱えて笑うような仕草を見せた。が、フォレストは構わず、床面に逆さに立てた戦斧の、その長い柄を使いその場で棒高跳びをするかのようにぴょんと上方に跳ね上がる。そして全身を前方へ投げ出し、着地するその反動で、背後から前へ大きく半月の弧を描くように、一気に戦斧を振り下ろした。床面を激しく打つ斧刃、轟音、校舎全体が揺れまるで地震のような地響きが走る。床は破壊され、コンクリート片が飛び散る、と共に、青白い閃光と地割れが床面を走り、瞬く間に影の少女を貫いた。

「きゃはは、何度も何度も、馬鹿じゃないの? そんなの効かないから、まじウケるぅー」

 しかしその地を駆けるバトルアックスの閃光もまた、影の少女にはなんともなかった。ただただゆらゆらと不気味に佇んでいる。が、閃光が校舎の端まで突き抜けると、直後、屋上が真っ二つに割れた。刹那、屋上全体が崩落した。


「うわっ、フォレストはん、なんちゅうこと!」

 ネコの叫びを最後に、その場にいる者、あるモノ全てが、階下の校舎内、漆黒の闇に落下した。


「ネコっ!」

 ガラガラとコンクリート片が崩れ落ち、砂埃が舞う中、フォレストは叫んだ。

「ホンマ無茶しよんなぁ、ワシには何の配慮も無しかぇ」

 とぼやき、ネコは再び大きく鳴き上げる。すると、フォレストの衣装とバトルアックスが、その光のオーラをさらに増大させた。闇を押しのけ、フォレストの周囲一帯が光に満ちる。そこは階下の、やや広めの多目的教室らしかった。


「悪夢世界の光でなく、こっちの霊力によって照らされて浮かぶ影は、幻影ではなくホンマもんの影っちゅうわけか。つまり実体、そいつなら物理攻撃も効くはずと。確かにええ読みやけど、しかしフォレスト──」

「ネコっ! 彼は無事なの?」

「自分で屋上崩落させといてからにぃ、まあ一応少年は大丈夫そうや、教室の端で瓦礫に埋もれとるけど、とりあえずええやろ。ゆうてもこれ、悪夢やし」

「そう、なら本気でいく」

 フォレストは戦斧をぐるんと大きく回転させた。

「せやけど、校舎全部崩落させるのは勘弁してやぁー」


 一間の静寂の後、不意に声が響いた。

「ふん、嫌われ者、やる事がいちいちイラつくのよねぇ、ったく。だからぼっちだっつってんの。まぁ、どうでもいいけどぉ、どうせ始末するから」

 厭味に満ちた影の少女の声、そしてその実体らしきモノが、フォレストの放つ光の空間に現れた。

 中学校の制服を着た生身の少女である。が、その顔には顔がなく、まるで顔面を鉋で削ったようにのっぺりとしていた。大小の歪な穴が七つ、表面にぽっかりと黒く空いている、それだけだった。


「キモイなぁコイツ。フォレスト惑わされんなや、こりゃお前はんの精神を動揺させるための、ゆうなれば威嚇や、見た目にビビったらあかんでぇ」

 と声をかけるネコだが、そんなことは分かっているとばかりに、フォレストは返事をしなかった。


「ねえ? あんた、みんなに嫌われているの、知ってる? てか、知ってるよねぇ!」

 夢魔の少女がそこから猛ダッシュで駆け出し、フォレストに飛び掛かる。両手には大型のカッターナイフが握られていた。キリキリキリと刃を出す音と共に、いや音よりも速く、フォレストの懐に飛び込み無茶苦茶に腕を振り回す。間合いが近い戦いではリーチの長い得物は不利、そんな常識を覆すように、フォレストは素早く、そして細やかに戦斧を取り回し、夢魔の少女のカッターナイフを的確に防いだ。

