第四話 中盤で主人公が挫折して仲間から見捨てられるやつ

(これまでのあらすじ:無差別攻撃暴走族、霊義怨の攻撃!百手のマサとウォーモンガーたみ子は圧倒的な数を前に苦戦を強いられるが、たみ子の援護により、マサは霊義怨の頭、悪夢堂轟轟丸に肉薄する。剣戟の末、マサの刀が轟轟丸に迫る)



「…ッ!」

轟轟丸の顔の直前で、マサの刀は止まっていた。


「こっちの勝ちッス…!大人しく兵を引いてください!」

マサは轟轟丸に告げた。


轟轟丸は何の反応も見せない。その顔に恐れはない。

その眼が、さっきまでとは打って変わって感情のないその眼が、マサをじっと観ていた。マサの顔から汗が落ちる。轟轟丸から目を逸らした。始めに轟轟丸の目を見た時の奇妙なシンパシーがマサの頭から離れなかった。


「フザケるなボケェッ!さっさとトドメ刺せ、マサ!」

たみ子は悲鳴に近い勢いで叫んだ。弾薬は尽きつつある。

「…ッ!」

マサが再び刀を振り上げる。だが機を逸した。

「腰抜けが…!」

轟轟丸が深く沈んだ声で吐き捨てた。

それと同時に、周りの兵たちが一斉に動き出す。横から暴走族の津波がやってきた。


マサは防御したが、無駄だった。

それは技や攻撃ではなく、人とバイクによる単純に巨大な質量の塊であった。マサの異常なまでの防御技能も、ただの雪崩には通用しない。流されていく。致命傷を防ぐので手一杯であった。

轟轟丸が遠ざかっていく。マサは轟轟丸の目を見た。そこには確かな失望があった。


たみ子は弾丸の尽きたガトリングガンをパージして脱出を試みるが、周囲を囲まれる。

「クソッ、マトモな武器がねえ…」

太腿から緊急用のハンドガンを取り出すが、この数が相手では護身用にすらならない。数人の頭を撃ち抜くが、そこまでだった。

「グアアアアッ!」

死角からの金属バットがたみ子の腕を破壊する。折れた右腕が地面に転がったが、たちまち族軍に覆いつくされて見えなくなる。

たみ子は残った左手で頭部頭蓋格納ユニットを庇うようにうずくまった。痛覚センサーをオフにするが、全身に激しい攻撃が加えられているのがわかる。

「マズい、殺られる…!」


「テメーら!そこまでにしとけや!」

轟轟丸の声が響いた。

攻撃は止んだ。


離れた場所で同じようにリンチされていた、マサの方も同様だった。

「ビッとトドメも刺せねえダセえ腰抜けどもだ…殺すまでもねえ!行くぜ!口直しにかっ飛ばすぞ!」


霊義怨の構成員たちは次々とその場を離れていく。轟轟丸は一瞬だけマサに目をやり、そして去っていった。

最後にはマサとたみ子だけが残された。


たみ子が殺したはずの大量の構成員たちの死体はどこにもなかった。

マサがよろよろと立ち上がる。

「アダダダ…すみません、殺りそこねちゃいました…」

たみ子は立ち上がり、マサに向かって歩いていく。

「ま、命あっての物種って事で…あの数、あの統制、確かに手がつけられないッスね…」

たみ子は歩みを止めない。

「アレが十兵衛に向かっていったらどうなるかわかりませんけど、ま、ヤツらは暴走にしか興味ないみたいッスし…」

たみ子は足を早める。

「歯ァ食いしばれッ!」

たみ子の左拳がマサの頬を激しく打つ。

「なんであの時!サッサと殺らなかったこのボケ!」

マサは答えない。


「……ッ!手前ェ…手前ェ…まさかッ…!」

たみ子が歯ぎしりする。

「今も…!アーシを殺らなかった時も…!!?」

「…そうじゃない、そうじゃないッスよ。ただ、あなたも轟轟丸も…よっぽどの傑物です…ここで殺っちまったらそれで終わり…縁を繋げたら、いつか、何かあるかもしれないって…そう思ったら、直前で手が自然に止まって…」

マサはうつむきながら答えた。

「それを!ビビッてるってンだよ、このボケェ!」

たみ子が再びマサを殴る。全身から、激烈な怒りが発散されていた。


「お優しいこったな!そうやって名の売れた奴全員とお友達になるつもりか!?十兵衛もそうやって殺り逃すつもりか!?闘争ナメてんのかテメエ!!!」

マサは答えない。答えられない。

「…ッ!アーシは…!テメエがアーシを殺さなかったのは、テメエの腹括って、アーシを助けるって”決めた”からだと思ってたんだぞ!殺るつもりだったのに、ギリギリでビビッて手が止まっただけの奴についてきたつもりはねえよ!」


