最終話 町田軍団大勝利!希望の未来へレディ・ゴーッ!!

(これまでのあらすじ:最終局面。決着を付けろ)



柳生十兵衛がやって来る。


十兵衛は歩きながら無造作に腰の二刀を引き抜く。

左手には邪刀・武利裏暗刀。

そして右手の刀を引き抜いた瞬間、瘴気が周囲を覆う。

これこそが彼の真の愛刀。狂刀・亜露頑刀である。


十兵衛は構えも取らず、ただゆっくりとマサに向かって歩いてくる。

十兵衛の方が遥かに大柄である。剣気による間合いの伸びを考慮せず、ただ手足と刀の長さだけを見ても間合いはマサよりもずっと広い。


マサが十兵衛の間合いに入る。十兵衛は足を止めない。

そして十兵衛がマサの間合いに入る。十兵衛は尚も足を止めない。

マサの構えの、更に内側まで入りこむ。マサは動かない。


二人はとうとう爪先が触れんばかりの距離まで近づいた。

鬨の声を上げていた群衆たちも静まり、静寂と緊張が周囲を覆う。


十兵衛が体を曲げ、マサに顔を近づける。二人の視線が、殺意がぶつかり合う。


「百手のマサ」

「柳生十兵衛」

二人は短く名乗りあう。


「ウギャアーッ!!」

緊張に耐えきれず、群衆の一人が全身から血を噴き出して果てた。

その断末魔が合図となった。


十兵衛が刀を振るい、マサがそれを受ける。

言ってしまえば、それだけの戦いである。

それが、異常な近距離で、異常な高速で、異常な長時間続いていた。


二人の刃の応酬が目で追えた者は、その場に三人いるかいないかであろう。

大半の者には、二人の間にただ、光が煌めき続けているようにしか見えなかった。


十兵衛は今や、雄呂血薙ぎの異常破壊力にも、ヤギュニウムの時間操作にも、二刀の魔刀の邪力にも頼っていなかった。

ただ、体に浸み込んだ新陰流の太刀筋に従うだけだった。それが最も強いと知っていた。基本の型を素早く、柔軟に、確実に繋げる。言うならば、丁寧な剣だった。


マサもまた、それを一撃残らず受け続けた。

周囲から息が漏れた。

十兵衛の剣を前にそのような芸当ができる者は、柳生本家を探してすらいないだろう。


しかし、マサが少しずつ押され始めている。反撃の隙も見えない。十兵衛がこれほどに真面目な剣を振るうのは、彼にとっても予想外だった。


マサの足がついに、一歩下がる。

十兵衛はその隙を逃さなかった。

ウーラノスの楊枝。決して折れぬ、曲がらぬ剣。

だが十兵衛はそれを真っ二つに断ち斬った。


根元から斬り飛ばされた刀身が地面に突き刺さる。

マサは大きく後ろに飛び、十兵衛の追撃の横薙ぎを紙一重で避ける。

十兵衛はそれ以上の追撃をしない。二人は再びにらみ合う。


マサはあっさりと、今や柄だけとなった刀を捨てた。

どうするつもりか?

どうもこうもない。マサは無刀で構えた。


「来いよ、十兵衛」

マサは再び十兵衛に手招きした。


十兵衛が上段に斬りかかる。マサは僅かに身を傾け、それを躱す。

刀が無ければその分、身は軽い。マサは右こぶしで十兵衛の顔面を殴りつけた。

十兵衛が斬る。マサは躱す。十兵衛が斬る。マサは躱す。

その合間合間に、マサの拳が十兵衛を打つ。


何度目かの打撃の後、マサの拳から血が噴き出た。

十兵衛の顔面はメタル化したままである。素手で打てば己の方がより傷つく。

構うものか。マサは血の出た拳で十兵衛を殴る。


仲間への想い、龍司たちの仇、町田の命運。

それらはマサの中にしっかりと根付き、そして今すっぱりと消え去っていた。


殺す。


ただ、柳生十兵衛への純然たる殺意だけが、なんの文脈も憎悪も無い、清廉たる殺意だけがあった。

十兵衛の猛烈な攻撃は止まらない。

しかしこの局面に至り、百手のマサは初めて、その守りを緩めた。


“この戦いにおいて初めて”ということではない。”生まれて初めて”だった。

常に鉄壁の守りを固め、相手の隙に最小の斬撃で斃す。それがずっと彼の剣だった。

しかし今やその手に剣は無い。

剣と共に己の命への執着もまた、マサから消え去っていた。


十兵衛を殺す。

身を守るのがじれったかった。

その余裕があれば、僅かでも強く奴を殴りつける。


十兵衛の剣の軌道の、ほんの少し内側に身を置く。

それだけ早く奴への攻撃に移れる。


その切っ先は彼の体のあちこちを削っていく。

それはいずれも生涯消えぬ傷となるだろう。だが致命傷ではない。

邪剣から受けた傷の毒気はいつか彼を殺すだろう。だが今日ではない!