「この陰キャ、まじでウザいからぁっ!」

 夢魔の少女は、順手に握っていたカッターナイフを逆手エッジアウトに持ち替え、さらにフォレストに接近する。フック気味に振りぬく、或いはアイスピックのように振り下ろす。間合いを取るべく後方にステップするフォレスト、追い詰めるように迫る夢魔の少女。

 戦斧の柄で一撃を入れ、一瞬ひるんだところへ横一線に振りぬく、だが、夢魔の少女は獣のように上方に飛び躱した。が早いか、空中で反転し、すぐさまフォレストの背後に飛び込んだ。

 ギリリッ、とさらにカッター刃を出す音が響き──、 

「くっ!」

 フォレストが一瞬眉を顰める。


 背の広く開いたドレスが災いする。背中をこともなく切り裂かれたのだった。激痛に耐えるように素早く前方へ回避し、振り向きざまにバトルアックスを横一線に振るう。が、夢魔の少女は見切ったようにしゃがんで躱した。


「きゃはっ! クソぼっち! 陰キャ魔女! お前の周りは敵だらけなの、知ってるぅ?」 

 血の付いたカッターナイフをちらつかせ、夢魔の少女は笑っているようだった。そののっぺりとした顔面の、ちょうど口がある辺りの黒い穴が不気味に歪んだ。

「チッ──」

 鋭い視線で返すフォレスト。背中に、嫌に直線的な切り傷が二本走る。そしてその白い肌、輝く純白のドレスに真っ赤な鮮血が滴った。霊力の光も相まって、妙に生々しくも美しい赤だった。


 夢魔の魔力もダイレクトに作用する。


「あかん、ドレスを可愛く作りすぎたわ、背中がオープンすぎて、まるで防御機能あらへん」

 と、こっそりつぶやき、ネコはすぐさま叫んだ。

「フォレスト、相手が人型の夢魔やからて惑わされるな! ここは悪夢の中や、奴等に物理法則はカンケーあらへん、同じように対峙してる思うな、同一次元やない出鱈目な動きしてきよるぞっ! 目視に頼りすぎず全方位に霊力を向けとかなあかん!」

 分かっているとばかりにネコに一瞥を入れ、背中の傷も一向に構わず、フォレストは前に出た。一気に間合いを詰め、地を這うようにバトルアックスを斜め下から振り上げ、さらには柄で打撃も繰り出す。


「きゃははっ! カッターナイフの切り傷って、チクチク痺れるような痛さでしょう? ねぇ? いい気味。現実以上に痛くするからぁー」

 夢魔の少女は戦斧の軌道を紙一重で躱しながら、ケラケラと笑うかのように言った。


 近接した間合いから、次はひときわ高く飛び、バトルアックスを縦一線大きく振るう。青白い閃光が床面に大穴を開けた。少し距離をとって着地したフォレストは戦斧を正眼に構え、何かを小声で呟く。すると巨大なバトルアックスが、今度は小さく変形した。扇型の斧刃も小振りになり、柄の先端が槍のように伸びる。斧腹の湾曲も直線となり、戦斧というよりは、やや柄の短いハルバードのような形となった。


「ふんっ、なにそれ、無理無理ぃ、お前は無力なぼっちだからぁ、何をやっても無理だからぁー」

 夢魔の少女は間髪入れずにフォレストに突進する。それこそ短剣やダガーなどの剣術の無きに等しいような、反射神経と異常な素早さだけの出鱈目な動きで腕を無茶苦茶に振り、乱暴に切りつける。フォレストはハルバードと変化した戦斧をこ気味よく取り回し、攻撃を全て受け切った。