たみ子は背を向けた。左手で目元を拭う。

「アイツの言う通りだわ。あばよ、腰抜け」

ローラーダッシュの音とともに、たみ子は消えた。


マサはそれからしばらくの間そこに立ちすくんでいたが、やがてそこを去り、 歩き始めた。



始めはあてもなく歩いていたつもりだった。

やがて気づいた。十兵衛の方向には向かっていなかった。


己はどこへゆくつもりだろうか。少なくとも、十兵衛のところではない。

たみ子の言う通りだった。今の腑抜けた己が奴のところに行ったとて、今度は一太刀すらも防ぐことなく直ちに死ぬだろう。


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どれほど歩いたか忘れたころ、そう書かれた垂れ幕を見つけた。

小さなあばら家があった。


二兆億利休の茶室「待庵」であった。


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二兆億利休の茶室「待庵」 

わずか二畳ほどの広さでありながら、躙口(にじりぐち)と呼ばれる狭い入口から入った客は、不思議なほどにその部屋を広く感じる。


その理由は三つある。


一つは躙口を入る際の、”身を屈める狭さからの解放”という人間の錯覚を巧みに利用しているため。


二つは無駄を極限まで排した内装が、視線の”とっかかり”を無くし、”空”(くう)を見るが如き漠とした感覚を訪れたものに与えるため。


そして最後は、利休のサイコ・パワーが室内の空間を通常の500倍の広さに歪めているためだ。


これらがあいまって、狭く、そして広い侘び数寄の要塞、「待庵」は成り立っているのだ。


マサはその待庵の中心で座して利休を待っていた。

“このような処までよく来られたの。何のもてなしもできませぬが、まずは喉を潤わせませよ”

マサの脳に直接言葉が浮かぶと、畳を突き破ってドリンクサーバーが生えてきた。


・抹茶

・ゲータレード

・ゲータレードultra

・ゲータレードXXX HOT!