十兵衛を殴る右こぶしの骨にヒビが入る。

まだだ、まだ、もう少し。


その時、彼方から飛んできた蒼い金属が手甲に変形し、彼の両腕を瞬時に覆った。


「マサァーッ!”手ェ貸して”やる!!きっちりケリ付けやがれッ!」

ツインテールをプロペラにして首だけで浮かぶウォーモンガーたみ子が叫んだ。


それはヤギューバスター・スーツの持つ全ての武装も機能も使い果たした、ただの手甲に過ぎなかったが、それで十分だった。

マサは再び十兵衛への打撃を再開した。特殊金属で覆われた拳はそれまでよりもずっと強力に殴りの威力を十兵衛に伝える。


気づくと、十兵衛の反撃が止んでいた。殴られるままとなっている。

マサの渾身の右ストレートが飛ぶ!


十兵衛の右目が光った。この一刀で滅ぼす。

その決意を持った十兵衛の刀が下から斜めに振り上げられる。

最も早く、最も鋭く、最も破滅的な軌道で。

柳生新陰流・暗黒逆流れ!


マサはそれを待っていた。


十兵衛の剣の軌道の、ずっと内側に身を留める。それはもはや回避とは呼べなかった。マサの顎が、鼻骨が、右目が切り裂かれる。眼球が二つに割れ、眼内液が零れる。


だが、その刀は脳硬膜を掠めて抜けていく。

脳には届かない!


マサは止まらない。

十兵衛のメタル化した顔面。狙いは一か所、ずっと同じ所を打ち続けていた。

ベイダーがあの時爆縮流れを当てた右の頬。そこに出来た、金属の微かなひび。

柳生ベイダーの剣は、確かに柳生十兵衛に届いていた。


ぴし。ぴし。ぴし。

金属のヒビが広がる。

びしい。

拳を中心に、そのヒビは蜘蛛の巣状に広がり、十兵衛の顔面のメタル部分全てに広がる。

ばりいん。

彼の顔面を覆う超硬液体金属は砕け割れた。


マサは止まらない。

右手で、左手で、紙一重で柳生十兵衛の反撃を全て”喰らい”ながら、

その速さの全てをふり絞って、十兵衛を殴り続ける!

突きの”ラッシュ”は止まらない!

右手!左手!右手!左手!右手!左手!

右!左!右!左!右!左!右!左!右!左!右!左!右!左!右!左!右!左!右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左!!!


「まったく…文字通り”百手”≪ヘカトンケイル≫じゃねえか」

たみ子が呟く。


十兵衛の反撃は、いつの間にか止んでいた。

マサの手が止まる。


だらん。十兵衛の手が垂れ下がる。

その顔面は、頭部は、完全に破壊されきっていた。


柳生十兵衛は立ったまま絶命していた。

死ぬまで殴れば人は死ぬのだ。


マサは十兵衛の亡骸から、彼が眼帯替わりとしていた刀の鍔を剥ぎ取り、己の裂けた右目に当てた。

十兵衛の体が、地面に倒れた。


周りに集う無数の男たちが、一斉に叫んだ。

「「「「「1!!!」」」」」

「「「「「2!!!」」」」」

「「「「「3!!!」」」」」


●柳生十兵衛 対 町田〇

5日7時間16分21秒 百手のマサによる突きの連打”ラッシュ”



まもなく、この一帯の町田への時限編入が解ける。

それ以降ここにいたら、他県への不法侵入となり開戦事由となるだろう。

男たちは橋を渡って自分たちの街、”本来の”町田へと引き上げていく。

自分たちの庭へと踏み込まれた神奈川の男たちは特に何することなく、その様を見ていた。

その目に敵意はなかった。静かな笑顔があった。

“やったな”

“邪魔したな”