「物理法則を忘れろ! 常識を捨てるんや、概念を突破すれば光速も超えられるっ! それに、コイツは遠隔からも妙な攻撃を繰り出しよるからな、気をつけろフォレストっ!」

 ネコは叫んだ。


「へえー、どうだか。陰キャは陰キャ、陰キャは陰に隠れて存在が薄くなるぅー」


 フォレストの戦斧の取り回しが、目にも留まらぬ早さとなるが、夢魔の少女のスピードも一段と上がっていく。


「きゃははっ! 陰キャ魔女が粋がってもぉ、ぼっちは無力ぅ、なんにもできないぃー!」


 夢魔の攻撃は簡単にいなすことが出来ても、何故か決定打を入れられないでいた。


 異常なスピード? 奇妙な魔力のせい? 捉えたはずなのに、すんでの所で躱される。「こいつ──」フォレストの脳裏に、疑問が浮かんだ。  

 

 程無く、先に違和感に気が付いたのは、ネコだった。


「そうやってぇ、自分は凡人とは違う、みたいな? はあ? 孤高の存在? はぁあ? 何様? 鈍い鈍い、あんたはのろまなぼっちだからっ!」

 悪意に満ちた叫びと共に、さらに深く一歩踏み込み、夢魔の少女は尋常ならざるスピードで突きを繰り出した! が、フォレストはカウンターをとるべく紙一重で躱し──、

「!?」

 薄手のレース生地の上から左脇をやや深く切り裂かれながらも、狙い澄ましていたように、夢魔の少女の右腕を切り落としたのだった。


「ぐぎゃっ! 痛っ! クソぼっちがぁっ! ぶっ刺っ──」

 夢魔の右上腕の切り口から、黒々としたものがドバドバと流れ落ちる。が、切り落とされたはずの右腕が、それでもなお動き、フォレストの右太ももにカッターナイフの刃を深々と突き刺した!

「チィッ──」

 切り落とした右腕の動きもそうだが、左脇を切り裂かれたのはフォレストにとって誤算だった。確実に躱せたはず、だった。タイミングは完璧だった、はず──、フォレストはとにかくその場から距離をとるべく、後方に高く跳躍する。

 

 バキッと、夢魔の右腕は意思を持っているかのようにカッターナイフの刃を折って、そして落ちた。


「痛い痛い痛いぃぃ、ほんとムカつくっ! このクソ魔女! でもあんた、焦ってるでしょ? 分かってるんだから。ハイハイ、ハイ落ちるぅ!」

 この奇妙な掛け声の直後、フォレストは空中で姿勢を崩し、不自然に着地した。


「べつにぃ、腕なんてぇどうでもいいしぃ、こんなの、あんたを痛めつけるためだけだからぁ、始末するのは簡単だしぃ」

 そう言う夢魔の少女の、そののっぺりとした奇妙な顔面が、いつの間にか、人間の女の子の顔に変わっていた。しかもそれは、フォレストにとって見覚えのある顔だった。


「なななっ!? なんやぁ、夢魔のキモイ顔が、なんやええ感じの美少女に変わりよったでぇ、なんやこいつぅ。やられたら今度はか弱く見せて、こっちの動揺を誘うってか? フォレスト、惑わされんなやぁ!」

 と言いつつ、動揺を隠せないネコ。無駄に惑わされてるのはどっちだ? と、フォレストは返事をしなかった。


 夢魔の少女、いや夢魔の同級生と言うべきか、相手をジッと見据え、フォレストは立ち上がった。太ももに食い込んだカッターナイフの刃を、躊躇せず引き抜き投げ捨てる。ドバっと鮮血が吹き出し、純白のニーソックスの脚につたう。背中、左脇、右太もも、光を放つ純白のドレスが、深紅に染まっていく。


「フォレスト!」

 ネコが慌ててフォレストの元へ駆ける。が、彼女は構わずその場でドンとハルバードの柄を地面に打ちつけ、己の霊力をさらに増大させる。青白い光のオーラが炎のように巻き上がり、フォレストを焼くように包んだ。

「ネコ! ハルバードの霊力を増大させてっ!」

「フォレスト、ちょいまてぃ、コイツの遠隔攻撃が妙や、魔力のベクトルが検知できん! それに、お前はんの霊力はもう限界近くまで上がっとる、もうこれ以上やると──」

「でも引くわけにはいかないわ!」

 フォレストが小声で早口に何かを呟くと、ハルバードの柄がぐっと長く伸びた。まさに斧槍である。


「霊力が足らんのやない。なんや、おまえはんの霊力が無効化されとるんやっ!」

 ネコはフォレストの足元へ来て、その身を足に摺り寄せる。これは霊力を補助し、彼女のダメージを回復させる効果があると思われる。

 