・抹茶ラテ


ボタンが並んでいる。マサは少し悩むと、抹茶ラテを選んだ。


『この利休に抹茶ラテを作れと!』と機械音声が流れた後、2リットルジョッキになみなみと抹茶ラテが注がれた。

マサが極めて甘い抹茶ラテを飲み干した頃、待庵の壁を突き破って二兆億利休が現れた。


彼が伝え聞くかつての千利休は、黒頭巾に黒の道服、身の丈こそ巨躯だったものの、侘び茶の概念そのものを体現するような落ち着いた人物だったという。


目の前にいる存在…全長10m強の、極彩色に発光する空飛ぶ生首…その表情は憤怒からえびす顔まで秒単位で変わり続ける。


これが二兆億利休か。柳生一族に捕らわれ利用されていたというが、人はここまで変わるものか。


「ヌシの考えはわかる…ゲータレードも気になる、と考えているのであろう」

ボタンが勝手に押され、2リットルジョッキに注がれたゲータレードXXX HOT!が手元に飛んでくる。


それに手をつけず、マサは答えた。

「わからなくなりました」

「何がわからなくなったのかな」

「それがわからなくなりました」

「なるほどなるほど」

利休はかかと笑った。


「で、あらば儂の出番じゃ。答えを出すことにも問いを探すことにも慣れておるでの。初回は無料じゃ」


利休がそう言うと、キィ…と高音が辺りを満たした。マサは突然の頭痛に顔をしかめる。

「恐れるでない、ヌシの頭を読んでいるだけでの。…フム、大体わかった」

利休は頷く。そうしている間にもその顔は怒り、笑い、泣きと目まぐるしく変わり、茶室の中は利休からの七色の光で満たされる。


「それでは参るぞ…無料より高いものは無いと言うでの」

利休の噛みつきがマサの首を狙った。

「何を!?」

咄嗟にそれを躱し、マサが抗議の声を上げる。

「これが利休印のカウンセリングよ、効果は保障済み…命の保障はないがな」


利休の次の攻撃も再び、マサの頸動脈を狙う。

「なぜヌシは十兵衛を狙う?」

「愚問!武士なら誰もが狙う首!」

利休の質問に、半ば破れかぶれでマサは答える。

「真にそうか?それなら何故十兵衛の所に昼夜問わず人が殺到しておらぬ?」

利休は攻撃の手を止めずに、質問を重ねる。

「機を狙っているだけ!この街の者なら、ほとんど誰だってそうでしょうよ!」


マサは利休の激しい攻撃を捌きながら逆に尋ねる。

「あなたこそ、なぜこのようなことをされておるのですか!」

「見込みのない味方を殺し、見込みのある敵を殺すためよ。こちらに質問とは、随分余裕よのう。であれば、ギアを一つ上げて行くぞっ」

畳が剥がれ、五振りの刀が宙に浮く。利休がキネシスで操る刀がそれぞれマサを狙う。

「そら、そら、ごまかしや見栄など考えておっては首が飛ぶぞ…儂のようにな」


剣戟の速度が上がるに比例し、問答の速度も上がっていく。

「街の者といったな、他人の真似をしたいから十兵衛が斬りたいのか?」

「違う!僕には目的がある!柳生一族への恨みが!討つべき仇が!」

「復讐か、それもまたよし。とはいえヌシはそういう性質には見えぬが」

「これ以上十兵衛を殺すことに理由がいりますか!?」

「ヌシ、本当に十兵衛を殺りたがっておるのかね…?儂にはそうは見えぬがの」


利休の刀と問いはそれぞれ途切れることなく、マサを襲う。

キネシスにより人の剣士からはありえぬ軌道で、五振りの刀が同時にマサを襲う。

利休の言う通り、問答に気を取られれば即座に、死。


「ワシは十兵衛を斬りたい、誠に斬りたい。首から下、友、夢、物、その他諸々恨みがあるからの。ウォーモンガーたみ子とかいう小娘、アレにも以前会った事があるが、アレは生まれついてのいくさ狂いだ、さにあらん。さて、ヌシはどうだ」

「僕は…違う…、この街の男として、十兵衛を…」

「ヌシの欲を決めるのは街の誰かかね?」

「違う、僕は、やらなければと思って…!」

「ヌシ、これまで己で何かを決めた事があるか?」

「僕は、自分で決断して行動している!一人前の剣士だ!」

「一人前の剣士とな。まともに人を斬ったこともないのにか?」


刀と問いは更に加速していく。マサは刀を捌くのに必死だ。取り繕う暇がない。自分の心に貼り付けた仮面が、ぽろぽろと剥がれていく。

「人なら斬っている、日に十と二十となく斬っている、あなたならそれは承知でしょう!」

「なるほど、追い剥ぎ狩り、野盗返し、屍体の山を作っておるな。それはそうだ、ヌシはそれら有象無象は人扱いしておらぬからな、斬れて全く当然」

「…!」


マサの口が止まる。剣は更に加速していく。利休が攻め続ける。

「有象無象は斬れても、名のあるもの、強いもの、己が認めたもの、それらは怖くて斬れぬ。その臆病者がヌシよ」

「守るに偏った歪な剣。片手間のへっぴり攻めでは、斬れるのも所詮有象無象の雑魚止まり」

「勿体ないからだ。今こいつを斬らねばやがては味方となるかもしれない、好敵手となるかもしれない、朋友となるかもしれない。その機会を失うのが余りに惜しい、惜しくてたまらぬ。武士の風上にも置けぬ、見下げた貧乏根性よ」

「その二兎を追う甘えが全ての元凶。敵は斃せず、味方は離れてゆく。ヌシに仲間ができぬのはその弱さゆえよ。ヌシに良く似た男を知っておるぞ、悪夢堂轟轟丸。奴も弱さ故に仲間を求め、弱さ故に孤独な男、同じ穴のムジナよ」

「それそのものは不思議ではない、臆病も甘さも人の性よ。本心では望んでおらぬ復讐に縛られるのも義理の道理。ヌシが問うべきはその先」


利休の言葉も攻撃も容赦がない。

だが、それに晒されている内に、マサの中で研ぎ澄まされていくものがある。

心の内に漠とあった悩みに、明確な輪郭がもたらされてゆく。

ここに見透かされに来たのだ。


マサの口が動いた。

「僕が今、本当にやりたいことはなんだ…?」

五振りの刀は空中に静止した。

「ようやく、問いは見つかったようだの」


利休の目が光る。その光にマサの意識は吸い込まれていく。

意識が歪む、過去が蘇る…



20年前。町田ではないどこか。

瓦礫、死体、瓦礫、死体、死体、死体、死体、瓦礫、死体。


(つづく)

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