二つの街の男たちは言葉交わすことなく、目で労い合った。


「すまんな、こんな荷物載せて」

マサは十兵衛の亡骸をバイクのタンデムシートに積むと、エンジンをかけた。

「さ。帰るぜ、轟ちゃん」

車体を軽く叩く。行きとは打って変わって、ゆっくりとした走行だった。


「良いバイクじゃねーか、後で馴れ初め聞かせろよ、マサ?」

「たっぷりお話ししますよ…お礼も合わせてね」

首だけのウォーモンガーたみ子がツインテールプロペラ飛行でその後を追う。


ポータルの維持に力を使い果たして卒倒していた二兆億利休は、周囲の歓呼の声で目を覚ました。

正面からマサとたみ子が歩いてくる。


「どうやら儂は、折角の大見せ場を寝て過ごしたようだな!カッカッカ!これではとんだ心残りよ!」

「相変わらず大口叩いてやがんな、爺!十兵衛がくたばるとこ超良かったぜ、ざまあ!」

周囲の大気を震わせながら呵々大笑する利休をたみ子が笑った。


「これでは今度は、宗矩がくたばる様を見ねば死ぬに死ねぬぞ!いやあ悔しい悔しい!ガッハッハ!」

「利休さん…感謝です。あなたの手助けなくして、奴は討てなかった」

マサが利休に頭を下げた。


「ま、全て儂のおかげ…というのが全く事実である。とはいえ、一人でも欠けておれば結果は異なった、という見方もできなくもないな」

利休は殊勝にもそう言うと、ベイダーの亡骸を持ち上げた。

辺りの廃材を組み上げて、間に合わせとは思えぬ見事な棺を作りあげる。丁寧なサイコ念動だった。


「こやつも心残りはないであろう」

「ベイダーさんは町田で弔いますか」

「ヤ、奴には好んだ土地があるでの、そこに埋めてやろうかと思う…こやつの墓を世話する女も、そこにはいるでな」


「しんみりするのは構わねえけど、大事なこと忘れてねえか?そこのボンクラは柳生十兵衛ぶっ殺したんだぜ。すーぐに柳生の空中艦隊が完全武装で突っ込んでくるぞ」

少しの静寂を、たみ子が破る。

彼女は早くも、周囲に散乱するデスボットの残骸などから暫定ボディを作り上げていた。


「そうね、備えなければならない…貴方達が救ってくれたこの街、最後まで守らないとね」

「誰だよ!」

瓦礫の陰から、黒衣の女、というよりも少女が現れた。その顔は、マダム・ストラテジーヴァリウスに酷似しているが、それよりもずっと幼い。


「マダム…!」

マサの顔に驚きが走る。

「生きていたのか!」

「V.A.R.I.U.S…内臓館ネットワークは完全に崩壊したわ。私は最後、人格データの一部とともに切り離された最後のバックアップ端末。前みたいに魔法じみたことはもう出来ないから、大した期待はしないで。とはいえ…貴方たちの戦術支援くらいはできるかもね」

「テメー…あれだけデカいツラでマサにゃ無理だって言って、どのツラ下げて出てこれんだ?ン?」

「”斬れない”とは言いましたけど、アレはどう見ても撲殺よ。あなた、人の話聞いてました?」

難癖をつけるたみ子に目を合わさず答える。

「ウッゼえ~~~~~~!!!!!」

辟易するたみ子を横目に、彼女は最後に一言付け加えた。

「それと、マダムはやめて…レディがいいわ」


彼らは顔を見合わせ、笑った。

バイクのエンジン音も、それに合わせて響いた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


一か月後。


口裂け女mark IIIがいた。

内臓館の再建を目指して、レディ・ストラテジーヴァリウスが蘇る。

柳生一族に復讐を誓う生き生首、千利休改め二兆億利休が笑う。

“濃尾平野の三年金縛り太郎” “ふたりはタイガー&ドラゴン”こと、悪夢堂 轟轟丸は唯一の友と突っ走る。

新陰流史 最悪の忌子、柳生ベイダーの魂はとなりの村へと還った。

人間兵器庫 ウォーモンガーたみ子は更なるアップデートを予定している。


そしてここに俺がいる。


「さーて、どうする、総大将?」

たみ子がニヤニヤと笑いながら言った。

「俺か?」

「そりゃあ、ヌシ以外にはおらんだろう。負けた時に連中に差し出して命乞いできる首なんぞ、ヌシのものしかありえぬよ」

利休がたみ子に同意する。

「今の貴方なら、誰も文句は出さないわよ、”百手”≪ヘカトンケイル≫のマサ」

レディ・ストラテジーヴァリウスが最後の堀を埋めた。


いつの間にか目の前には、町田中のいくさ人たちが集まっていた。


「それじゃあ…」

俺はZ2に跨り、大きく息を吸った。


空の彼方に、こちらに向かってくる空中艦隊の姿が微かに見える。


「戦いはこれからだ!」

俺は叫んだ。

「柳生の時代はこの俺が、百手のマサが斬る!」


(完)

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