「はーん、なんかウザいのが一匹いるわねぇ、目障りねぇ、どうしようかぁー」

 夢魔の少女は落ちた右腕を拾い上げ、さも当然のように右上腕にくっつけ、腕を治した。


 夢魔を倒すには、その魔力の源である核を潰さなければならない。この夢魔の少女は人型故に、おそらく心臓の位置にその核があると予想される。仮に夢魔のレベルが低ければ、ネコが波動を検知し特定できる。そこを霊力を込めた一撃で粉砕する必要があるのだ。人型故、核の位置を特定しやすいという意味では、戦いやすい相手であるはずなのだ。

 

「わかってるぅ? みんなお前がウザいんだよ、お前に特別な力なんて無い! ほらもっともっと陰キャは陰に隠れて、ほら、存在が薄くなるぅー」

 夢魔のこの言葉によって、フォレスト自身も違和感を察した。そう、魔力が足らないのではない。

「こいつ、まさか、こちらの霊力を──」


「ほらぁ、だんだん居場所がなくなって、息苦しくなっるぅ。きゃははっ! もう遅いわぁ、あんたはあたしに敵いっこないぃー」


 それを察した途端、フォレストは全身に妙な圧を感じた。まるで下向きに重力が増大したかのように、全てが重く感じられる。戦斧を握る腕も、自分のものではないみたいに。そして常に顔色変えず戦っていた彼女だが、いつの間にか、息も荒く苦しくなっていた。


「あかん! フォレスト、これは言霊や! コイツは言霊を使いよるっ! 言霊の効力、言葉が全て実行されとる。ある種の呪いや、俗に言うデバフ効果や! お前はんの霊力がどんどん打ち消されていっとんねんっ!」

 ネコの助言に応えるようにスッと軽い一瞥を一匹に入れ、フォレストは思いのほか静かに言った。

「──そう。ならどう返せばいいの? まさか、策がないわけではないでしょ。ネコ」

「ん? あれっ、ちょっとフォレストはん、まさか怒ってる? 今頃になってようやく気付くとか、お前なんのための使い魔? とか思てない? この役立たずが! このドレスのせいでこっちがどんだけ怪我しとると思ってんねん! とか、思てない?」

「そんなのは、いいから!」

 と、その三白眼の冷ややかな視線をネコに向け、 

「で、どうなの?」

 と至って冷静に、或いは冷静を取り繕っているのか、そう言った。 

「いや冗談やて、ごめりんこ。てゆーかや、せやねぇ、こっちにかけられとる言霊を打ち消すには、やっぱし言霊で返すしかない。つまり、フォレスト、お前はんも言霊で言い返すしかないやろ。やっぱし」

「は、言い返す?」

「つまりや、言葉で、あたしはぼっちじゃなくて陽キャでウキウキ、毎日パーリー! 友達いっぱいイエーイ! みんなあたしにゾッコン、男子に告られまくりで困っちゃう! とかね、例えばの話ね」

 どこか得意げなのが少しイラつく。そう感じたかどうかは分からない。 

「はあ?」

 が、流石にフォレストは眉を顰めた。

「あ、もちろん霊力も込めてやで、マジで心から言わなあかんで、心底マジで。そしたら奴の呪いも跳ね返し、霊力も戻るし、あの奇妙な遠隔技にも惑わされへんやろて」

「なっ──」

 ネコがまた戯言を言い始めたのか? いやこの局面でそんな余裕はないはず、フォレストは言葉を詰まらせ少し考えたが、しかしそれが正しいことも理解していた。


 そんな魔法少女(夢使い)と一匹のやり取りを、寧ろあえて見物していた夢魔の少女だが、

「はっ! ウケるぅ、今更それを知ったって、陰キャに発言権はありませーん!」

 と猛ダッシュで突進してきた。恐らくこちらはさらに魔力とスピードを上げている。逆手に持ったカッターナイフの一撃を、ギリギリ躱すフォレスト。だが反応は鈍い。


「ほらほら、何も言えない、言い出せないぃー、お前は陰キャでぼっちだからぁ、友達の一人もいないから、そんなの絶対に言えないぃー」

 と次から次へと言葉を発し、同時に攻撃を繰り出す夢魔の少女。


「奴のゆうことすべてが言霊や、言葉を発せないゆうこれもや! 奴の魔力に押し負けるなフォレスト! 声を上げろ! 全力で言い返せぇ!」

 ネコは叫んだ。そして同時に、この戦いを一旦終わらせる方法も考えていた。劣勢であることは否めない。フォレストを本気で怒らせることになろうとも、決断しなければならない、そう感じていた。


「きゃはぁ、悔しかったら、言葉を発したらぁ? でもコミュ障でしょ?」

「無理無理むりぃーっ! 陰キャでぼっちはコミュ障でむりぃー!」

「だって、ぼっちは友達いなぁーいっ! だから休み時間も独りで出て行くぅー! さあ、居場所がなくなるぅー、存在がうすくなるぅー」


 長大な斧槍、ハルバードをグルンと大きく取り回し間合いをとるフォレスト。しかし、明らかにスピードが乗っていない、それは自身でも分かる程であった。


「チッ」

 斧槍を水平に円を描くように大きく回し、周囲に閃光を輝かせる。そしてフォレストはスッと息を吸った。

「わ、私は、ぼっちなんかじゃ──」

 不用意に声を発するが、

「アホたれっ! ホンマにぼっちなんかぁ? つぶやいてどうするんや? 腹から声出さんかいっ!」

 ネコの声音にはもう心配というよりは、ある種の冷静さがあった。もう戯言は無しでと、そして、自身の焦りをフォレストに悟られまいと。

「ええかフォレスト、奴の呪いを跳ね返すだけの霊力を込めるんや、言霊のバフ効果、それを自らにかけるようにやっ!」


「ちょこまかとウザいこと言う奴が一匹、目障り。こいつを先にやっちゃう? でももういい、もうあんたを仕留めるからっ! ほらほら、無力なぼっちは何も言えないまま、抵抗できないぃ、息苦しくなって、窒素して、そして死ぬぅー、もう死んじゃうぅーっ!!」


 夢魔の少女の嫌に直線的な突きが、カッターナイフの軌跡が、フォレストの心臓に狙いをつけた。斧槍のスピードが上がらない、脚の動きが重い、それはもう誰の目にも明らかだった。フォレストもネコも「マズい」と、そう思った刹那──、


「ぎゃっ──」

 

 唐突に、夢魔の少女が悲鳴を上げる。その背中に、どこから飛んできたのかコンクリート片がぶち当たった。体勢を崩し、その場に倒れる夢魔、そこへハルバードの一撃を入れるフォレスト!

「うぎゃぁっ!」

 だが、

「浅いっ! フォレストもう一撃やぁ!」

 咄嗟にネコが叫んだが、夢魔の少女は床面を転げ回り、すでに回避していた。


「……」

 フォレストはコンクリート片が飛んできた方向に、その目を向けていた。

 つられてネコもそちらを向くが、すでに分かっていた。その意思の波動が示すもの、それは間違いなくそうだった。

「ほんまかえ──」

 呟くネコも、ましてや一撃を食らい床に這いつくばる夢魔の少女も、驚きの目を向けたその先に、この世界、この悪夢、それを見る当人、少年立っていた。コンクリート片を握り締め。


「や、やめろぉー! ──あっ! あれぇ?」


 そう少年は叫んだ。それは、悪夢の中全体に響き渡る、地鳴りのようであった。





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